ソマリアの海賊と「人間の安全保障」 広範な国民連合代表世話人 武者小路 公秀

ソマリアの海賊と「人間の安全保障」

広範な国民連合代表世話人 武者小路 公秀


 ソマリアの海賊対策は、日本からの自衛隊も参加して進められることになった。国会での討論も新聞の論調も、自衛隊参加の可否についてはあったけれども、ソマリアの海賊がなぜ今ごろ出没するようになったのかということについては、誰も問題にしていない。もっとも、国際社会(実は「先進工業諸国中心の」という断り書きが必要である)が、米国や西欧諸国をはじめとして、中国まで含めて、こぞって海賊退治に参加する形を取っている以上、それ以上のことについて考える必要がないと思われているのかもしれない。

もちろん、筆者も、ソマリアの海賊を退治してはならない、ということを主張するほど、不心得者ではないない。しかし、ソマリアの人々の困窮が、その一部の不心得者を海賊に走らせたのであったら、その原因について解明しないで、ただ海賊を取り締まればよいということはできない。筆者も、ソマリア問題の専門家ではないので、ここに記すことの大部分は、専門家の言葉や記事の紹介になってしまうことを正直に認めよう。
 ソマリアについては、次の三つのことが、客観的に確かめられる事実として、厳然としてわれわれの判断の基準になることを待っている。

  1. ソマリアは、地球上でももっとも貧しい最貧国のひとつであり、また、現在世界に散在している軍事紛争の地域でも、ただひとつこの国を有効に支配する政府を持っていない国である。
  2. ソマリアの沿岸は、インドネシアのツナミのときにも津波が押し寄せた海域に面しているけれども、その海域には先進工業諸国が、放射能を持つものも含めて廃棄物の投機をする海域になっている。それで子供が放射線を浴びたために病気になったことが問題になっている。
  3. かなりの数のソマリア人が湾岸の石油国や西欧などに出稼ぎにいっていて、その仕送りがソマリアの総所得のなかで、かなりの比率(たしか30%ほど)に達する額になっていた。その仕送りは西欧式の銀行送金ではなく、イスラーム式の伝統的な金融制度を使う送金に頼っていた(特に非正規移住労働者は銀行送金をする資格がないこともある)。ところが、この金融制度がテロに利用されるというので、米国の反テロ戦争のなかで禁止されたため、送金ができなくなった。その結果、出稼ぎ労働者の家庭のみならず、ソマリアの国としての収入も、急減してしまっている。

 以上の三つの事実は、国連が採用し、日本国政府もその外交政策の指針にしている「人間の安全保障」の原則に即して考えると、つぎのような問題がでてきて、ただソマリアの海賊を退治すればよい、ということにはならないはずである。

  1. ソマリアが、国家の体をなしていないということは、その国民の安全を国際社会が責任を持って保障する義務がある。
  2. 海岸地域に住むソマリア人たちは、海に依存する生活を送っており、汚染された海によって生活の安全をうばわれており、また汚染した海での漁業も不安全になっている。
  3. したがって、国際社会は、ソマリア人の出かせぎ労働者の送金ができるように配慮し、また生みの汚染の原因になっている廃棄物投機を禁止して、海岸地域にすむソマリア人の安全を保障する責任がある。

 要するに、「人間の安全保障」の立場から見れば、ソマリア人に対する安全保障義務をはたさないでおいて、ただソマリア人の海賊の監視と退治だけに精を出すのは、少なくとも著しくバランスを欠いた「国際貢献」であると言わざるをえない。もっとも、中国も日本も、この際、正義の旗をかざしてその海軍の威力を誇示する場として利用しているし、ソマリア海賊退治は「人間の安全保障」とは無関係な、世界に大国の間の「国家安全保障」の競争であるということであるといってあきらめるほかないのかもしれない。

アーカイブ