共同提言「対北政策の転換を」への疑問

共同提言「対北政策の転換を」への疑問

月刊『日本の進路』編集部

雑誌『世界』7月号に、知識人や平和運動活動家の連名で「対北政策の転換を」と題する共同提言が発表された。(以下「提言」)中心的な執筆者は東京大学名誉教授で日朝国交促進国民協会事務局長の和田春樹氏である。
 この共同提言は日朝国交正常化がテーマで、「そのとおりだ」と思う部分もある。だが、提言の執筆者は朝鮮に対する侵略と植民地支配を真剣に反省し、一刻もはやく日朝国交正常化を実現したい願っているのだろうか、国交正常化を求める国民の側に立っているのだろうか、そんな疑問もわいてくる。
 進歩的な人々に一定の影響がある雑誌に掲載されただけに、この提言が国民運動に与える影響を見過ごせない。以下、原文を引用しながら、読者のみなさんと一緒にこの提言を検討してみたい。なお、[提言]の後の数字は原文の『世界』のページである。

侵略と植民地支配について

[提言](123P)
 日清戦争の最大の地上戦闘は平壌の戦いであった。1894年9月15日日本軍は平壌に集結した清国軍をうち負かし、平壌を占領した。玄武門やぶりの武勲を立てた兵卒原田重吉は近代日本国家最初の軍人英雄となった。田山花袋は『東京の30年』の中で「私は戦争を思い、砲煙の白く炸裂する野山を思った。自分も行って見たいと思った。牙山の戦い、京城仁川の占領、つづいて平壌のあの大きな戦争が戦われた。月の明るい夜に、十五夜の美しい夜に」と書いた。従軍を望んでいた正岡子規も「長き夜の大同江を捗りけり」と歌っている。
 高句麗から与えられた文化面での恩恵と度重なる日本軍の平壌攻略と占領――19世紀までの歴史において、日本と朝鮮北部は二重の因縁で結ばれていた。そういう関係にある国が国交をもっていないというのは異常である。
[疑問]
 玄武門やぶりの武勲を立てた軍人英雄、戦場に行って見たいという文豪、従軍を望んでいた歌人。この提言から伝わってくるのは「清国軍をうち負かし、平壌を占領した」軍国日本の賛美である。戦争の悲惨も、戦場にされた朝鮮の人々の苦しみも怒りも伝わってこない。
 しかも、和田氏はこの引用で田山花袋の作品を改ざんしている。田山の原文には「私は遠い戦場を思った。故郷にわかれ、親にわかれ、妻子にわかれて、海を越えて、遠く外国に赴く人たちのことを思わずにはいられなかった。また、さびしいひろい野に死屍になって横たわっている同胞を思わずにはいられなかった。私は戦争を思い、平和を思い、砲煙の白く炸裂する野山を思った。・・・・」とある。和田氏はこの下線部分を引用せず、「平和を思い」を削除して引用した。その結果、田山花袋の作品を正反対のものに変え、明治の文豪を軍国日本の賛美者におとしめた。なぜ、こんな改ざんをしたのだろうか。

[提言](124P)
 植民地支配は多くの苦痛と損害を朝鮮の人々に与えた。その犠牲者の典型は慰安婦とされた女性たちである。朝鮮の北部からも慰安婦とされた人々が出ている。1991年にはじめて慰安婦として名乗り出て、日本を告発した金学順ハルモ二は平壌で育った人である。また慰安婦の写真としてよく知られているのは雲南で保護された北朝鮮出身の朴永心ハルモ二を写した写真である。
[疑問]
 この引用の前に、朝鮮半島北部が戦争のための重化学工業の中心地となり、ここから小野田セメントやチッソがおこったり、飛躍したことが書かれている。引用の後には、植民地支配に抵抗する人々も現れたとして、安重根、李承晩、金日成などが朝鮮北部の出身であることが書かれている。しかし、朝鮮の人々に対する苛酷な植民地支配の実態を描いているのは、ここに引用した慰安婦とされた女性たちのことだけである。なぜ「強制連行」も「創氏改名」も出てこないのだろうか。
 ある会合で、出席者のひとりが「この提言に強制連行が書かれていない」と批判した。和田氏は気色ばんで「強制連行は書いてあります。よく読んで下さい」と反論した。だが、後の方で「強制動員労働者の遺骨返還」という文字が出てくるにすぎず、苛酷な強制連行(強制動員)を正面からとりあげてはいない。
 和田氏は「植民地支配の清算が日朝国交正常化の第1の課題である」と書いている。そのとおりだと思う。それならば、150万人とも言われる朝鮮人強制連行を正面からとりあげるべきではないだろうか。

敵対と緊張の関係について

[提言](124P)
 今日北朝鮮は世界でもっとも特異な体制の国と考えられている。・・・・金正日国防委員会委員長を絶対的指導者とする「先軍体制」をとり、敵対と緊張の中で改革開放を拒んでいるようにみえる。・・・・。いまも慢性的に食糧が不足している、貧しい国である。しかし、軍備は110万人の兵力をもち、中距離ミサイルを実戦配備しており、核兵器を保有するにいたっている。
 ・・・・(ミサイルの発射演習と核実験、日本の経済制裁、拉致問題、北朝鮮がもっとも嫌いだとする世論調査を述べて)・・・・
 このままでよいはずがない。隣の国を理解しようと努めること、その苦難に心寄せること、隣人が飢えていれば助けること、敵対と緊張をつくりだす要因をとりのぞくこと、危険な核ミサイルの開発配備をやめさせること、拉致問題の解決を進めること、隣国を「嫌う」のをやめるように努力すること――これが当然に必要である。
[疑問]
 朝鮮戦争はいまだに休戦状態で、戦争は終結していない。核大国アメリカが平和条約の締結を拒否しつづけているからである。現在も韓国と日本に約8万人の米軍が駐留して朝鮮を絶えず威嚇し、朝鮮との戦争を想定した米韓合同軍事演習を毎年行っている。アメリカには、1983年にグレナダ、1989年にパナマ、2001年にアフガニスタン、2003年にイラクを軍事侵攻し、気に入らぬ政権を転覆して親米政権を樹立してきた「実績」もある。日本政府も、日米安保体制下でアメリカに従属しながら、植民地支配の清算も国交正常化もせず、朝鮮敵視政策をとって朝鮮包囲網に加わってきた。
 人口約2300万人、GDPは日本の小さな県程度にすぎない朝鮮が、半世紀以上にわたってこのように理不尽な圧迫を受け、平和に生きることを阻まれ、生存さえ危うい状況におかれながら、苦難に耐えて自国の独立を守ってきたのである。
 だが、和田氏は日本が核大国アメリカに追随して朝鮮を敵視し、圧迫を加えてきたことに一言もふれず、朝鮮を「特異な体制の国」だと言う。和田氏は肝腎な事実を隠して隣国を「嫌う」ようにさせるのではなく、「隣の国を理解」し、「その苦難に心寄せる」べきではないだろうか。

[提言](126P)
 日本の植民地支配が終わったあと、朝鮮半島の南と北に1948年大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が誕生した。・・・・。1950年朝鮮戦争が勃発した。・・・・。この戦争の際、日本はアメリカの占領下にあり、占領軍の命令で基地、物資、サーヴィスを米軍に提供した。横田と嘉手納から飛び立ったB29が連日のように空襲し、北朝鮮の都市は廃墟と化した。日本の政府も国民も参戦したつもりはなかったが、北朝鮮の人々からみれば、日本は参戦国と見えたであろう。この戦争は1953年に停戦協定が結ばれて終わったが、平和条約はいまだ結ばれていない。1950年に生まれた日本と北朝鮮の敵対と緊張の関係はながくつづいたのである。
[疑問]
 和田氏は「日本の政府も国民も参戦したつもりはなかった」というが、国民の多くはともかく、政府が「参戦したつもりはなかった」というのは事実に反する。日本政府は朝鮮戦争のさなかに、米軍の指示で元山沖などに掃海部隊を派遣した。派遣されたのは延べ1200名。掃海艇が機雷に触れて沈没し、10数人の戦死傷者も出た。日本は朝鮮戦争に参戦していたのである。すでに日本国憲法が施行されていたので、政府はこれをひた隠しにした。
 和田氏はなぜ、こんなウソまで書いて、政府を擁護しようとするのだろうか。

核兵器開発問題について

[提言](127P)
 北朝鮮に核兵器開発保有をやめさせることは日本に生きる者にとって死活的な課題である。北朝鮮の核兵器はミサイルに搭載され、日本に向けられるものであるからである。すでに日本の自衛隊はイージス艦搭載のSM3、および地上設置のPAC3によるミサイル迎撃体制の配備を開始した。しかし、これは莫大な予算を要し、かつ確実に迎撃できる保証はないといわれる。軍事的オプションを求めるなら、日本も対抗的に核武装せよという議論もなされるかもしれない。・・・・。
 核・ミサイル問題の解決は日朝国交正常化の第3の課題である。
[疑問]
 和田氏は「北朝鮮の核兵器はミサイルに搭載され、日本に向けられるものである」と断定し、朝鮮に核兵器開発保有をやめさせなければ、日本が核武装するかもしれない、と危機感をあおっている。日米両政府もずっと以前から、朝鮮の脅威をあおり、それを口実に日本の軍事力強化、在日米軍基地の強化・再編を進めてきた。
 朝鮮の核実験直後、中川自民党政調会長(当時)は「日本は核兵器保有に関する議論を行う必要がある」と発言したが、じきに沈黙を余儀なくされた。日本の国民意識がそれを許さなかったからである。日本が核武装するかどうかは、日本の政治支配層の意識、国民意識などの国内要因による。日朝国交正常化を一刻も早く実現し、友好関係を築くことが核武装論の台頭を困難にするのではないだろうか。
 さらに、和田氏は核問題を日朝国交正常化の課題だと主張する。だが、日本は米・露・中・仏・英などすべての核保有国と国交をもっており、国交を正常化するときにも、核問題を課題としたことはなかった。しかも、朝鮮は日本が国交を正常化していない唯一の国である。和田氏はなぜ、朝鮮との国交正常化だけにこのような条件をつけるのか。広島、長崎で原爆を体験した日本国民の願いが核兵器の廃絶だからだろうか。
 世界で最初に核兵器を開発し、広島と長崎で何十万人も殺傷する実験を行ったのはアメリカである。そして今日、世界最大の核保有国となり、核独占体制の頂点に立っている。核軍事力のどう喝で朝鮮の独立、安全を脅かし、朝鮮は核開発を余儀なくされた。核兵器廃絶のため、被爆国日本がなすべきことは、日本がアメリカの核の傘から離脱し、アメリカに核兵器の廃棄を迫ることではないのか。アメリカの核兵器庫を空にさせなければ、アメリカの核軍事力によるどう喝で独立を脅かされている国が核保有を熱望するのは避けられない。
 だが、和田氏はアメリカの核兵器廃棄には一言もふれていない。アメリカの核兵器や核の傘には目をつぶり、アメリカと歩調をあわせて、朝鮮に核放棄を迫るべきだ、国交正常化の課題だと主張する。和田氏は真剣に核兵器廃絶を願っているのだろうか。彼の主張は、アメリカを頂点とする核独占体制のほころびをつくろい、核兵器廃絶を遠のかせる役割を果たすことにしかならない。

日朝国交正常化は手段

[提言](130P)
 北朝鮮に核兵器開発をやめさせる手段は外交と友好協力しかない。6者協議が最善の国際協力の道であり、日本の最大の外交手段は国交正常化である。・・・・。日本として、「国交正常化を通じて北朝鮮の核兵器問題の解決をめざす」というふうに目標を設定すべきである。・・・・。
 北朝鮮が最終的な核兵器・核計画の放棄に向かうどの段階で、国交正常化条約の調印を行うのが最適か、慎重に見極めなければならない。・・・・、北朝鮮を核兵器の廃棄段階に入らせ、その代わりに実利も提供するには、国交正常化のプログラムを核問題解決のロードマップとどのように調整結合するか、考え抜かなければならない。
[疑問]
 和田氏は、日朝国交正常化を「北朝鮮に核兵器開発をやめさせる手段」だと述べている。和田氏がめざす目標は国交正常化ではなく、「北朝鮮の核兵器問題の解決」だ。

制裁解除も手段

[提言](132P)
 まず制裁の解除を 日朝交渉の再開のためには制裁を解除しなければならない。・・・・・・。2008年4月2日町村官房長官が3度目の延長を発表したさいの談話では、「今回延長される措置を含め、現在我が国が北朝鮮に対してとっている措置は、北朝鮮側が拉致、核、ミサイルといった諸懸案の解決に向けた具体的な行動をとる場合にはいつでも、諸般の情勢を総合的に勘案して、その一部又は全部を終了することができます」とのメッセージが含まれていた。北朝鮮がミサイル発射と核実験を行わず、6者協議の共同声明に従うことを誓約し、6者協議で合意された第2段階措置を完成した場合は、アメリカがテロ支援国家指定を解除するのに合わせて、現在の制裁を解除するのが妥当である。
[疑問]
 小見出しに「まず制裁の解除を」とあり、一瞬「そのとおりだ」と思ったが、その後を読んで失望した。直ちに制裁を解除せよとは言ってない。朝鮮が核放棄へさらに進めば、アメリカに歩調をあわせて「解除するのが妥当」という考えだ。町村官房長の談話と変わらない。制裁で苦しめられてきた在日朝鮮人の苦難に心寄せる姿勢はそこに見られない。

対米追随

[提言](135P)
 いまは、むしろ日米間の見解の乖離を露出して解決を妨げないようにするためにも、米朝交渉の後追いをする受動的な外交姿勢を改める必要がある。
[疑問]
 和田氏は「日米間の見解の乖離」を心配する。「解決を妨げないように」というのは何の解決のことか。朝鮮の核問題の解決だ。アメリカと歩調をあわせ(追随して)朝鮮に核を放棄させようと言っているのだ。

おわりに

 この共同提言は、日朝国交正常化に対する日本政府の考え方とどこが違うのだろうか。
 「提言」は、「安倍内閣のもとで、拉致問題が『わが国の最重要課題』だと宣言され、全閣僚による拉致問題対策本部が設置され、拉致問題担当の首相補佐官が新設された。過去数年ほどに日朝間の人とモノの交流が断たれ、関係が敵対的になったことはなかった」と激しく批判して、「政府と国民は根本的にこれまでの日朝交渉の考え方、進め方を考え直し、改めなければならない」と述べている。「対北政策の転換を」という提言のタイトルは、「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」という安倍政権の制裁一辺倒の強硬外交から「対話と外交」へ転換せよという意味であろう。
 しかし、この提言が発表されたのは今年6月で、福田政権の時代である。福田政権は、「日米間の見解の乖離」を解消するべく、「対話と外交」へシフトした。その福田政権の考え方と提言の主張は基本的な点で大きな違いはない。例えば、町村官房長官談話への評価に見られるように、制裁問題では政府の考えと変わらず、直ちに制裁を解除するよう求めていない。何よりも国交正常化は朝鮮に核を放棄させる手段だと言い、アメリカと対米従属の政府を喜ばせるものとなっている。この提言が制裁一辺倒の安倍政権の時代に出されていたなら、いくらかの積極的な意義を持ち得たかもしれないが、全国で日朝国交正常化を求める国民運動が活発になってきた今日では、国民運動を政府の応援団におとしめる役割しかないだろう。
 いま求められているのは、日本が対米追随をやめ、自主的に即時無条件で日朝国交正常化を実現することである。「国交正常化の一点」で超党派の広範な国民運動を発展させなければならない。労働組合はその先頭に立つことが求められているのではないだろうか。

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