「5年たっても」、東日本大震災その後

「創造的復興」とはどういうものか?

 村井知事は、就任して10年を過ぎましたが「宮城県の県内総生産を今の8・5兆円から10兆円を目指す」という公約で、就任当初から宮城県で弱いと言われた第二次産業の推進に力を入れてきました。そしてトヨタ自動車関連の企業誘致を実現し、そのための道路インフラ等に莫大な予算を使って、今は水素自動車の導入に努めております。相変わらずトヨタ関連予算を計上して景気の底上げのためと言わんばかりに支援に努めております。
 ちなみに、県内総生産は今9兆円を超えましたが、そのうち1兆円程度は震災復興によるであり、道はまだまだ遠しと感じざるをえません。
 私は知事の姿勢を全否定するわけではありませんが‥「知事がよく使う創造的復興とはどういうものなのか」と常々疑問に思うことがあります。
 トヨタへの予算支出も、頑ななまでの防潮堤へのこだわりもしかりです。
 私はなによりも、今までの宮城を支えてきた第1次産業に、もっと力を注いでいただきたいと考えます。
 例えば震災後140の漁港の復旧ですが約5年経った今現在でも38%の完成率に留まっております。
 一方、1~2年前ですか当誌でも指摘された、本県内の漁港で唯一早く復旧したのは、「知事肝いりの全国初の水産特区」であり、破格の事業費を投入しての整備でした。議会でも自民党県議の反対まで出るなど、賛否両論の激しい議論が起きました。私たちの会派は、反対の立場を表明しましたが、結局、知事の強硬姿勢で押し切られる形で水産特区はスタートしました。
 この件については、現場の漁協の方々から、その後を見つめ、しっかり検証して欲しいと要望をいただいたばかりです。

心のケアについて

 また、私は震災で心的外傷後ストレス障害(PTSD)をはじめ心が傷ついてしまった方々への生活相談や心のケアを支援する「みやぎ心のケアセンター」の充実をずっと訴えてきました。
 まず、そこに働く職員の方が経験を積んで長期に取り組めるような体制作り、また計画性をもって事業を進めるための予算の裏付けなどについて再三議会でも取り上げましたが、あくまで単年度の補助金という執行部の現状は変わりません。
 また、被災者のお話を聞くと「訪問回数が年に数回とか、職員が変わって信頼関係が築きにくい」など、やはり、心の問題は深く難しいということをつくづく感じさせられる日々です。
 私の選挙区は仙台市の宮城野区(ここも被災地)ですが、出身は最大被災地石巻市なので、いつも石巻の友人や被災者の方の話に耳を傾け行政に届けるように努めています。
 また、震災後は自分なりに非営利団体(NPO)の方々と一緒に仮設住宅に出かけて「無料の体験デイサービス」を手伝っていましたが、震災関連のNPOやボランテイアへの財政的支援が苦しくなり、今は休止状態です。
 行政が行き届かないところを補完する上でも支援の継続は必要と感じています。

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