財政危機の原因は対米従属の政治
国民がそのつけを払ういわれはない
『日本の進路』編集部
小泉内閣は「構造改革なくして財政再建なし」と言って、「改革政治」を強引に進めた。この言葉が示すように、「改革政治」の目的は、国の財政再建である。その司令塔となったのが経済財政諮問会議だ。多国籍大企業の総大将である奥田トヨタ会長(日本経団連初代会長)が経済財政諮問会議に乗り込み、その陣頭指揮をとった。多国籍大企業が財政再建にこれほど力をそそぐ理由は、巨額の借金をかかえる国家財政では、彼らの必要に応える財政出動もままならず、逆に国内コストとして国際競争力の足をひっぱるものとなっているからである。だから、多国籍大企業が主導する財政再建、「改革政治」は国民を犠牲にして強行された。
経済財政諮問会議は、財政再建のために、地方「改革」、社会保障「改革」を最大の課題とした。「三位一体改革」、「平成の大合併」による地方「改革」が地方財政危機、地方の疲弊を加速した。社会保障「改革」は医療、年金、介護、福祉のあらゆる面で、高齢者、障害者、低所得者をはじめ多くの国民に深刻な打撃を与えた。小泉内閣は自民党ではなく「国民の暮らしをぶっこわした」。
その後、内閣は安倍、福田と代わり、日本経団連会長はキャノン会長の御手洗に代わったが、多国籍企業が主導する財界の要求、財政再建のねらいは変わらない。多国籍企業にとって、財政再建はまだ始まったばかりである。自治体に地方財政危機の打開を迫り、自治体にまわすカネをさらに減らさなければならない。社会保障の削減にもっと切り込まなければならない。彼らが切望する消費税率の引き上げや法人税の引き下げは、総選挙を前に足踏みしている。彼らが「究極の構造改革」と称する「道州制」、すなわち中央政府が国民生活に責任をもたず(自治体に責任を押しつける)、外交や安保に専念できる、カネのかからぬ「小さな政府」の実現はこれからである。
財政再建だからしかたがない?
国民の中に不満や怒りが広がっている。だが、一方で、マスコミは「財政を再建せよ」「子孫にツケをまわすな」と宣伝し、「改革政治」に抵抗する労働者の闘いを「エゴだ」と攻撃する。こうしたマスコミの世論誘導で国民の中に「財政再建のためだから、しかたがない」「みんなでがまんするしかない」という考えも広がっている。
大阪府の橋下知事は6月5日、府民サービスに大なたを振るい、自治体労働者の給料を大幅カットし、今年度だけで1100億円の収支改善を見込む「大阪維新プログラム案」を発表した。さらに「道州制」の早期導入論まで打ち上げた。日本経団連の御手洗会長は6月11日、大阪に乗り込んで、「改革の姿勢に感銘した」とほめあげ、他の自治体も「これを行政改革の一つの典型例としてもらいたい」と主張した。マスコミは全国で橋下改革を快挙と宣伝し、NHKは特集を組んで「しかたがない」との考えを広めた。大阪府職労は賃下げに抵抗し、障害者は車いすでデモ行進して障害者切り捨てに反対したが、マスコミがつくった「みんなでがまんするしかない」という世論に対抗できず、微々たる手直しで抑え込まれた。府議会の与野党は「大阪維新プログラム案」に賛成票を投じ、これを成立させた。
橋下知事はいわば多国籍大企業の先兵、切り込み隊長である。放置すれば、御手洗の号令に応え、反動的な自治体首長の中から、橋下知事につづく者も出てこよう。全国で地域住民や自治体労働者を犠牲にして、財政再建を進めようという攻撃が強まるだろう。
だが、大阪府職労の闘いも、障害者の闘いもまったく正当な闘いである。欠けていたのは、正当な闘いを正当なものとして、多くの府民の共感を得る論拠、考え方である。いま、全国の自治体労働者、地域住民に求められているのは、財政再建を錦の御旗にする「改革政治」の攻撃に反撃する闘いと広い共感を得る闘いの論拠である。決して「しかたがない」ことでも「みんなでがまんするしかない」ことでもないことをはっきりさせることだ。
巨額借金の原因を分析する
財務省は昨年6月25日、2006年度末の国債や借入金などを合わせた国の借金残高が834兆3786億円に達した、と発表した。地方の借金残高と合わせると約1001兆円となる。なぜ、国と地方の借金がこれだけふくれあがったのか。その原因は何なのか。
第1図は、財務省のデータで作成した、国と地方の長期債務残高の推移である(これ以外に短期の借金がある)。1992年ころから長期債務が急増していることがわかる。1991年は278兆円だったが、2006年には767兆円、GDPの1・5倍にふくれあがり、先進国中で最悪である。
第2図は地方の長期債務残高の推移である。1992年から急増しているのがはっきりと見てとれる。
第3図は、総務省の決算カードから作成した大阪府の地方債現在高の推移である。1991年までは1兆3000億円で、借金は増えていない。それが1992年から急増し、2001年には4兆円、3倍以上にふくれあがった。
国と地方の借金、地方全体の借金、
大阪府の借金も、みな同じパターンのグラフで、いずれも1992年ころから借金が急増し、2002年ころから増え方がゆるやかに、あるいは増えなくなっている。したがって、全国共通の原因で借金が急増したと考えられる。その原因をさぐるために、大阪府の財政をさらに分析してみよう。
第4図、第5図も、総務省の決算カードから作成したもので、大阪府の地方税収と普通建設事業費の推移である。税収は1986年(9400億円)から90年(1兆4700億円)、91年(1兆4500億円)にかけて5000億円も急増した。バブル景気のころである。普通建設事業費も同じ時期に、2400億円から3900億円へ、
1500億円増加した。税収増に応じた増加で、第3図で明らかなように地方債現在高はまったく増えていない。ちなみに、この時期(86~92年)は地方交付税がゼロの不交付団体である。
ところが、92年以降はきわめて異常だ。92年は税収が1750億円も減ったのに、普通建設事業費は1000億円増えた。93年は税収がさらに1400億円減ったのに、普通建設事業費は1100億円増えた。
第6図は普通建設事業費の対地方税収比である。91年までは地方税収に対する普通建設事業費の割合は30%未満だったが、92年から30%を大きく超え、95年には58%に達し、30%を割ったのは2003年のことである。これでは財政が成り立つはずはなく、地方債を乱発する以外にない。93年には地方交付税の不交付団体から交付団体へ転落した。
このような異常な財政運営は、知事の自主的な判断で起こり得るものではないし、国の許可なくして、これほど巨額の地方債を乱発することは不可能である。92年からの異常な財政運営、地方債現在高の急増は、国からの圧力や誘導なしには考えられないことである。いったい何が起こったのか。
日米構造協議で対米公約
630兆円の公共投資
1985年、財政赤字と経常収支(貿易収支)赤字の「双子の赤字」に悩むアメリカは、プラザ合意で日本に大幅なドルの切り下げ(円の切り上げ)を呑ませた。1ドル=235円だったドルの価値は、1年後に半分の120円台にまで下落した。それにもかかわらず、日米の貿易不均衡は解消しなかった。いらだつアメリカのブッシュ(現大統領の父)政権は「日本市場は閉鎖的だ」と文句をつけ、包括貿易法スーパー301条による対日制裁をちらつかせながら、日本の構造改革、内需拡大、市場開放を迫った。
こうして89年9月、日米構造協議が始まった。当時の海部内閣はアメリカの内政干渉に屈服し、関西新空港、東京湾横断道路、東京臨海部開発など10年間に430兆円の公共投資を行うことを約束した。また、すでに日本に進出していた「トイザらス」のために、その後に商店街をシャッター通りに追い込むことになった大店法改悪も約束した。これが90年6月28日の日米構造協議最終報告である。さらに村山内閣時に、アメリカの要求で200兆円が上積みされ、630兆円の「公共投資基本計画」が決定された。
90年6月28日の読売新聞は次のように書いている。
「日米構造協議の第五回会合の焦点となっていた公共投資問題は、27日夜、日本側が、当初提示した415兆円に15兆円を上積み、430兆円とするとの最終案を米側に提示した。・・・、海部首相がブッシュ米大統領に電話し、理解を求めたのに対し、大統領は『努力を評価したい』と答え、公共投資問題はトップ会談で実質合意した」
さらに、94年10月6日の読売新聞は次のように報道した。
「新しい公共投資基本計画が630兆円規模に拡大することが固まった。新計画は、内外の圧力を背景に、内需拡大の姿勢を鮮明に打ち出そうというあまり、金額の積み増し議論だけが先行する形となった。・・・日米構造協議から生まれた現在の計画に次いで、新計画でも、『ガイアツ』に弱い日本の姿を改めて印象づける結果となった・・・
しかし、財源見通しについて、必ずしも十分な議論が行われておらず、大幅な公共投資の積み上げは、財政事情をさらに悪化させる懸念が強い」
バブル崩壊後の財政逼迫に直面した政府は、対米公約実現のため、「景気刺激」の口実で地方財政を使うことを企図した。特例枠を設けて地方の借金を奨励し、単独の公共事業を乱発させた。92年度予算から本格的に実施された。それが大阪府に見たような、異常な財政運営となってあらわれた。そして、今日の地方自治体の借金地獄、財政危機を生み出したのである。
最初の問題にもどろう。
決して「しかたがない」ことでも「みんなでがまんするしかない」ことでもないのだ。財政危機の原因は対米従属の政治だ。自治体の無駄づかいだとか、公務員の数や待遇だとか、そんなことは、財政危機と関係はない。まして、地域住民、多くの国民には何の責任もない。財政危機のつけを払ういわれはまったくない。住民サービスの切り捨てに反対して闘うことは、まったく正当なことだ。つけを払うべきは、関西新空港、東京湾横断道路、東京臨海部開発など、日米構造協議で巨利を得た日米の大企業である。さらに、日米構造協議でアメリカに屈服した政治指導者、政府の高級官僚、国の誘導に積極的に応じ、自治体財政を食い物にした地方の政治指導者の責任を厳しく追及すべきである。
大減税された大企業と高所得者
大企業や高所得者にも、財政危機のつけを払う責任がある。この期間に行われた5回の税制改革をふりかえってみよう。
第1は、1989年の消費税(税率3%)導入である。この時、法人税(中小法人は別)は基本税率が42%から37・5%へ、所得税は最高税率60%が50%へ減税された。しかし、消費税の打撃が最も大きい低所得者は所得税の減税はなく、消費税という増税だけをこうむることになった。消費税がほとんど打撃とならない高所得者は10%の大減税の恩恵を、大企業とくに輸出産業の大企業は法人税減税に加え、消費税の輸出戻し税で大きな恩恵を受けることになった。
第2は、1997年の消費税増税で、税率が3%から5%に引き上げられた。ここでも、犠牲をこうむるのは低所得者だけである。
第3は、1999年の減税である。課税所得金額(収入から諸控除を引いた金額)が3000万以上の高所得者は所得税が50%から37%へ13%の大減税を受けた。1800~3000万の準高所得者は40%から37%へ3%の減税を受けた。1800万以下は税率は変わらず、税額の20%(ただし25万が限度)の定率減税を受けた。住民税も同様に高所得者は税率で2%の減税、それ以外は定率減税となった。減税の恩恵は高所得者ほど大きく、低所得者ほど小さい。法人税は基本税率が37・5%から30%へ大減税された。投機家・株屋が払っていた有価証券取引税と取引所税は廃止された。非課税の人以外はみな何らかの恩恵を受けたが、この時も大減税の恩恵を受けるのは高所得者と大企業であった。
第4は2006年の定率減税の半減、第5は2007年の定率減税廃止である。1999年の時、定率減税は恒久減税だと政府は言ったが、これはウソだった。ただし、その時にいっしょに減税された高所得者や大企業の減税はそのままで、政府は彼らに対しては恒久減税の約束を守った。
5回の税制改革で、低所得者が受けたのはわずかな減税で、それもすぐ取り返され、実際は大増税だった。しかし、大企業や高所得者は5回のいずれでも大きな恩恵を受けた。その結果、税収が減った。彼らへの大減税も財政危機の一因である。彼らは大減税の結果、巨額の富を持っている。彼らこそ、財政危機の打開に貢献すべきではないのか。低所得者は定率減税の廃止で所得税は元に戻し、消費税では以前より大きな負担をしている。大企業と高所得者は、少なくとも以前の税率に戻して日本を支えてもいいのではないか。大企業は1989年以前の税率42%に戻してはどうか。高所得者は1974年に75%の税率で納税していたが、そこまでいかなくても、60%の税率に戻してはどうか。これはまったく正当な主張だ。
第7図は国税における所得税、法人税、消費税の比率の変化を示したものである。消費税はあまり景気変動の影響を受けないが、法人税や所得税は比較的大きな影響を受けるので、この図が示すものは十分に鮮明とはいいがたいが、法人税や所得税が減少傾向にあり、低所得者に依存する消費税が増加傾向にあることは見てとれる。今や消費税は法人税と並ぶところまできた。所得税との差も縮まった。この図から見ても、大企業や高所得者が元の税率に戻れば、財政危機の打開に大きく貢献することは確かだ。
だが、これだけの恩恵を受けながら、財界は法人税が高い、もっと引き下げろ、消費税を増税しろと騒いでいるのだ。7月17日の日本経済新聞は1面トップに次のように書いている。
「日本の製造業(ここでは多国籍大企業を指す)が国内外で連結利益に対してどれだけの税金を払ったかを示す企業の税負担率が・・・過去最低になったことがわかった。・・・(日本の税率が高いから)企業が利益を日本に還流させずに海外にため込む傾向も強まっている。税率20%の国の子会社が利益をあげた場合、日本の親会社が配当などの形で吸い上げると日本でも追加で課税されて計40・7%の税負担が生じるが、現地に置いたままなら税率は20%で済むからだ」。
財界の利益をストレートに代弁する日本経済新聞は、法人税をもっと引き下げろ。さもないと海外利益を還流しないぞ、と脅しているのだ。この強欲ぶりを何というべきか。
財界は日本全体の利益を考えず、強欲ぶりを発揮しながら、経済財政諮問会議を牛耳り、自分たちの利益をはかるのを、事実を知った国民は許さないだろう。