イスラエルの足枷を嵌められた、オバマ政権のソフト外交
―ガザ侵攻からイスラエル選挙まで―
広範な国民連合代表世話人 武者小路 公秀
ガザ侵攻の裏表
イスラエルの空陸からのガザ侵攻は、その公式・非公式の目的を達成して、多くの市民の死傷を犠牲にしたうえで一方的に終結された。
公式の目的は、ガザ地区から同地区の政権を握っているハマスがイスラエルにたいしておこなっているミサイル攻撃を不可能にすることであり、その裏に隠された目的は、無条件にイスラエル政府を支持しているブッシュ政権が米国のイスラエル支援を保障している間に、パレスチナにくさびを打ち込むことで、米国に新しくうまれるオバマ政権がイスラエルを批判しないようにあらかじめ手を縛ることであった。米国の政権が変わる際の外交的な力を最大限確保しようとする目的に比べても、あまりにも大きな犠牲をガザ市民に強いる侵略であった。
しかも停戦を要求した国連決議を無視して、非戦闘員の殺傷を続けた強引さは、イスラエル政府のパレスチナ支配計画をどんなことがあっても進めようとする鉄のような意志の表れとして、ガザ問題だけでなく、今後のパレスチナ問題に人権・人道上での深刻な影を投じている。
イスラエルのアパルトヘイト、奴隷国家パレスチナ構想
そもそも、人口密度が世界的にももっとも高いガザ地区に住むパレスチナ人を囲い込んで、特にハマスがガザ地区の政権を掌握してからはガザ地域の周囲に壁をめぐらして、ガザ地区を大きな収容所に変えてきたイスラエルの政策に、人道上のみならず国際法的にも大きな問題があった。
ハマスがパレスチナの選挙で多数を占めた後、この民主主義的な政権の掌握を米国はじめ西欧諸国に認めさせないことで、イスラエルはパレスチナ全国には従来からのファタハ政権の継続統治には成功したが、ガザ地区がハマスの支配下におかれた。そして、イスラエルによるハマス政権の建物や指導者に対するミサイル攻撃に報復するハマスのイスラエル国内に対するミサイル攻撃への報復という両国の市民を相互に殺傷するいたちごっこがつづき、イスラエルのガザ攻撃はその総仕上げだったのである。
イスラエルは、公的には、ハマスなど、パレスチナの国土に勝手に作られたイスラエルの国家としての存在自体を否定する諸勢力を抑え込むために米国の庇護のもとで、イスラエルとパレスチナの両国の併存を公式的には承認している。しかしその裏では、パレスチナを、アパルトヘイト奴隷国家にしようとしている。かつての南アフリカで黒人の傀儡国家をつくって、そこから労働者だけを白人地域で働かせるアパルトヘイト政策が採用されていたように、パレスチナを国家として認めても、事実上イスラエルへの安い労働力を提供する一種の奴隷労働供給地域にしようとしている。
このウラ計画が、人道上・人権上みとめられないことを、世界の市民が連帯して、このパレスチナ奴隷化計画に反対する世界世論を盛り上げる必要がある。そのさいには、イスラエルがそのパレスチナ問題の「最終解決」計画の実現を目指して、米国のユダヤ系市民の愛国心と、西欧諸国におけるユダヤ系市民のホロコースト(大量殺りく)への罪の意識を利用しての世論工作をつづけていること、これに米欧の諸政府のみならず国際メディアの大部分が協力している。
しかし、同時に、メディアに無視されながら、ガザ侵略に反対するイスラエル市民のデモがつづいていたこと、イスラエル国内にも、パレスチナ人の人権を尊重しようとする動きがあることも認めて、米国のオバマ新政権にイスラエルを説得する姿勢をとってもらうように、世界の市民が訴え続ける必要がある。
オバマ政権に足枷を嵌めているイスラエルのパワー
イスラエルは、ガザ侵攻でハズミのついた選挙で、タカ派のナタニアフが首相に就任して、ハト派を自任するオバマにいろいろ注文をつける体制が出来上がった。かたやオバマ政権はというと、二つの意味で、イスラエルの強硬路線を跳ね返すことが困難な立場におかれている。
第一に、オバマ政権のソフトな姿勢は、金融恐慌への対応でも、特に挙国一致を強調する形をとった保守派に対してのソフトな姿勢を明確に打ち出している。その意味でもブッシュ時代のイスラエル贔屓のパレスチナ外交を踏襲する可能性が高い。
第二に、オバマ政権には、ユダヤ系市民の票が無視できないニューヨーク州出身のヒラリー・クリントンを国務長官にしていて、ユダヤ系市民のイスラエル政府支持に同調する外交担当者がオバマ大統領の外交を実施する際に、イスラエルの立場での足枷をオバマに嵌める体制ができかけている。
イスラエルは、その国家としての存在を否定するイランを仮想敵国にしていて、オバマの公約のなかのイランとの外交交渉による同国の核兵器への接近の阻止を嫌っている。そこで、ヒラリーはオバマの政策を実施はするけれども、もし一定期間内に交渉が成功しないなら断固たる強硬措置に切り替えるという形で、イスラエルの欲する方向でオバマのイラン交渉を縛っている。今後もこの傾向が変わらないと思われる。
ネオ・ソフト・オバマ政権との付き合い方
米国の政治学では、1990年にソフト・パワーという理論が誕生した。ジョセフ・ナイが言い出したことで、国際政治は力だけでは動かないので、諸外国から魅力的だということで自国の政策への同意や好意的な対応を引き出すことができるという理論である。日本は核軍事力をもたないのに結構国際的な支持をうけていて、そのようなソフト・パワーの典型とみられている。その理論の主唱者であるナイが、オバマ政権によって駐日大使に任命されているのは、日本にはソフトなタッチでアプローチして、是非アフガニスタンへの軍事介入強化に協力してもらいたいからであろう。
ソフトだから平和的だとは限らない。ブッシュ時代のネオリベラルとネオコン(サヴァティヴ)を否定するようでいて、中身は実はそんなに変わらないソフト路線をここでとりあえずネオソフトと呼んでおこう。
オバマは、グワンタナモ収容所の閉鎖など、さっそくブッシュ時代の国際人権法に違反する政策を転換し、またイラクからの米軍の撤退を進めようとしている。しかし、米国軍部の協力を必要として、ブッシュ時代の国防長官を留任させて、アフガニスタンには兵力の増大による介入の強化を進めている。失業した青年たちが、いざとなれば軍隊に志願できるアフガニスタン兵力増強は、オバマ政権の失業対策という一面もある。しかし、この介入はアフガニスタンの平和に不可欠な現政権とタリバーン穏健派との和解と協力を妨げ、紛争のパキスタンへの拡大を招いて、オバマ政権の命取りになりかねない乱暴な介入政策である。
オバマは諸外国の意見に耳を貸すと言っている以上、日本からアフガニスタン介入への協力を要請してきても、断固としてこれを断り、米国の翻意を迫るくらいの親切心を持つ「日米基軸」外交を日本政府と日本外務省に期待したい。
しかし、オバマのネオソフト路線を最後に、米国の世界支配が終焉するなら、もっと中国などに目を向けて世界政治経済の多極的な協調をめざす自主路線を明確にすることで、イスラエルと日本を両端に持つ「不安定の弧」から覇権的な介入を排除するソフトパワー日本の平和外交の一コマとして、ナイ米国大使にその理論の正しい解釈を教えてあげるべきであろう。