自治体議員から見た「社会の市場化」

新宿区議会議員・弁護士 三雲崇正

 私は、1977年生まれで、2004年に弁護士になってから約10年に、大手渉外法律事務所で国内外の大企業や投資家の経済活動を法的な側面からサポートする仕事をしました。その後、独立し、15年春からは区議会議員兼弁護士として、地域の中で活動しています。
 その間、山田正彦・元農水大臣に誘われて「TPP交渉差止・違憲訴訟」弁護団に参加し、自由貿易・投資協定について以前とは別の角度から検討する機会を得、また自治体議員として、地域社会や公共分野と民間事業者の経済活動との間の関係について考えさせられることとなりました。
 昨今、「新自由主義」や「グローバリゼーション」に対する批判が強まりつつあります。自治体議員兼弁護士として活動する私の立場から、現政権が進める政策が地域社会や公共分野にもたらす影響について考察したいと思います。

1 メガFTAで地域は破壊される

(1)FTA(自由貿易協定)に関する誤解

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の問題点については、本誌においても山田正彦・元農水大臣や鈴木宣弘・東大教授をはじめとする多くの方々によって論じられてきました。TPPの是非についてはいまさら論じるまでもありませんが、その本質は、一部の大企業・投資家にとって有利なルールを押し付けるものです。
 しばしばTPPのようなメガFTAは、農水産業のような近代化に立ち遅れ、補助金漬けとなっている産業分野での既得権益を打破するものであり、需要者である都市部の住民にとっては利益のあるものだと誤解されています。しかし、鈴木教授が指摘されたように、既に先進国では最も低い水準の農業補助金しか支払っていない日本が、食料を安全保障の要として位置付け、農家に対して巨額の補助金を支払ってきた米国の農産物に対する関税を引き下げて市場を開放することは、既得権益の打破などではなく、食料安全保障の放棄にほかなりません。

(2)地域経済振興施策も困難に

 メガFTAの下で苦しむのは農林水産業のような一次産業に従事する一部の人々だけではありません。民間就労者の約76%が勤務する中小企業の活動や、それに支えられた地域経済を振興しようとする自治体の施策も、大きな影響を受ける可能性があります。
 例えばTPPの第9章(投資)には、投資受入国の義務の一つとして「特定措置の履行要求」の禁止が規定されています。そこでは、投資受入国は、外国投資家に対して一定の事項を履行するよう要求したり約束させたりすることが禁止されていますが、その中には、「一定の水準又は割合の現地調達を達成すること」や、「自国の領域において生産された物品を購入し、利用し、若しくは優先し、又は自国の領域内の者から物品を購入すること」といった事項が挙げられています。
 これは、多くの自治体が制定する中小企業振興基本条例、地域経済振興基本条例、工場や大型店が地域に進出する際に締結する協定文書において盛り込まれるローカルコンテンツ(現地調達)規制が、TPPの下では許されないということです。
 また、TPPの第15章(政府調達)では、国の機関だけでなく、都道府県や政令市といった地方自治体について、一定の金額以上の調達を行う場合の義務として、「内国民待遇及び無差別待遇」が定められています。さらに、調達への参加条件についても、参加希望事業者が調達に対応するだけの法律上、資金上、商業上及び技術上の能力を有するか否かを確認するもの以外の事項を設けることが禁止されています。
 これは、中小企業振興基本条例や公契約条例において盛り込まれる地元中小企業向け発注の優先や、環境への配慮、地域社会への貢献等の要素を加味した調達先の選定が、TPPの下では許されないということです。
 中小企業振興基本条例、地域経済振興基本条例や公契約条例を通じて、地域に進出する大企業や大資本と地元中小企業との取引を促進し、あるいは地域に貢献する地元企業を調達において優遇することは、地方自治体にとって、地域経済全体を発展させるための有力な手段です。しかし、メガFTAの下では、投資章や政府調達章の義務に違反する行為とみなされ、場合によっては、後述するISDSにより訴えられるリスクも生じるのです。

(3)ISDSによる制約

①ISDSの仕組みと構造上の問題

 ISDSとは、投資家が相手国の協定違反によって損害を受けたときに、仲裁申立てを行い、損害賠償を求めることができる制度です。わかりやすくいえば、外国企業が相手国の政府を訴えられるようになるということです。
 ISDSの下での紛争は、公設の裁判所ではなく、紛争当事者が仲裁人と呼ばれる裁判官役を選択できる私的な仲裁廷で判断されます。仲裁人は多国籍企業を依頼者とする弁護士などが担当するケースが多く、訴える側の大企業に有利な判断をしがちと指摘されています。特に有力な15人の仲裁人は、これまで公開された投資仲裁の55%に関与し、係争額40億ドル以上の事件の75%に関与していたことが判明しています。このような「仲裁ムラ」にとっての関心事が、公共の利益よりも、顧客である大企業や仲裁ビジネスの繁栄にあることは明らかです。

②問題のある仲裁事例

 例えば、アメリカの大手石油企業シェブロンとエクアドル政府の間の事件では、現地子会社が環境汚染を引き起こしたシェブロンに対し、エクアドル地方裁判所が被害に遭った住民を救済するために86億ドルの損害賠償命令を出していました。ところが、ISDSに基づきシェブロンが申し立てた仲裁において、ハーグ常設仲裁裁判所は、エクアドル政府に対してこの判決の執行停止を命じました。被害を被った地域住民の人権を救済するために、裁判所が損害賠償を命じるのは当然のことですが、仲裁廷はそれが投資協定に違反すると判断したのです。
 この他にも、NAFTAの下でのSDマイヤーズ対カナダ政府事件では、カナダ政府が、廃棄物の国境を越える移動を規制するバーゼル条約の目的を達成するためのPCB輸出禁止措置を設けたことで、カナダ国内で発生するPCB含有廃棄物を米国に輸出して処理する米国企業の事業継続が困難になったことが、NAFTA11章に規定された内国民待遇義務及び公正衡平待遇義務に違反するとして、約690万カナダドルの損害賠償責任を認められました。

③どのような問題が生じるのか?

 まず、国や自治体の規制措置等の目的が環境保全(例えば、「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」)や健康被害の防止(例えば、BSE発生国からの牛肉やホルモン剤の投与を受けた牛肉の輸入制限)等であってもFTA違反とされ、損害賠償責任が認められる可能性があります。
 前述の中小企業振興基本条例、地域経済振興基本条例や公契約条例を通じて地域に進出する外国資本の企業と地元中小企業との取引を促進し、あるいは外国企業よりも地域に貢献する地元企業を調達において優遇した場合も、FTA違反とされる可能性があります。
 その結果、規制措置や地域経済振興策を講じようとする国や自治体は、投資協定違反の可能性を常に検討しなければならず、特に外国投資家から指摘を受けた場合には、規制措置や地域経済振興策を断念しなければならない可能性も出てきます(これをISDSの萎縮効果といいます)。
 このことは同時に、国レベルあるいは地域レベルでの民主的なプロセスを経て形成される施策に対し、外国投資家が、ISDSの萎縮効果を利用し、あるいは実際の仲裁申立てによって、外部から介入可能になることを意味しています。
 また、投資家の活動により実際に環境汚染や健康被害等の人権侵害が生じた場合、これを救済するために出される国内裁判所の判決であっても、投資協定違反とされる可能性もあります。
 さらに、シェブロン対エクアドル政府事件のように、国内裁判所の出した判決の執行停止を当該国政府に対して命じるといった国家主権そのものにかかわる問題もあります。

2 新たな収奪のフロンティア―水道法改正案とPPP/PFI推進施策―

 ルールを変更することによって、地方が持つ財産や利益を一部の大企業・投資家に対して開いていく動きは、メガFTA戦略だけではありません。

 (1)水道事業の官民連携(民営化)

 そのうちの一つが、今年の通常国会に提出され、臨時国会での可決が見込まれる水道法改正案です。
 改正案は、水道事業を運営する自治体が、水道施設に関する公共施設等運営権を民間事業者に設定する仕組みを導入することを規定しています。ここで、公共施設等運営権の設定とは、コンセッション方式といわれる官民連携の一類型で、利用料金の徴収を行う公共施設について、施設の所有権を自治体に残したまま、その運営権を民間事業者に付与すること(民営化)を意味します。
 政府は、水道事業のコンセッション方式による民営化を可能にする理由として、人口減少に伴う水需要の減少や水道施設の老朽化等に対応し、水道基盤強化を図る必要があると説明しています。しかし、それは本当の理由でしょうか。

 いま世界中ほとんどの国ではプライベートの会社が水道を運営しているが日本では自治省以外ではこの水道を扱うことはできません。しかし水道の料金を回収する99・99%というようなシステムを持っている国は日本の水道会社以外にありませんけれども、この水道はすべて国営もしくは市営・町営でできていてこういったものをすべて、民営化します。

 これは、2013年4月19日、麻生財務相がアメリカのCSIS戦略国際問題研究所における講演で行った発言です。人口減少や施設老朽化には全く言及されず、料金回収システムが完成された日本の水道を民営化するとだけ述べています。この発言どおりの法改正が進められようとしているのです。
 しかし、フランス・パリでは、1980年代の水道民営化後、90年から2004年の間に水道料金が2倍以上値上がりし、米国・アトランタでは、1998年にコンセッション方式で民営化したところ、水圧低下による出水不良や水質の著しい低下などの問題が生じました。
 生命にかかわるインフラを営利企業に委ねた場合、利潤を確保するために、料金を上げるか、サービス水準を切り下げるしかないことは明らかです。(つづく)

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