世界経済危機と日本の進路
月刊『日本の進路』編集部
金融サミットから見えたもの
4月2日、ロンドンで第2回目の金融サミット(G20)が開かれた。
アメリカが主張するGDP比2%の追加財政支出に対して、共通通貨ユーロの規律を重視するEU、特にドイツやフランスがこれを拒否し、「2%」の数値目標は声明に盛り込まれなかった。EUが資本移動など本格的な金融規制強化を求めたのに対して、アメリカが反発し、ヘッジファンドの登録制など、お茶にごしに終わった。かつてはGDPの約3割を占めていた製造業が1割に落ち込み、金融・不動産業が最大の産業となったアメリカにとって、金融規制強化は「飯のタネ」をを失うことになるからである。しきりに「協調」が強調された金融サミットだったが、実際は米欧の対立が浮き彫りになった。
金融サミットで存在感を示したのは、米欧よりも中国やインドなどの新興国だった、と言ってよいかもしれない。国際通貨基金(IMF)における発言権拡大を求める中国やインドの主張によって、IMF出資比率の見直しを2011年までに実施することが合意された。米欧は、資金難に直面しているIMFに、世界最大の外貨準備保有国・中国の資金を取り込むため、そうせざるを得なかったのである。
IMFでの投票権は出資比率に応じて与えられる。しかも、理事会における重要問題の決定については、85%以上の賛成が必要とされる。主要国の現在の出資比率を見てみよう。
米国本 6.13 %
ドイツ 5.99 %
英国 4.94 %
フランス 4.94 %
中国 3.72 %
インド 1.91 %
韓国 1.35 %
出資比率が15%を超えるアメリカだけが、事実上の拒否権を持っている。IMFではアメリカの意にそわない決定はできない。EUも、独・英・仏の3カ国が結束すれば拒否権を持つ。しかし、アジア4カ国の合計は13・11%で、仮に結束しても拒否権にはならない。IMFが米欧主導と言われるゆえんである。
中国やインドの出資比率見直し要求は、この理不尽なIMF体制への挑戦と言えよう。一方、麻生首相は第1回金融サミットで何の条件もつけずに、1000億ドルの融資を表明した。アメリカの金融支配を支えることしか考えていない。日本はアジアの一員なのか、問われるところである。
規律なき基軸通貨ドル
今日の世界経済危機はアメリカが引き起こしたもので、地震のような自然現象ではない。アメリカが基軸通貨国としての責任をはたさず、基軸通貨国の特権を利用して、世界中から富を収奪してきた結果である。具体的にはどういうことか。
通貨が異なる国と国の間で商品の売買、貿易を行うにはお互いに信用できる通貨(国際通貨)が必要だ。第二次世界大戦後は、アメリカの国内通貨であるドルがその役割をはたす通貨すなわち基軸通貨となった。ドル札はアメリカがいつでも決まった量の金と交換する約束で、その価値が保証された。
しかし、1971年にアメリカは一方的にドル札と金の交換を停止した。その代わり、ドル札をちゃんとした富で裏づけて、その信用を保証する責任があった。ドル札を印刷する基軸通貨国・アメリカには、国の財政や貿易収支・経常収支が赤字にならぬように規律を守る義務があった。
だが、アメリカはその責任をはたさず、膨大な貿易赤字・経常収支赤字、財政赤字、企業や家計の赤字、要するに国の内外に対するさまざまな借金をふくらませて、稼ぎを上まわる消費を謳歌してきた。アメリカは基軸通貨であるドル札を自由に印刷できる基軸通貨国の特権を利用してきたのである。
借金の借用書はさまざまな複雑な証券、金融商品に加工されて売買された。それがさらにまた加工・売買されて、実際の富とかけはなれた途方もなく膨大な架空の富としてふくれあがり、国の内外の金融機関、企業、個人に広がり、そして崩壊した。経済の血液とも言える通貨、それを運ぶ血流は各所で寸断されて、実体経済を急速に縮小させた。その累はアメリカだけでなく世界中に及び、とりわけドルに依存した経済に深刻な打撃を与えた。
EUも今回の金融危機による影響は少なくないが、ユーロ圏各国は単一通貨ユーロの傘のおかげで市場混乱の直撃を免れた。しかし、同じEU加盟国でも非ユーロ圏のハンガリー、ラトビア、ルーマニアなどは自国通貨が急落して深刻な打撃を受け、IMFから緊急支援を受けざるを得なくなった。EU非加盟のアイスランドは、国家非常事態宣言に追い込まれた。欧州諸国は、単一通貨ユーロのありがたみを深刻な経済危機の中で痛感した。
アジアの共生こそ日本の活路
日本も今回の金融危機で深刻な打撃を受けた。特に実体経済への影響はすさまじい。下表は、IMFおよびOECD(経済協力開発機構)が発表した、2009年の経済成長率の見通しである。いずれも日本はマイナス6%台で、先進国の中で最も急激な落ち込みと予測されている。これは日本経済がドル依存に加えて、輸出依存度とりわけアメリカ市場への輸出依存度が高いためである。
IMF | OECD | |
世界全体 | -1.3 % | -2.7 % |
日 本 | -6.2 % | -6.6 % |
米 国 | -2.8 % | -4.0 % |
ユーロ圏 | -4.2 % | -4.1 % |
たとえこの経済危機がおさまっても、アメリカ市場は元にもどらない。ドル依存・対米輸出依存の経済・産業構造を転換をしなければ日本の前途はない。日本は対米従属をやめ、アジアの共生へ大きく舵を切るべきだ。東アジアはアメリカと直接関係のない域内貿易でも決済はドル建てが多く、ドルの変動で揺さぶられている。ドルに揺さぶられないアジア共通通貨、さらにASEAN+日中韓をベースにして平等互恵を原則とする東アジア共同体を実現するために、真剣に努力すべき時がきている。
中国はすでに、東アジア域内の共通通貨体制の実現に向け本格的な検討を進めており、中国人民銀行の周小川総裁は「基軸通貨としてドルには限界がある」と批判した。韓国もASEAN諸国も東アジア共同体の実現を求めている。日本がアメリカの顔色をうかがったり、中国に対抗心を燃やして覇権争いをしたりするのをやめれば、日本が腹をくくって決断すれば、事態は急速に進む。
目前の景気対策もその実態は、巨額の内部留保をかかえながら、労働者の首を切り、下請けなどの中小零細企業に犠牲を押しつけて利潤をあげている自動車や電機などの多国籍企業や大企業への財政支援だ。エコカーや省エネ家電の購入補助金は、まさに自動車や電機の販売促進費そのもの、多国籍企業へのばらまきではないか。従業員5000人以上の大企業だけに公的資金で出資や融資を行う(産業活力再生法改正)などはさらに許しがたい。これを利用して、パイオニア(300億円)、エルピーダメモリー(500億円)、日立製作所が、巨額の資本増強を検討している。日航(2000億円)、日産(500億円)、三菱自動車(500億円)が、巨額の融資の申請を検討している。
こんな愚かな多国籍企業支援をやめ、限られた国家財政は、この経済危機で最も苦しんでいる人びと、生活・営業の危機に直面している失業者、低所得者、中小零細業者への直接支援に集中して投入すべきだ。それこそが国内の需要拡大につながる。