激動する東アジア情勢、安倍外交に異議あり!

浅井 基文 (元外交官・元市立広島大学平和研究所所長)

 時局講演会「激動する東アジア情勢―安倍外交に異議あり!」が、東京都立川市で5月16日、開かれた。実行委員会の主催で、呼びかけ人は長谷川和男(元杉並教組委員長)、横森利幸(国労八王子地本書記長)、青山秀雄(昭島市議)、嶋﨑英治(三鷹市議)、大沢豊(立川市議)、菅谷琢磨(広範な国民連合・東京)の各氏。
 また、25日には横浜市で「『今こそ日朝対話を、国交正常化の時』神奈川集会」が開かれた。実行委員会主催で、呼びかけ人は桑原絵美(国際手話通訳者)、関田寛雄(日本キリスト教団牧師)、露木順一(元開成町長)、原田章弘(広範な国民連合代表世話人)、山本泰生(横浜国立大学教授)の各氏。
 両集会で元外交官で元市立広島大学平和研究所所長の浅井基文氏が、朝鮮半島情勢を中心に1時間余にわたって講演した。本稿は5月16日の立川市での講演の一部である。(文責編集部)

歯車動く朝鮮半島情勢

 朝鮮半島情勢における急転直下の展開について、私は去年の7月4日の金正恩氏の発言を聞いた時に、こうなりそうなヒントを得ていました。この7月4日というのはICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験が成功した日です。そこで金委員長は「アメリカが誠意を見せなければ、私たちは核やミサイルを交渉のテーブルに載せない」と言ったのです。それは逆に言うと、「アメリカが誠意を見せれば、核・ミサイルを交渉のテーブルに載せる用意がある」というメッセージでもあると思ったからです。つまり、金委員長は、核・ミサイルの開発が一段落すれば、それを文字通り交渉の「武器」としてアメリカと交渉すると予想がつきました。それが今年に入り、現実になったということです。
 金委員長は朝鮮の国家指導者に就任して以降、毎年「新年の辞」を出しています。それを読むと、非常に順序立っており、年ごとの変化がよく分かります。
 今年の「新年の辞」は、韓国・平昌オリンピックの開催をきっかけにして、韓国に対して対話を呼びかけるという内容でした。その上で、今年は朝鮮の建国70周年ということもあり、南北ともに今年が重要な年であるというメッセージです。
 そこで重要なことは、文在寅・韓国大統領がメッセージをしっかり受け止めたということです。そして、文大統領は1月4日にトランプ米大統領に電話して、朝鮮との交渉を始めるということを伝えました。それに対して、トランプ大統領も「やってもいい」と応え、これで歯車が動きだしました。
 私は、日本の安倍首相とトランプ大統領との関係はかなり緊密で、アメリカは朝鮮への対応では日本政府の言うことを聞くと心配していました。ところが、今年に入ってからの経過を見ていると、トランプ大統領は安倍首相の言うことを聞かず、中国の習近平国家主席や文大統領の言うことを聞いて動いていると感じています。この点は私の読みが間違ったところで、非常に喜んでいます。
 私は「勇猛果敢な金正恩」「剛毅木訥の文在寅」「支離滅裂なトランプ」とよく言ってますが、この三者の組み合わせがあって、今の事態があるということなんです。金委員長、文大統領については一貫性があるんです。ただトランプ大統領は支離滅裂ですので、何をやるか分からないということです。今日も朝鮮が、アメリカに対して「あまり勝手なことを言っていると、首脳会談も考え直すぞ」と強いことを言いました。常識的に見れば今さら米朝首脳会談をやらなかったら、トランプ大統領は国内的に落とし前がつかないので、首脳会談が開かれないということはないと思いますが、あのトランプ大統領ですので、フタを開けてみないと分からないということだと思います。
 もう一つ、正直に言いますと、私は文大統領については、これまでの金大中、盧武鉉両元大統領のようなしっかりとした固い信念というものがなかなか窺えなかった。したがって、重要なときに日和る可能性があると心配をしていたのですが、この新年からの彼の行動を見ていると、それも私の間違いだったようです。だから私は彼に「剛毅木訥」という敬称をささげようと思ったわけです。

板門店宣言のもつ本当の意味

 南北首脳会談と板門店宣言について、日本のマスコミは「北朝鮮の非核化について言及が少ない」とかゴチャゴチャ言っていますが、本当のポイントはそこではないのです。
 板門店宣言では「核なき朝鮮半島を実現」とうたっているので、それで十分なんです。そして、板門店宣言の本当の意味は、南北関係の改善に向けて、非常に詳細な内容を定めたところにあるのです。
 金委員長と文大統領は、「失われた11年」という共通認識をもっています。「失われた11年」というのは何かと言うと、11年前の2007年に当時の金正日総書記と盧武鉉大統領による2回目となる南北首脳会談での合意を実行に移せなかったことです。だから、今回はその轍を踏まないという決意なのです。それは非常に重要なことだと思います。
 また、金委員長は朝鮮の「体制保証」というのを一番重視してきました。その要素は二つあります。
 一つは今の「休戦協定」を「平和協定」に変えるということです。これはとても大きなことです。「休戦協定」というのは戦争状態にあるけれども、とりあえず戦争をやめておくだけで、いつ戦争状態に戻ってもおかしくないわけです。それを「平和協定」に変えるということは、「もう戦争はしない。終戦にする」ということです。これは「体制保証」という意味で非常に大きなことです。
 もう一つは、米朝国交正常化とか、日朝国交正常化とかも含みますが、朝鮮が国家として国際社会に復帰することを年内にやるということも書いてあります。ですから、今度米朝首脳会談が成功すれば、金委員長が求めていた第一課題が年内に達成される可能性が出てくるということであり、非常に意味のあることです。
 そうした板門店宣言の意味をしっかりと捉えていただきたいと思います。

米朝合意なるか

 6月に予定されている米朝首脳会談ですが、仮に実現しないとしても、昨年までは一触即発の事態があったわけですが、そのような事態への逆戻りということにはならないと思います。昨年は、私も皆さんと同じように、本当に戦争になるかもしれないと思いました。もし戦争になって、確実に日本を射程距離に収めている朝鮮のミサイルが、三沢、横田、岩国、嘉手納の4カ所の米軍基地をたたけば、日本は「死の灰」で覆われ、もう終わりです。本当に私は固唾をのんで日々を過ごしていました。
 アメリカはいったんは朝鮮を話し相手として認めたわけですから、そういう相手を問答無用でやっつけると言っても、それは国際的に全然説得力をもたなくなります。ですから、そういう意味で米朝が首脳会談の開催で合意したこと自体、国際関係から見ると非常に大きな意味があるわけです。
 その上で、朝鮮の要求とアメリカの要求は非常にかけ離れています。朝鮮の要求というのは、体制の安全を保証することです。それに対してアメリカが要求しているのは「リビア方式」による朝鮮の完全な、検証可能な、不可逆的な非核化です。しかも、「リビア方式」というのは、先にリビアが完全に非核化し、そうすれば、アメリカが体制の安全を保証するというやり方です。これは朝鮮にとっては、到底受け入れられないことです。朝鮮が言っているのは、「同時並行」です。米朝の合意に基づく行動の積み重ねを通じて、最終的に朝鮮の体制の安全保証と朝鮮半島の完全な非核化が実現できるという方式です。ですから、米朝双方の要求には乖離があります。
 ポンペオ米国務長官が2度訪朝して、かなりいろいろ話し合って、米朝の間で何らかの接点が生まれる可能性が出てきています。朝鮮としてはアメリカに対して徹底的な不信感をもっています。1950年以来の不信感ですから、朝鮮としては、じっくりと同時並行方式でいきたい。
 ところがトランプ大統領は、端的に言って秋の中間選挙で勝ちたい、そして次の大統領選挙での再選を果たしたいという思いが一番なのです。したがって、「短期決戦」なんです。だから、リビア方式が一番と思っていますが、朝鮮の言う並行路線との折衷案として何が可能なのかということが一つのポイントだと思います。
 トランプ大統領としてはこれが仮に成立すれば、再選にかなり脈があると思って、8年くらいのスパンでものを考えるかもしれません。グランドバーゲンがあるのか、それとも双方のメンツを傷つけない最小限の合意になるのか、そこが見ものになっていくと思います。

時代錯誤の安倍外交

 安倍外交は時代錯誤もはなはだしいものだと思います。一つはアメリカにべったりくっついてきたパワーポリティクス外交で、21世紀ではもう通用しないものです。しかも、精神的には「終戦詔書史観」です。「靖国史観」と言う人もいます。その下で「北朝鮮脅威論」に基づく軍事大国化路線があります。しかし、「北朝鮮の脅威」と言われれば反論できなくなり、「憲法9条を守れ」と言っても、「北朝鮮が攻めてきたらどうする」と言われてタジタジするような状況です。
 安倍首相は「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」と言っていますが、安倍首相の言う拉致問題の解決というのは、生存している拉致被害者の日本への帰国です。それは日朝平壌宣言で言われている拉致問題とは違います。平壌宣言には「日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」と書いてあります。つまり70年代まで起こった拉致問題は、これからはやりませんと朝鮮が確認をしたことで終わったのです。生存している被害者の帰国実現はやらなければいけないが、それは国交正常化交渉とは別の外交問題として処理する課題です。そういうふうに筋道を立てれば、朝鮮だって話に乗ってくるわけです。ところが「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」と言えば、それは平壌宣言で解決したと言う朝鮮の方が正しいのです。拉致生存者を返せというのは、国交正常化とは切り離して扱う課題です。まして、南北交渉や米朝交渉に拉致問題をねじ込もうというのは言語道断です。
 「朝鮮は何をしでかすか分からない」と言いますが、それならこの間の南北首脳会談や米朝首脳会談に向けた動きはあり得ないことでした。今年に入ってからの事態の進展は、日本国内にある朝鮮に対する「常識」が国際的にはいかに非常識であるかということを証明しています。
 安倍首相もトランプ大統領も「最大限の圧力」と言っていますが、これほど朝鮮の民族的プライドを無視し、踏みにじる傲慢さはありません。これは日本の過去の侵略や植民地支配を無視する厚顔無恥にも表れています。
 そして、戦争になれば朝鮮の反撃によって、日本は廃墟になるという厳然たる事実を国民にひた隠しにしています。これは国民をだますことであり、犯罪的です。

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