アメリカの核の傘から抜け出し
核兵器廃絶をめざそう
元広島市長 平岡 敬 さん
プラハ演説の目的
オバマ大統領はプラハで「核のない世界をつくろう」と演説しました。「核のない世界」そのものは誰も反対できない正しい方向です。しかし、彼の目的は核の廃絶ではなく、核拡散の防止、破たんしたNPT(核不拡散条約)体制の立て直しです。
NPTは、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5大国だけに核兵器保有を許し、他の国には核兵器保有を認めない条約です。インドとパキスタン、それにイスラエルが核兵器を保有し、NPT体制は事実上破たんしています。アメリカ自身もNPT違反をやってきました。一つは、NPT6条「核保有国は核軍縮を誠実に履行する」に反し、核軍縮をまったくやってこなかったことです。核兵器保有国になったインドと原子力技術を提供する条約を結んだのもNPT違反です。
オバマ大統領の見方によると、これまでは国家が核兵器を持っていたが、これからは非国家つまりテロリストの手に核兵器が渡るかも知れない。アフガニスタンの反政府勢力などが核兵器を持ったら、アメリカ相手に使うのではないか。だから、何としても核拡散を防止しようと、「核のない世界」を言い出したのです。これはオバマ大統領が最初ではありません。2007年1月にキッシンジャー元国務長官、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官ら、アメリカの核政策を進めてきた4氏が「核のない世界」を呼びかけました。オバマ大統領のプラハ演説は、これをひきついだものです。経済危機で財政も大変だから米ロが核軍縮を少し進める、だから世界はNPT体制を守れという主張です。米ロの核軍縮はせいぜい1000~1500発で、米ロの核兵器独占は揺るぎません。
「核のない世界」という呼びかけは、核拡散の防止に世界の力を結集するためのレトリックです。つい本当だと思わせますが、オバマ大統領は「私が生きている間は実現しないだろう」と予防線を張っています。「核兵器兵器が存在する限り、米国は敵国を抑止するために安全でしっかりした、効果的な保有量を維持する」と、核兵器を手放す気がないことを明言しています。
オバマ大統領はアフガンに米軍を増派して戦争を強化しています。日本に対しても、自衛隊の派遣を求めてくる可能性があります。アメリカはイラクやアフガンで戦争している国であり、世界で何をしているか総合的に見る必要があります。プラハ演説だけを切り離して見るべきではありません。オバマ政権のゲーツ国防長官はブッシュ政権の国防長官で、イラク戦争の張本人です。国防副長官のウィリアム・リンは、米国一のミサイルメーカー、レイセオン社の副社長です。オバマ政権も軍産複合体との関係を断ち切っていません。オバマ大統領が主観的にどう言おうと、彼が置かれている立場をきちんと見ておく必要があります。米国は原子エネルギー産業での支配権を握ろうとしているのです。
「核の傘」から抜け出そう
ところが、日本では政府もマスコミも、オバマ大統領のプラハ演説を手放しで持ち上げました。プラハ演説後に、衆参両院はあわてて核兵器廃絶への取り組みを決議しました。中曽根外相は11項目の核兵器廃絶提案を発表しましたが、その内容に目新しいものはありません。「唯一の被爆国」と言うのなら、もっと本気で核兵器廃絶に向けた道筋を構築すべきだと思いますが、そういうことはやりません。政党の中でも共産党がプラハ演説を持ち上げています。時流に乗り遅れまいとするみっともない動きだと思います。
被爆地・広島でも、手放しで歓迎し、オバマ大統領を広島に呼ぼうという動きもあります。オバマ大統領が広島に来るのなら、原爆投下の責任を認めるべきです。彼はプラハ演説で「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国は行動する道義的責任がある」と言いましたが、原爆投下の責任を認めたわけではありません。歴代のアメリカ政府は「原爆投下は戦争を終らせるためで正しかった」と主張してきました。しかし、アメリカの原爆投下には別の目的がありました。広島は「原爆投下は間違っていた」と言い続けてきました。オバマ大統領が「原爆投下は正しかった」という公式見解を改めないのならば、今後もアメリカは核兵器を使う可能性があります。アメリカが「悪い国」だと判断すれば、その国に核兵器を使用しても許されるという論理が生きているからです。そういう論理を私たちは許してはいけません。
5大国だけが核兵器を持ち、それ以外の国は核兵器を持つなというNPTの論理は筋が通りません。NPT体制が破たんした原因は、NPTの論理そのものにあります。核保有の5大国は第二次大戦の戦勝5カ国でもあり、拒否権を持つ安保理常任理事国として国連を牛耳ってきました。その後たくさんの国が独立して国連に加盟しました。加盟国が増えるにつれて力関係も変わってきました。国連加盟192カ国のうち、180カ国以上は核兵器を保有していません。日本はそういう国の先頭に立って、アメリカ、核保有国の核政策を変えさせるリーダーシップを取るべきだと思います。日本政府は毎年、国連総会に核兵器廃絶決議案を出していますが、アメリカが認める枠内でしかありません。
私が広島市長だった1997年8月6日、平和宣言で「日本政府に対して『核の傘』に頼らない安全保障体制構築を要求する」と主張しました。他国から見れば、アメリカの「核の傘」に入っていることは、核保有国と同等です。「核の傘」に入りながら核兵器廃絶を訴えるのは自己矛盾であり、説得力がありません。そのことに日本国民の多くが気づいていません。だから、「核の傘」から抜け出し、どうすれば国民の安全が守れるか、大いに議論しようと呼びかけました。例えば、「北東アジア非核化条約」「核先制不使用条約」など様々な手立てがあると思います。この平和宣言に対して、国民的議論が起こることを期待していたのですが、そうなりませんでした。
同席していた当時の橋本首相が「できっこない。市長はアメリカの怖さを知らない」と声をかけてきました。「何が怖いんですか」と聞いても返事はありませんでした。日本の首相はアメリカに気を使い、アメリカが怖いのでしょう。戦後の日本はアメリカに占領され、「独立」と同時に日米安保条約を締結し、アメリカ追随が続いています。日本は本当の意味で「独立」できていないと感じました。
日米安保条約の10条には、「どちらかの国が一年前に通告すればこの条約は終了する」と明記されています。「核の傘」から抜け出し、日米安保はやめることができるんだから、その条件を考えようではないか、という思いの平和宣言でした。日本は戦争できない国なのです。日本国憲法にうたっているだけではありません。エネルギー自給率4%、食料自給率40%の日本は、世界の国々と仲良くして、平和に生きる以外の選択肢がない国なのです。
日朝国交正常化を
ところが、北朝鮮の脅威をあおり、核武装も含めた軍事大国化を唱える主張がまかり通っています。マスコミの責任は大きいと思います。例えば北朝鮮のロケット発射の時に、日本海へのイージス艦出動や、東北への迎撃ミサイル移動などでマスコミは大騒ぎし、北朝鮮の脅威をあおりました。世界の核兵器の95%を保有するアメリカやロシアの核、隣国である中国の核は脅威でないのでしょうか。脅威でないとすればなぜでしょうか。これらの国とは国交が正常化されているからです。それならば、北朝鮮と国交正常化すればよいのです。国の体制はそれぞれの国民が決めることであり、他国がとやかく言うことではありません。そういう考えにならず、北朝鮮の脅威ばかりあおってきました。
日本がアメリカの「核の傘」から抜け出さない限り、北朝鮮に核兵器廃絶を訴えても説得力がありません。アメリカは日本で核兵器を使用しただけでなく、朝鮮戦争やベトナム戦争で核兵器使用を真剣に検討しました。朝鮮戦争を戦った北朝鮮とアメリカの関係は「休戦」しているに過ぎません。北朝鮮から見れば、核兵器で威嚇しているアメリカ、その核の傘に入りアメリカの同盟国である日本は敵国であり、朝鮮戦争以来、核の脅威を感じているはずです。北朝鮮が求めているのは、アメリカとの国交正常化です。
日本は北朝鮮との国交正常化を実現すべきです。拉致問題も解決すべき課題ですが、日本は朝鮮を植民地支配した歴史を清算していません。その点で、2002年の平壌宣言は重要だったと思います。日本は植民地支配を謝罪し、北朝鮮は拉致問題を謝罪しました。そして日朝国交正常化を約束しました。しかし、日本は北朝鮮との約束を反故にしました。平壌宣言にそって国交正常化交渉を進めていたら、核問題も別の展開があったと思います。それを履行させないようにしたのは、日本の保守勢力とアメリカです。日朝が国交正常化しては困る勢力がいるのです。防衛省もそうでしょう。アメリカもアジアでもめごとや緊張がないと、米軍が日本に駐留する理由がなくなります。
北朝鮮は本当に脅威なのでしょうか。アメリカの軍事費は5000億ドル、日本は480億ドル、北朝鮮は推定50億ドルです。日本の10分の1の軍事力、エネルギーも食料も不足している北朝鮮がアメリカや日本を相手に戦争できるはずがありません。マスコミも含めて、冷静に考える必要があります。
6者協議の合意は「朝鮮半島の非核化」でした。ところが日本のマスコミは在韓米軍の核は無視して、北朝鮮の核だけを問題にしています。先日の米韓首脳会談で、アメリカは韓国に対する「核の傘」を強調しました。朝鮮半島の非核化を実現するには、日本も「核の傘」から抜け出し、この地域で核兵器を配備せず、核兵器を使用しないという北東アジア非核化条約を結び、アメリカとロシアと中国に保証させるべきです。すでに南半球や中央アジアには非核化条約があります。日本政府は先頭に立つべきです。北朝鮮との国交正常化も実現すべきです。国交正常化しなければ拉致問題も解決できないことははっきりしています。「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」という主張は主客転倒です。
政権交代で日米関係は変わるか
広島でも田母神・元航空幕僚長の講演会が計画されています。思想信条は自由ですが、これにぐらつくような平和運動の思想であってはならないと思います。ただし、国内の不満のはけ口を国外に求めるという手法が過去の政治で何度もありました。格差が拡大し、経済危機の中で、政治に不満をもつ人びとが増えており、それが勇ましい主張と結びつくことを危惧しています。
核兵器廃絶運動も、日本政府に対する闘いが不十分だと思います。「アメリカの核の傘から抜け出せ」という具体的な要求をかかげて闘ってきませんでした。1999年の周辺事態法、国旗国歌法等々、憲法はずるずると骨抜きにされてきました。マスコミも体制順応で、戦前のマスコミと一緒です。私もマスコミ出身者として、じくじたる思いです。戦後、天皇が全国を回った時、誰も天皇の戦争責任を追及しませんでしたが、今回のプラハ演説に対して、原爆投下責任を追及する世論が起こっていません。核兵器廃絶が実現しそうだなどと幻想を持たず、アメリカに対しても日本政府に対しても、核兵器廃絶を強く要求すべきです。
日本の政治家、官僚などの指導層はアメリカに留学してアメリカナイズされており、精神的な独立ができていないと思います。アメリカの占領政策が半世紀後に実を結んだと感じています。自民党の政治家だけでなく、民主党の政治家の中にも、本当に日本人なのかと疑いたくなるよう人たちがいます。次の総選挙で政権交代が起こるかもしれませんが、アメリカとの関係は基本的に変わらないと思います。政界再編、あるいは大連立になって、憲法改正などもあるのではないかと危惧しています。