「核兵器のない世界」 オバマ大統領のプラハ演説のねらい 広範な国民連合事務局長 加藤 毅

「核兵器のない世界」

オバマ大統領のプラハ演説のねらい

広範な国民連合事務局長 加藤 毅

 アメリカのオバマ大統領は4月5日、チェコの首都プラハで「核兵器のない平和で安全な世界を追求する」と演説しました。
 この演説を日本のマスコミは、「画期的な演説。オバマ大統領の率直な姿勢を高く評価したい」(毎日)、「時代の歯車を回そうという呼びかけを重く受け止めたい」(朝日)、と絶賛しました。政党では共産党の志位委員長が「歴史的な意義をもつもの」と歓迎し、オバマ大統領あての手紙をアメリカ大使に手わたしました。共産党はさらにそれを、読売新聞の一ページ全面を使った意見広告に掲載して、大宣伝しました。

アメリカは世界最大の核保有国であり、広島と長崎に原爆を投下した唯一の核兵器使用国です。アメリカの意にそわぬ中小国を核兵器で脅かし、時には軍事侵攻してその国の政権を転覆してきた国です。そのようなアメリカが核兵器を捨て、核兵器のない世界を追求する国に、本当に転換したのでしょうか。この演説のねらいはどこにあるのでしょうか。
 日経新聞インターネット版(4月23日)に掲載されたオバマ演説の主要部分を見てみましょう。

■オバマ大統領のプラハ演説

世界的な核戦争の脅威は減ったものの、核攻撃のリスクは高まりました。核兵器を獲得した国は増えました。核実験は続いています。核の秘密や核物質は闇市場で多く取引されました。兵器を作る技術は拡散しました。テロリストは核兵器を購入、製造、または盗むつもりでいます。こうした危険を防ぐ我々の努力は世界的な核不拡散体制が中心となっていますが、ルールを破る国や人が増えるにつれ、この体制が維持できない地点に到達するかもしれません。
 ・・・・。このような兵器の拡散は止められない、監視できない、より多くの国家や人々が究極の破壊兵器を持つ世界に住むことを運命付けられていると主張する人もいます。そのような運命論は極めて有害な敵です。・・・・。
 核保有国として、核兵器を使用したことがあるただ一つの核保有国として、米国は行動する道義的な責任を持っています。・・・・。
 だから今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します。私は無知ではありません。ゴールはすぐには到達できないでしょう。私が生きている間には恐らく。忍耐と粘り強さが必要です。しかし今、私たちは世界は変わることは出来ないという声を無視しなければいけません。私たちは主張しなければいけません、『イエス・ウィー・キャン』と。
 私たちがたどらなければならない軌跡をまず説明しましょう。第一に米国は核なき世界に向けた確かな歩みを始めます。冷戦思考に終わりを告げるため、私たちは国家の安全保障戦略における核兵器の役割を小さくし、他国にも同じようにすることを促します。間違えてはいけません、こうした兵器が存在する限り、米国は敵国を抑止するために安全でしっかりした、効果的な保有量を維持します。そしてチェコ共和国を含めた同盟国を防衛することを保証します。・・・・。
 弾頭と保有量を減らすために、新しい戦略兵器削減条約を今年ロシアと交渉し始めます。・・・・。核実験を世界で禁止することを達成するために、私の政権では包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准をただちに、そして積極的に追求します。・・・・。核保有国で使用される核物質の生産を検証可能な形で終わらせる新しい条約を目指します。それが第一のステップです。
 第二に、核不拡散条約(NPT)を協調の基礎として私たちはともに強化します。・・・・。国際的な査察を強化するためにもっと多くの資源と権限が必要です。ルールを破ったことが明らかになった国や、条約から理由なく離脱しようとする国に対する実質的で迅速な代償が必要です。・・・・。違反は罰せられなければいけません。・・・・。私たちは肩を組んで、北朝鮮に進む道を変えさせるために圧力を加えなければいけないのです。・・・・。
 これははっきりさせておきます。イランの核と弾道ミサイルの(開発)行為は米国だけでなく、イランの隣国やわれわれの同盟国に対して真の脅威をもたらしています。・・・・。イランからの脅威が続く限り、私たちは費用対効果があり、(能力も)証明されたミサイル防衛システムを進めます。
 最後に、テロリストが絶対に核兵器を取得しないようにしなければいけません。これは世界の安全保障にとって、もっとも差し迫った究極の脅威です。
(演説全文はこちらhttp://www.nikkei.co.jp/senkyo/us2008/news/20090423u0c4n000_23.html 参照)

どんな政策を行うのか

 真実は、何を言うかではなく、どんな行動をするかにあらわれます。まず、オバマ大統領が「第一に米国は核なき世界に向けた確かな歩みを始めます」と表明した軍縮政策を検討してみましょう。
 「新しい戦略兵器削減条約の交渉」は、すでに昨年の4月6日、ブッシュ大統領とプーチン大統領の最後の首脳会談で合意された「戦略的枠組み宣言」の中にうたわれています。第一次戦略兵器削減条約(START1)が今年12月に期限切れで失効するため、両首脳は「戦略核兵器を最小限のレベルに削減する意志を確認し、START1に代わる、法的拘束力のある合意をめざす」ことで一致していました。オバマ大統領とメドベージェフ大統領はこれを引き継ぎ、4月1日の初会談で交渉を開始すると宣言しました。
 米ロは世界の核兵器の約95%を占めており、これを大幅に削減したところで、米ロとくに米国が世界の核戦力で圧倒的優位に立ち続けることは変わりません。むしろ、アメリカが5576発、ロシアが3909発(米国務省調べ、今年1月現在)と、必要以上に保有している核弾頭を削減することができれば、膨大な維持経費の軽減につながります。経済危機に苦しむ米ロにとっては大助かりと言えます。
 包括的核実験禁止条約(CTBT)は、国連総会が96年9月に採択した条約で、クリントン大統領がすでに調印しています。しかし、共和党が多数派だった当時の上院が批准に反対したため、アメリカは批准しておらず、CTBTはいまだに発効していません。
 CTBTが禁止しているのは爆発をともなう核実験です。爆発をともなわない未臨界核実験は禁止されていません。長年にわたって膨大な実験データを蓄積してきた米国は、未臨界核実験だけで核兵器を維持、開発することができるため、CTBTが発効しても、ほとんどひびきません。国連総会がCTBTを採択した後、アメリカは97年2月~06年9月の期間に、23回の未臨界核実験を行いました。
 オバマ大統領が「核保有国で使用される核物質の生産を検証可能な形で終わらせる新しい条約」と述べているのは、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)をさしています。この条約は、核兵器のための高濃縮ウランやプルトニウムの生産、およびこのような生産を他国が援助することを禁止する条約です。クリントン大統領が93年9月に国連総会演説で提案しました。
 STARTで削減した核弾頭からとりだしたものも含めて、膨大な量の高濃縮ウランやプルトニウムを保有する米国にとっては、痛くもかゆくもない条約ですが、途上国は大きな影響を受けます。途上国からの反対などもあり、いまだに交渉は始まっていません。
 オバマ大統領が次にかかげたのが、核不拡散体制を強化することです。そのねらいは、北朝鮮とイランに対する圧力、制裁です。査察体制を強化し、核不拡散条約(NPT)に罰則をもうけて、違反した国や条約から離脱しようとする国を罰することができるようにすべきだと主張しています。イランに対してはさらに、ミサイル防衛システムを進めると述べています。
 最後は、核兵器や兵器に転用可能な核物質がテロリストの手に渡るのを阻止するための、世界的な核物質の管理強化です。ブッシュ大統領が進めてきた対テロ闘争をさらに強化するものです。
 このように、オバマ大統領が表明した政策はいずれも、オバマ以前の大統領が途中まで進めたか、今日まで進めてきた政策の強化であり、目新しいものはありません。変わったのは「核兵器のない世界」という飾りがついたことだけです。これらの政策を実現すれば、核独占体制のトップに立つアメリカの立場は強化されます。
 何よりも見落としてならないのは、オバマ大統領の次の言葉です。
 「間違えてはいけません、こうした兵器が存在する限り、米国は敵国を抑止するために安全でしっかりした、効果的な保有量を維持します」。
 核抑止力、核兵器は決して手放さないという断固たる宣言です。私たちも、オバマ大統領のねらいを読み間違えてはいけません。

プラハ演説のねらい

 オバマ大統領の演説をさらに分析してみましょう。
 演説は、「この体制が維持できない地点に到達するかもしれません」と、核不拡散体制が揺らいでいる現状への不安から始まっています。核不拡散体制とは、米国、ロシア、フランス、英国、中国の5カ国だけに核兵器の保有を認め、それ以外の国には認めない不平等な体制、つまり5カ国による核独占体制です。それが揺らいでいる現状に不安を感じているのは、全世界の人びとではなくアメリカの支配層です。
 それに続いて、「核兵器を使用したことがあるただ一つの核保有国として、米国は行動する道義的な責任を持っています」、「だから今日、私は明白に、信念とともに、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」という「感動的」な言葉が来ます。そして「私は無知ではありません。ゴールはすぐには到達できないでしょう。私が生きている間には恐らく。忍耐と粘り強さが必要です。しかし今、私たちは世界は変わることは出来ないという声を無視しなければいけません。私たちは主張しなければいけません、『イエス・ウィー・キャン』と」。
 これで演説は決まりました。人びとは、オバマは正直だ、とても現実的な約束だと実感させられました。同時にオバマ大統領にとっては、生きている間に実現しなくともよい空約束となりました。感動のうちに、あとは一気呵成に、核不拡散体制(核独占体制)を立て直す政策が次々と語られ、演説は終わります。みごとな演説です。
 冷静にみれば、責任を負わなくてもよい(恐らく負う気もない)「核兵器のない世界」という錦の御旗を振って世界の世論を味方につけ、これをテコに北朝鮮やイランに核放棄を迫り、アメリカによる核独占体制を立て直す、これがオバマ大統領のプラハ演説のねらいです。これはオバマ大統領が考え出したものではなく、キッシンジャー元国務長官(ニクソン政権)、シュルツ元国務長官(レーガン政権)、ペリー元国防長官(クリントン政権)などが07年1月に提唱した共同提言「核兵器のない世界」を取り入れたものです。

「狼と7匹の子ヤギ」

 読者のみなさんは「狼と7匹の子ヤギ」というグリム童話を知っていると思います。
 お母さんヤギの留守中に狼がやってきて、がらがら声で「お母さんだよ。ドアをあけておくれ」と言うが、すぐに見破られてしまう。そこで狼はチョークを頬張って声を変え、再び子ヤギたちに「お母さんだよ」。でも、ドアの隙間から見える足は真っ黒だったので、またも見破られてしまう。今度は足に小麦粉を塗り、真っ白にした足をドアの隙間から見せる。白い足を見た子ヤギたちが大喜びでドアを開けると、狼に丸呑みにされてしまう。そんなお話でした。
 「核兵器のない世界」という白い粉を振りかけで、日本のマスコミや共産党は、他愛もなくオバマ大統領に呑み込まれてしまいました。 そうそう、末っ子の子ヤギだけは呑み込まれませんでした。

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