食料安全保障推進のために

農業・酪農危機を国の農政転換の契機に

千葉市酪農家 金谷 雅史さん

 飼料代高騰など酪農危機は続いている。「安心安全な国産牛乳を生産する会」(事務局・加藤博昭さん)のご協力で、千葉市で酪農を営んでいる金谷雅史さんにお話を伺った。(見出しとも文責編集部)

 私が就農したのは10年前、29歳の時です。今年11年目です。私は3代目です。祖父が牛を飼い始めたのが最初です。農耕用の黒い牛を飼っていたようです。この地域は開拓民が多く、最初に牛を飼い始めたのは祖父だったようで、田畑を耕す農耕用として近所の農家に貸し出していました。耕運機が普及するようになって、農耕用の牛はお役御免になりました。ただ牛が好きだったようで、乳牛を飼い始めたのが酪農の始まりです。たぶん70年くらい前で、祖父、父、私と続いています。
 いま搾乳牛が25頭、搾乳牛になる前の育成牛が20頭前後、合計45頭です。規模は普通程度、搾乳牛の頭数で規模を見るんですが、うちの牛舎は搾乳牛が入るのは30頭で、千葉県内でも小さい方です。45頭から50頭規模が家族経営の平均規模です。それに育成牛が20頭前後、合計60頭から70頭飼っている方が多いです。育成牛は子牛を産んで搾乳牛になるんですが、子牛を産むまでは最短で2年くらいです。うちでは2年5カ月から2年半が初産で、搾乳牛になります。

飼料代の高騰

 餌代(飼料代)がじわじわ上がり始めたのは一昨年2021年ごろからです。とくに21年10月ごろから飼料高騰が大きくなってきました。それは中国が国内酪農畜産のために飼料を爆買いしたこと、さらにコロナの影響でアメリカの港が操業停止状態になっていた影響と言われていました。牧草が高い上に量が手に入らないという状況でした。さらに昨年2月のウクライナ戦争以降、とくに夏ごろは異常な高騰でした。
 飼料代のピークは22年10月、11月ごろです。そこからやや下がっていますが高止まり状態です。3割以上上がったと思います。単価でいうと21年末、輸入乾燥も配合飼料もキロ当たり60円を超えました。それ以前は50円前後でした。22年夏ごろには80円に、秋のピーク時には85円くらいに。
 1頭当たり1日に20キロから25キロ食べますから、餌代高騰はこたえました。以前は1頭当たりの収支でいうと、支出の半分が餌代でしたが、21年秋から大きく変化し、昨年夏から秋は支出の7~8割は餌代という状態に。平均すると1頭当たり1日30キロ搾乳できますので、1頭当たり1日400円くらいしか利益が出ない。支出の半分が餌代の頃は、3000円の牛乳を搾ったら手元に1500円くらい残った。20頭飼っていれば3万円残っていたのが、餌代の高騰で8000円しか残らない状態に。
 残ったところから電気代などを払います。電気代も高騰、しかし、昨年夏も猛暑、扇風機はフル回転。乳牛は暑さに弱いので、電気代が高いからといって扇風機を止めるわけにはいきません。
 ですから22年に入ってほとんどの酪農家は儲けがない状態、きついところは貯金の切り崩し・借金という状態になってきました。うちは飼料代の3割弱を自家製の飼料(牧草とトウモロコシ)を作っています。それでもきつくなって、9月と11月に運転資金で100万ずつ借りました。全量を輸入飼料の人は相当きつくなっていたと思います。全国の酪農家が赤字という状況だと思います。

子牛価格の暴落

 搾乳では儲からない中で、酪農家の経営の重要な副収入になっているのが、子牛の販売です。
 ホルスタインの雄の子牛、F1牛(交雑種)といって黒毛和種の雄とホルスタイン種の雌との交配により産まれる一代限りの牛。また和牛の受精卵をホルスタインの腹に入れると和牛が産まれます。これには補助がついて多くの酪農家が始めました。和牛の子牛を育てるのは手間がかかりますが2カ月育てると1頭40万円くらいにはなっていました。ホルスタインの雄の子牛が高い時で15万円くらい。F1牛だと20~30万円。搾乳代であまり利益が出ないという中で子牛は重要な副収入でした。
 搾乳牛の補充を考えながら、子牛販売とバランスをとりながらやってきました。子牛価格が良かったのが東京オリンピック(21年)に向かう時期で、需要がかなりありました。子牛を売ればなんとかなったのが、20年でした。
 子牛価格が下がったのは、昨年のウクライナ戦争後、飼料代の高騰後です。7月に下がって、8月は暴落です。餌代の高騰で肥育農家が飼う頭数を減らした。昨年8月、ホルスタインの子牛が3000円でした。値がつかないとか、北海道では1頭100円ということもありました。売れなければ注射で殺さざるを得ない状況もありました。重要な副収入であった子牛価格の暴落は、経営をさらに悪化させました。

乳価の値上げ

 飼料代高騰など資材高騰で酪農家の経営が悪化した21年ごろから乳価を上げてほしいという要求が出ていました。ただコロナ禍などで消費は低迷、なかなか価格転嫁・値上げができないという状況が続きました。やっと昨年11月にキロ10円の乳価値上げが実現しました。交渉は春くらいから始まっていました。生産者の側はキロ30円の要求でしたが、消費低迷を理由に上部組織では15円の要求になりました。結果として、11月からの10円値上げが決まりました。
 そもそも生産者側は30円は欲しい、10円では採算が取れない赤字だ、とても足りないと相当不満が出ていました。再度の乳価交渉があって現場からは20円の声がかなりあったんですが、結果的には今年8月からの10円値上げになりました。消費動向を聞いていると難しさはありますが、現場ではあと10円という声が強くあります。

増える離農

 千葉でも経営悪化で離農する酪農家が出ています。2~3年前に400戸を切ったと言われ、今年初め350戸を切ったと聞き危惧しています。
 全国的には、酪農戸数が減り、1戸当たりの規模拡大という傾向が続いています。しかし、今回の酪農危機で、全国的に相当に離農が増えています。
 大規模ほど大変と言われていますが実態はよくわかりません。大規模経営は効率がいいので1頭当たりの収益率も高い。関東の超大規模経営の話だと、昨年11月10円値上げがあった時、われわれはあと20円値上げが必要と考えていました。その時にその牧場はあと10円で大丈夫と言っていたと聞きました。同じ大規模でも乳価が低い北海道の経営がよりきついと思います。

国の対策

 配合飼料補てん金というものが以前からありましたが、今回の飼料高騰で「異常補てん金」、「輸入粗飼料補助」が初めて実施されました。これまでは自給飼料に対する補助はあったんですが、輸入飼料を買う人向けの補助は初めてです。1頭当たり都府県で1万円、北海道で7200円です。うちの場合なら24万円は助かりますが、毎月支払う飼料代の補てんにはまったく足りていません。実際に入ってきたのは年末でしたが、これはひと月で消えていくと分かっていたんです。この補てんは5月か6月にもう一度出るという話です。感謝しますが、すぐになくなってしまう。
 北海道では生産抑制の指導があったようですが、都府県ではありません。ただ、乳牛を1頭処分したら15万円という早期リタイア事業に協力してもらえませんかという要請は出ていました。最初、この事業が出てきた時、「国は酪農家をつぶしにきた」と受け止められました。つまり牛を処分して離農しろ、1頭15万円は退職金代わりだ、と聞こえたんです。ところがその詳細が1月に出てきた。「廃業農家は使えません」と。「今後も2年間継続して生乳出荷をすること」が条件です。しかも「2年間は、処分した分(頭数)は元に戻せない」というものです。50億円規模の補助事業ですが、続けたい人も、辞めたい人も使えない事業です。
 昨年末運転資金で200万借りたのは民間です。経営がきつくなった時に受ける融資制度(セーフティーネット)があり、うちでも検討しています。この制度は比較的大きな額が借りられるし、5年間無利子、5年後からの返済です。大きな額ですし、5年後の返済時には酪農危機が収まっていてほしい。見通しとしてどうなのか不安もありますが、融資を受けないと続かない状況です。融資を受けるのは遅い方だと思います。

乳製品のカレントアクセス

 乳製品を輸入、カレントアクセス(低関税輸入枠)は義務ではないので輸入をやめれば、国内生産を拡大できるのではという声は現場には結構あります。私もそう思っていましたが少し勉強していくうちに難しい問題だなあと思うようになっています。
 生乳から生クリームやバターを作る過程で、大量の脱脂乳(脱脂粉乳)ができます。生乳の量からするとバターは少ない。脱脂粉乳の在庫が過剰に積み上がっています。
 国の説明では、以前はカレントアクセスで脱脂粉乳の輸入もやっていたが、いまはほぼバターの輸入になっている。バターを輸入することで、脱脂粉乳の在庫を減らしていきたいと。カレントアクセスをやめるということは、国産バターをたくさん作ろうということになり、脱脂粉乳の在庫が増えるというのが、国の説明です。
 ですからカレントアクセスの輸入が全部悪かというと、そうは言い切れず難しい。昨年10万トンを超えたと言われた脱脂粉乳の在庫が、現在は6万トンになっているようで、順調に減ればバターの輸入も減らせることになるのではと思っています。一番の解決法は、牛乳消費を増やすことです。

国としての農業政策、政治の支援を

 農業、酪農に注目してほしい、政治的に助けてほしいという思いはあります。先日の地方選挙では、残念ながら農政の問題は大きなテーマにはなっていません。この地域でも農業者は少なく、町内でも私ともう1軒だけ。
 農業者は絶対数が少ないので、票数にしても多くない。自治体の単位で守るというのは財源問題も含めて難しさがあります。やはり国として、国民の食料を守る、その食料を生産する農業者を守る政策をきちんとしてほしいと思います。
 コロナやウクライナ戦争を契機に、飼料など農業資材だけでなく、輸入食料も値上げ、日本国民の食料がいかに外国に依存しているかが改めてはっきりしました。
 農業危機・酪農危機が叫ばれ、テレビなどでも報道されています。これを契機に、自給率向上のため国民の食料生産に国が責任を持つ、しっかりした制度や政策を確立してほしい。政治家の皆さんには現場を見てほしい、声を聞いてほしい。

日本らしい農業政策を

 アメリカやヨーロッパには直接補償など強力な支援策があります。今回の飼料代高騰でも生産者や消費者に対してしっかりした支援策があるようです。日本にもそういうものが欲しいと思います。
 ただ欧米と日本農業の違いもあるように思います。たとえば日本の酪農でいえば国内で餌を作れない、牧草やトウモロコシなどを作る土地が少ない。日本に合った農業政策があるのではないか。
 私は7・5町(ヘクタール)の農地で牧草とトウモロコシを作っています。それでも自給飼料は3割弱です。1頭1町と言われ、1頭の牛の餌を作るには1町の畑が必要だと言われています。自給率を高めるには農地の面積が足りません。飼料米については、酪農家の間でも賛否あります。私は、牛は米を食う生き物ではないと思っています。飼料米というより、ホールクロップサイレージ(稲発酵粗飼料)といって、米粒が完熟する前に刈り取るやり方がいいのではないかと思います。
 酪農家が手間ひまかけて搾った牛乳です。消費拡大のご協力、乳価値上げへのご理解をお願いしたいと思っています。また酪農家が安心して継続的に搾れる政策を強く望みます。

資料 ■ 繁殖農家支援を主張する琉球新報社説

2023年5月25日付「琉球新報」が社説「子牛価格下落 繁殖農家支援の検討急げ」を掲載した。資料として紹介する。

 県内の和牛子牛価格の下落が止まらず、繁殖農家が窮地に陥っている。飼料価格の高騰が影響し、経営が厳しくなった県外の肥育農家が高値での取引を避けているためだ。
 このままでは県内畜産業は壊滅的なダメージを受けてしまう。国や県、農業団体の連携で早急に農家支援策を検討する必要がある。
 JAおきなわによると、5月の競りの平均価格(速報値)は47万732円で前月比4万1110円の減。前年同期と比べると12万5710円も下回っている。
 肉用牛の子牛を育てる県内の繁殖農家は生後おおよそ9カ月で競りに出し、枝肉にできるまで育てる肥育農家に販売している。繁殖農家は最低でも約50万~60万円で販売しなければ採算は取れない。
 子牛価格の下落は沖縄だけではなく、全国的な傾向だ。要因はコロナ禍による需要減と、ロシアによるウクライナ侵攻を背景とした飼料価格の高騰である。
 新型コロナウイルス感染症の影響による需要減で子牛価格の下落が県内で始まったのは2020年3月である。
 県畜産振興公社によると20年2月時点で、税込み60万円台後半にあった子牛1頭当たりの平均取引価格は、20年5月には51万6千円台まで下落した。その後政府が打ち出した「GoToトラベル」や「GoToイート」などの消費喚起策で、20年12月には70万円台に回復した。
 ところが22年2月のロシアによるウクライナ侵攻に伴い、トウモロコシを主とした飼料が国際的に上昇。子牛の買い手となる肥育農家が子牛の競り値を低く抑える傾向が強まり、繁殖農家の経営を圧迫している。22年8月には子牛価格は再び60万円を割り込み、その後も低迷が続いた。
 県経済を苦境に追いやった未曽有のコロナ禍は繁殖農家にとっても大きな痛手となった。それに続くウクライナ侵攻による飼料価格高騰が追い打ちをかけた。いずれも沖縄の繁殖農家だけで打開できるような問題ではない。円安や燃料費高騰も農家の経営難に拍車をかけている。このまま放置するわけにはいかない。
 県や県議会、JAをはじめとする県内農業団体は連携し、早急に支援策をとりまとめてほしい。県内の繁殖農家の経営実態を調査する必要がある。その上で何が求められるか精査し、打開策を打ち出すべきだ。子牛価格下落は全国的な問題であり、国政でも対応を協議すべきだ。(後略)