新政権へ現場からの声
失業者・生活困窮者に生活の保障と職を
神奈川の派遣社員
突然の派遣切り
私は1980年生れで東北出身です。中学卒業後、技術者養成学校に入りましたが、軍隊式の校風が合わず中退。1年間建設現場など様々なバイトをやりました。地元の商業高校に入りましたが、親の経済的理由で中退しました。学費は奨学金でなんとかなりましたが、生活できないので中退し働き始めました。いろいろな派遣会社を通じて職を転々とし、自衛隊にも2年間入隊しました。履歴書の職歴欄に書ききれないほどいろんな仕事をしました。
私たちの世代は正社員の募集はあまりなく、正社員への就職が難しい人たちが大勢いる。好きで派遣労働をしているわけではない。中学の同級生で安定した職場は市役所に勤めている人たち、バイトとか派遣をやっている同級生が半分以上です。正社員になれた人もほとんどが中小零細企業です。私には通称「どもり」と言われる障害があり、言葉がスムーズに出てこないため就職活動もままならず、派遣労働者になった。
2007年秋以降、日研総業から派遣されて神奈川県の工場で働いていたが、今年1月末、契約期間を約5カ月残して解雇されました。地元に帰っても仕事につける見込みがないし、月6万円の年金生活をしている父親の所に転がり込むこともできない。会社側は私の事情をまったく無視して「寮から出て行ってくれ」と言うばかり。寮を出て数日間はネットカフェに泊り、その後は野宿でした。2月の夜は寒くて外では眠られず、寒さで亡くなっていく野宿生活者も見てきたので、夜通しあてもなく街を歩き続け、朝になると公園などで仮眠をとる生活が約1カ月くらい続きました。
その間、ハローワークに相談したり、市役所に生活保護の申請をしたが、「どうして今まで貯金しておかなかったのか」「とりあえず実家に帰りなさい」「申請しても生活保護を受けられるかどうかわからない。手続も大変だからどこか仕事を探したほうがよい」と、門前払いされました。私は実家に仕送りをしていたので、貯金をする余裕はありませんでした。そういう事情を話しても分かってもらえませんでした。
最終的には「就職安定融資制度」で住居を確保することができましたが、ハローワークでは、こちらが聞かなければ、こうした制度があることも教えてくれず、積極的に広報されていません。制度があることを知らずに野宿生活に転落したり、絶望して自ら命を断ってしまう人たちも少なくありません。同じ時期に派遣切りにあった仲間が自殺したという話を後で聞きました。
この融資を受けるには、①離職・住居喪失証明書(派遣会社で記入捺印)、②入居予定住宅に関する状況通知書(不動産屋で記入)、③それらの書類をハローワークに持って行き「認定」してもらう。④最後に労金の窓口で融資の手続き、という流れです。ところが、ハローワークでは、就職安定融資制度の内容や運用の知識がないまま、間違った説明をしたり、実際に通用しない書類を渡す職員もいました。そのせいで住居の確保が大幅に遅れました。不動産屋で何軒も門前払いをされました。「こういう制度があるので」と説明しても「無職の人に貸せない」と断られました。厚労省は、救済支援制度の積極的な周知と適正な運用を各ハローワークに指導してほしい。
やっと2月末に就職安定融資制度を受けることができました。貸付額は、敷金・礼金・引越し費用費用など入居初期費用として上限の50万円、家賃上限月額6万円の6カ月分(これは不動産屋に払い込み)、それ以外に上限月額15万円が就職活動費として毎月貸付(最大6カ月間)というものです。
就職活動をしましたが、なかなか見つかりませんでした。「未経験者歓迎」の募集でも、電話や面接の段階で「経験がありますか?」と聞かれて落とされる。いろいろな免許を持っていても、経験がなければ落とされる。「年齢問わず」もいい加減です。実際は年配者がダメだということが多いし、逆に若すぎてもダメだという職種もあります。
融資が切れて、どん底の生活
私は派遣先の工場で同じように派遣切りされた彼女と知り合い結婚しました。しかし、新たな就職先が決まらないまま、7月末に就職安定融資が期限切れになりました。その後の生活は困窮を極めました。
ガス、水道、電気などの公共料金が払えず滞納。電気代は何とか支払ったものの、ガス料金は3カ月滞納で、栓を止めるとの通告が来たのでやっと1カ月分だけ払いました。水道料金も滞納で給水停止の通告が届き、知り合いに助けを求めて何とか給水停止は回避できました。
食事の回数を1日1~2回に減らした。内容はスーパーの特売や見切り商品で買った安い食材を使って雑炊のようなものを食べていました。お好み焼きのような小麦粉を使った料理は、安いコストで腹いっぱいになるので、よく作りました。
私は派遣切りにあった後に、短期間、路上生活を経験していたし、失業中の仲間や支えてくださる方々の励ましもあったので、精神的にはそれほど落ち込みませんでした。しかし、妻は働いて収入があった頃と比較して「まさかここまで落ちぶれるとは‥‥」と嘆き、あまりの生活困窮で精神を病んでしまいました。
物事の判断力がつかなくなり、感情の起伏も激しくなり、些細なことで激昂したり極度に落ち込んでしまうことも多くなりました。財布の中に紙幣がない生活が数日続くと、明日の生活(将来ではなく)への不安から極度の情緒不安定に陥り、落ち着かせようとする私にむかって包丁やカッターナイフを振り回すこともあり、刃物や紐など凶器となるような物をすべて隠しておいたほどでした。逆に、加害意識に苛(さいな)まされて、号泣しながら謝ってくることも何度もありました。さらに睡眠障害にも悩まされるようになり、対応の仕方に私は相当悩みました。
その上、私自身の再就職先が見つからないまま、長期間の失業。まったく先が見えない闇の中で、出口を求めてずっとさまよっている状態が続きました。私も次第に精神状態がおかしくなってしまい、人ごみの中にいると頭痛や吐き気・胸痛・めまい等をおぼえるようになり、電車を見ると飛び込みたくなるし、夜は眠れなくなりました。
何とかしようと思い、県が労金(中央労働金庫)と連携して実施している「生活応急資金貸付」に申し込みましたが、約1週間待たされて、結局は審査に通らず融資不可でした。その理由は教えてもらえませんでしたが、一定の人数を超えると、すべて断るという不文律があるという噂を耳にしました。
生活の安定はいまだ見えず
9月末にようやく派遣の仕事が見つかりました。しかし、体力を使う仕事で、勤務初日に腰を傷めてしまい、勤務日数1日で退職することになりました。派遣会社から「派遣先に迷惑をかけたから」という理由で給料は支払えないかもしれないと口頭で通告を受けました。しかし、わずか1日の給料でも切実で、支払われないとすれば納得できません。
いよいよ困って生活保護の申請に行きました。申請には事情の分かる人に同行してもらいました。これまでの経過や親の支援を受けられない事情などを説明しました。対応してくれた窓口の担当者が、非常に親切な職員でしたので申請手続きは何とか済みました。
しかし、生活保護が認定され実際に支給されるまでの生活費がありません。そのことを相談し、一定額を前払いという形で受け取ることができました。しかし、未払いになっていた公共料金でほとんどなくなりました。初回の生活保護の受給日までまだ数日あります。
私は腰を治しながら、妻は精神科に通いながら、どうにか生活を立て直そうとしているのが現状です。正直なところ、暮らしを立て直すのがいつになるのか、具体的な見通しはまったく立っていません。
政治に言いたいこと
今回のこと痛感したのは、必要最低限の金(たとえば医療費)さえない人は何もできないということ。すべてが「金」「金」の資本主義社会で、必要最低限のお金さえ持たない(持てない)人は、死さえ受け入れなければならないのだろうか。
「生活保護という制度があるではないか!」という人もいるだろう。しかし、その実態は違う。手続きが煩雑だし、親兄弟に連絡されるなど、通常の人であれば申請をためらってしまう場合が多い。憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を自力では営めない人々に対するセーフティネットとしては充分に機能していないと思う。
また、役所側の「水際作戦」もある。保護申請は本来、無条件で受け付けなければ違法であるのに、弁護士や政治家、支援団体など、役所側が「面倒」に感じる存在をちらつかせるか同行したりでもしない限り、若い世代(55歳以下)は申請書さえ渡してもらえないケースも多いという。何のための「生活保護」なのだろうか。私の場合は、同行してくれた人がいたこと、たまたま親切な職員だったので今回は申請することができた。しかし、多くはそうではない現実がある。
福祉を担当する職員が、生活保護を本音でどう感じているのか。それがよく分かる川柳がある。福祉職員の内部機関誌(批判を受けて休刊)にこういう川柳があった。
金がない それがどうした ここくんな(来るな)
休み明け 死んだと聞いて ほくそえむ
もちろん、すべての福祉職員がこうだと言うつもりは毛頭ないが、こういう事を考える福祉職員がいることに強い憤りを感じる。また生活保護費を削減するために、できるだけ申請させないように政府が自治体に指導しているという。政府がまず姿勢を改め、各自治体に指導していただきたい。
雇用対策にも、言いたいことがある。「緊急雇用対策」「緊急雇用創出事業」などと銘打って各自治体が実施している事業です。まず、給与が安い。高校生のアルバイト程度の低賃金です。さらに、短時間で少ない日数。これでは到底暮らしていけない。そこそこ良い給料の求人もあるが、定員が少ないし、中には人をバカにしているのか!と言いたくなる内容のものもあった。ある自治体の臨時雇用の職員の募集で、「緊急雇用創出事業」となっていた。その条件が厳しい。「行政事務を5年以上経験した者」または「同等の知識を有すると認められる者」。この条件に該当する人は確かにいるだろうが、少なくとも「緊急雇用創出事業」としては、あまりにも的外れです。
ハローワーク自体の募集も大きな疑問を感じました。「長期失業者等支援コーディネーター」、月給27万9200円と給与は高いが、応募に必要な経験等をみてびっくりしました。「長期失業者等支援対象者の職業相談および調整、ならびに選定」「支援対象者への生活費等の相談」等々。こんな「経験者」など、ハローワークの元職員ぐらいしか該当しないのではないでしょうか。
生活保護にしろ、雇用対策にしろ、役人や政治家にはもっと「現実」を見てほしい。現実にどれほどの失業者が塗炭の苦しみを味わって辛酸をなめているのか。具体的にどんな生活をしているのか、何を求めているのかを。今日明日食う米もない失業者や生活困窮者が大勢いる。その命のともし火を消さないために、生活の保障など必要不可欠な政策を実行してほしい。
生活困窮者が増え続ける社会とは、一体何なのか。政治とは何なのか。企業にとって都合が悪くなると、ごみでも捨てるように簡単に首を切られ、中間搾取で安い賃金で働かされ、人が人として扱われない派遣労働は現代版奴隷制度だ。こんな悪しき雇用形態はすぐになくしてほしい。そして、安定した労働環境で働ける人々が一人でも多くなるように、雇用対策の強化を強く望む。
また低所得者や生活困窮者など、収入が一定以下の人は医療費を無料にする制度を考えてほしい。予算の問題もあるでしょうが、ぜひ検討してほしい。教育に関しても同様です。
世界中の富の99%をわずか1%の人が独占していると聞いたことがあります。日本でも急速に格差が拡大し、ピラミッド社会になっています。政権を取った民主党の選挙スローガンは「国民生活が第一」でした。耳障りの良い「友愛」では飯は食えません。政治家センセイに私たちの苦しみが分かるのかと言いたい。根本的なことは選挙では解決しないのではないか、選挙に出るにはものすごいお金がかかります。乱暴かも知れませんが、ピラミッドをひっくり返すような根本的な変革が必要ではないかと感じています。