サブプライムローンがもたらした「私」型金融システムの破壊

サブプライムローンがもたらした

「私」型金融システムの破壊

大阪産業大学教員 本山 美彦

金融のおかしな世界

サブプライム・ローン危機が出現するまでは、おかしな世界がまかり通ってきた。M&Aという企業買収・転売のあり方がそれである。
ファンドが、企業を買収し、その企業の従業員を解雇したり、強引な手法で債務を削減したり、債権を早期に回収したり、様々な形でその企業を切り刻む。企業を転売しやすくするためである。身軽にさせられ、現金を充実させられた企業が、ファンドによって転売される。ファンドは買収価格よりもはるかに高い価格でその企業を転売する。
大儲けしたファンドの陰で、首を切られた多くの従業員とその家族が泣き、企業の取引先が顧客を失い、企業内部に蓄積されてきた技術が無惨に消失する。

この世界がおかしいというのは、M&Aでは、情報の不公平さが利用されているという点にある。ファンドは、小魚に襲いかかる鮫である。ファンドは会員制の高級投資クラブである。とてつもなく大きな資金を動かせる億万長者の出資によって組織されているのがファンドである。
会員数は秘密を守るために一〇〇名以内に制限されている。一つのファンドが動かせる資金は何十億ドルもの巨額なものである。この巨大な鮫に襲われたら小魚などひとたまりもない。

金融における「私」と「公」 

ファンドは「私」(プライベート)型金融の典型である。金融システムの中で「私」型金融組織は、誰が会員であるか、どれだけの資金を動かしているのか、どれだけ会員に儲けさせたか、儲けの手口はどのようなものなのか。そもそも正確な財務内容はどのようなものであるのか。こうした情報をファンドは金融監督当局に明らかにしなくてもよい。
彼らが「私」(プライベート)という主体だからである。「私」であるかぎり、すべては自己責任になる。よしんば破綻してもファンドは監督当局から公的資金の供与によって救済されることはない。何をしてもいいが、失敗しても泣きつかないという了解が、「私」型金融組織と監督当局にはある。救済を求めないかわりに、一切の規制から自由に泳がせてもらいたいのが、ファンドなどの「私」の組織である。
ファンドのメンバーも、組織が破綻しても、自分たちを救済してもらうつもりはない。それより秘密を守って欲しい。すべては覚悟の上である。これが「私」型金融組織の基本的な特徴である。
鮫に襲撃される小魚である企業は、自社が発行する株式を、非常に多くの人と組織に買ってもらっている。小魚の株主のうち、圧倒的多数は資産家ではない人たちである。そうした人たちは、企業や銀行が破綻したときに救済されなければならない。零細な株主、あるいは預金者を保護するために、そういう人たちを顧客とする組織は、監督当局によって営業内容が厳しく取り締まられる。したがって、営業内容のすべてが当局の監視下にある。襲撃してくる鮫には財務内容を明示(開示という)しなければならない。襲撃する側の鮫には開示の義務がなく、襲撃される側の小魚は財務内容等々のすべての営業内容を開示する義務がある。
当局によって監視されるが、企業が破綻すれば公的資金を注入されて救済される。

投資銀行と商業銀行

たとえば、商業銀行の資金繰りが困難になれば救済資金が供与され、それでも銀行が破綻してしまえば、預金者は預金を保護される。これが「公」型金融組織である。
米国の銀行には「私」型金融組織と「公」型金融組織がある。投資銀行が前者、商業銀行が後者である。投資銀行は当局の監視を受けることなく自由に活動できる。商業銀行は強い監視を受ける。破綻しても投資銀行は当局から救済されないが、商業銀行は救済される。「私」と「公」の差である。
そして危機の連鎖が始まる。ゴールドマン・サックスによれば、金融機関で二〇〇〇億ドルの損失が発生すれば、二兆ドルの信用収縮が生じるという。一ドルの資本で一〇ドルを金融機関は運用しているからである。サブプライム・ローンに関する現在の損失は一兆ドルある。それは資本の減額となる。とすれば、一〇兆ドルの信用収縮がこれから始まることを意味する。今後、「私」型銀行の倒産が相次ぐであろう。
金融恐慌の発言に怯えるFRB(連邦準備制度理事会)などの監督当局は、してはならない公的資金の注入を、「私」型金融組織に対して行うであろう。公的資金を受け入れれば、これまで享受していた自由度を「私」型金融組織は失い、当局の管理に従うことになる。サブプライム騒動がもたらしたものは、「私」型金融組織の全面敗北なのである。公的資金の注入、投資銀行の監視強化、当局による「私」型金融システムの強引な廃絶というシナリオが、これから作られるはずである。こうして、金融の世界は、一九七〇年以前の世界、つまり、「管理通貨体制」の世界に戻ることになる。

P・クルーグマンによる、「私」型金融銀行批判

辛口の批評家として知られているプリンストン大学教授、ポール・クルーグマンが、〇八年三月二一日付『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで述べている。
あらゆる規制をくぐり抜ける「陰の銀行システム」が作り出されていた。それは政治家に規制緩和政策を採用させることによって実現したシステムである。「陰の銀行システム」は、複雑な金融システムを次々に開発していった。そして、規制に縛られている旧金融システムを凌駕した。規制されていない銀行システムが旧いシステムの銀行よりも有利な条件の金融商品を顧客に提供できたからである。
その一方で、規制のない自由なシステムの危険性を危惧する人たちは、将来の希望を見ない時代遅れのものたちとして馬鹿にされた。しかし、いまや陰の銀行システムから現金が引き出されている。その結果が、「金融収縮の悪循環」である。それは三世代前に生じた金融恐慌の再来である。以上が、クルーグマンの見解である。
「陰の金融システム」という言葉は、巨大債券運用会社のPIMCO(パシフィック・インベストメント・マネジング・カンパニー)の最高投資責任者(CIO)のビル・グロースによるものである。ここで、「陰」というのは、取引内容がすべてオープンになることを強制されている商業銀行(表の銀行システム)に対して、取引内容が表に出ないということを意味した言葉である。
ニューヨーク大学スターン・ビジネス・スクールのヌリエル・ルービニ教授は、「陰の銀行システム」より広く、「陰の金融システム」と言った方がよいと主張している(〇八年二月五日付RGEモニター)。証券の支払い保証を専業とする保険会社の「モノライン」、会員制投資クラブの「ヘッジファンド」、証券を販売する投資目的会社の「SIV」(ストラクチュアード・インベストメント・ビークル)、銀行ではない金融機関の「ノンバンク」なども「陰」の部分だからである。

ごまかしであった直接金融礼賛

「陰の金融システム」こそ、「私」型金融システムそのものである。預金者の金を企業に商業銀行が仲介する「間接金融システム」よりも、企業が投資銀行を通じて資本市場から資金を調達する「直接金融システム」の方が優れていると金融の専門家や実務家たちは、これまで、声高に語ってきた。その声は、「金融ビッグバン」、「金融における規制緩和」として実現された。しかし、そこには陰のシステムによるトリックがあった。公を理由に規制で縛られて自由度の小さい「表の金融システム」に対して、当局の保護はいらないから自由に泳がせて欲しいという「陰の金融システム」の方が、ギャンブル性が高く、それだけに金余り社会にフィットしただけのことであった。上げ潮の局面では、陰のシステムの方が魅力的であったが、引き潮局面では、破滅的な金融収縮を招くことが、今回のサブプライム問題によって、示されたのである。

金融収縮の連鎖

史上最悪の住宅不況に現在の米国は喘いでいる。すでに、一〇〇〇万世帯が家を手放し、鍵を封筒に入れて住宅を担保に取っている銀行に郵送しなければならなくなった(ジングル・メールという)。
サブプライムの内容であるRMBS(住宅ローン担保証券)やCDO(債務担保証券)の価値暴落が止まらない。サブプライム・ローンは、「忍者ローン」と呼ばれる、頭金ゼロ、はじめの二~三年間の低金利、所得・勤務先・資産に関する証明書の提出不要、等々の無謀なローンであった。〇五年から〇七年までに契約されたローンの六〇%が忍者ローンであった。
損失は全不動産担保証券に及んでいる。ゴールドマン・サックスの推計では、損失額は四〇〇〇億ドルに達している。
不動産担保証券を買うための資金調達手段であるABCP(資産担保コマーシャル・ペーパー)の発行ができなくなった。モノラインも支払い不能になってしまった。クレディット・カード、自動車ローン、学資ローン、等々の商業債務支払いも困難になっている。不動産ローンから商業ローンへ、さらに銀行融資へと金融危機が連鎖している。あらゆる証券の価格低落が加速している。地方債も例外ではない。ファンドなどが保有する資産のNAV(純資産価値)は低落の一方である。
住宅を失って、多くの住民に去られてしまった街は、ゴーストタウン化している。こうした街で事務所、商店、ショッピングモール、ショッピングセンター建設に乗り出す業者がいなくなった。事実、デフォルト(支払い不能)率の高さを示すCMBX(商業モーゲジ担保証券のデフォルト・スワップ)指標はそのことを示している。
商業モーゲジ証券を購入していた銀行は破産に追い込まれている。預金の取り付け騒ぎが始まった。金融機関が資金繰りに困り、FHLB(連邦住宅貸付銀行)の貸出も急増した。
借入金を増やして、それを投資に回すというLBO(レバリッジド・バイ・アウト)の手法が火傷を大きくした。大規模のLBOがCLO(ローン担保証券)市場を破壊してしまった。

経済パニックの本格化

今後、企業倒産が激増するであろう。一九七一年から〇七年の年平均デフォルト率は三・八%であった。しかし、〇六年と〇七年はわずか〇・六%であった。この二年間はジャンク・ボンドと国債との利子率の開きはほとんどなかったほど、金融の超緩和状態にあったからである。その局面が急激に反転したのである。それだけに経済パニックが大きくなる。
ジャンク・ボンドと国債利率の差が最近では開いている。デフォルト・スワップ指数であるiTraxxとかCDX指数も、デフォルト急増の現実性を示している。おそらく、デフォルト率は〇八年内に一〇%を超すことになるだろう。
支払い保証の対象である証券は五兆ドルであるが、保証を売買するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場はその一〇倍の五〇兆ドルもあると言われている。この損失額は二五〇〇億ドルになると推計されている。
支払い保証の買い手だけが損をしているだけではない。モノラインの倒産に見られるように、保証の売り手までもが支払い保証約束を履行できなくなってしまった。陰の銀行システムの断末魔である(ヌリエル・ルービニ「高まる金融システム溶解の危険性―金融崩壊の一二の段階」、『RGEモニター』〇八年二月五日参照)。

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