名護市長選結果と沖縄の闘い報告

  変わらぬ県民意思 

基地問題も経済・暮らしも大切

沖縄県議会議員・広範な国民連合全国世話人 山内 末子

 
 
 
広範な国民連合第4回全国世話人会議(1月29日)での発言を整理したもの。見出しとも文責編集部。
 

 先の名護市長選挙では全国の皆さまがたからたくさんのご支援、ご協力をいただきました。また、同時に行われました南城市長選挙におきましても、たくさんのご支援をいただきました。心から感謝を申し上げます。
 特に名護市におきましては、辺野古の新基地建設を大きな争点としながら、玉城デニー知事が「設計変更不承認」をした直後の選挙だということで、たいへん期待をしながら闘ってきました。私たちは何度もの名護市長選挙の中で賛成、反対をめぐって争いを繰り返してきましたけれども、その争いはもう最後の選挙にしていこうというくらいの覚悟をもって岸本洋平さんを推薦し闘ったわけです。
 岸本洋平さんは、元市長の岸本建夫さんのご長男で、市議を4期もしている実績もあるということ、復帰直後の1972年12月生まれの若い情熱をもった候補者ということで、保守層にもたいへん人気があります。
 世論調査では、辺野古新基地建設については7割が反対の意思を示しておりました。玉城デニー県政についても7割ぐらいのかたが評価をしている。そういう調査結果も出ておりましたので、そのとおりにいけば、すばらしい闘いをするのではないかと思っていました。

基地は反対だが目の前の生活が第一

 ふたを開けてみますと5000票差。完敗に等しいと思っております。
 辺野古新基地建設については反対だという明確な意思をもっている皆さんでも、目の前の生活上のたいへんな困難に直面しています。全国的にそうですけれども、沖縄もコロナの問題もあって経済的にたいへん疲弊しています。
 そうした中で、前回の選挙であの稲嶺進さんを破って当選した渡具知武豊現市長が給食費の無料化、子ども医療費の無料化、保育料の無料化という3点セットをこの4年間で実現しているわけです。特に若い皆さまがた、子育て世代の皆さんたちからしますと、たとえ基地を受け入れる見返りにもらっている基地再編交付金が財源であっても、生活を支えてくれるこの3点セットは大きな利益であった。
 私たち岸本洋平のほうでも、基地を受け入れての基地再編交付金がなくても、予算の組み替えをしたりして財源をしっかりと確保しながら経済支援、子育て支援を継続しますよということを訴えました。けれども市民からすると、コロナ禍のもとでたいへん苦しい状況の中では、岸本洋平さんが当選したときに、もしかして実際に給食費が有料になったらどうしよう、保育費でお金が出ていくようになったらどうしようというような可能性としての不安感がやっぱりあったんですね。
 それだったら基地の問題は反対ではあっても今すぐどうこうではない。だったら現実問題として苦しい生活を支援してくれている渡具知現市長を応援していこうという、そういう意思のほうが大きかった選挙結果になったと思います。

総括し反転攻勢へ

 名護市長選挙が終わり、7月の参議院選挙を経て9月には玉城デニー県政2期目の県知事選挙が控えている中でこの結果です。
 そこで自公勢力に対する「オール沖縄」の勢力がしぼんできたんじゃないかとか、弱体化したんじゃないかとか、そういう見方があります。しかし、一つひとつの自治体の選挙にはそれぞれの課題があって、その課題を市民がどうとらえたのかです。
 名護市長選挙でこちら側としては、新基地建設反対を大きな課題としてとらえていましたけれども、市民のほうはそのことについて優先順位としては高くなかった。むしろ経済、そして暮らしをとった。そして暮らしについていえば、要求にいちばん近い現市長を再任したという結果になったということだと思います。
 私たち沖縄にとって辺野古の問題というのは大きな課題です。今の状況では基地が完成できるめどはまったく立たないわけです。それでも工事が強引に進められていることに対して、反対の意思をしっかりと示しながら闘っていきたいと思います。
 同時に、経済と暮らしについてもしっかり県民に示していく。今、玉城県政は子育て支援とか、子供の貧困対策とか、いろんな施策を現にやっています。そういうことをもっとアピールし、私たちは県知事選挙に向けて闘い方を新たに構築し、反転攻勢をかけることをめざしています。
 ただ、どこの首長選挙でもそうかなと思うんですけれども、私たちが負けている状況の中に、自公政権が組織立って企業を取り込んで票を集める手段にしていることに期日前投票制度があります。沖縄の首長選挙はほとんど期日前投票で結果が決まってしまうと言われるくらい、企業ぐるみ、組織ぐるみの選挙が功を奏する選挙になっています。これはこれから参議院選挙、県知事選挙、全国でもそういった選挙を反自公で闘っていくときに、期日前投票をどう攻略するかという問題は、どの選挙でも大きな課題として取り組んでいかなければならないと思っています。

「復帰50年」変わらぬ現実

 今年は「復帰」50年です。復帰したときの目標は、基地のない平和な沖縄をつくっていく、自立した沖縄をつくっていくということでした。この50年間でそうなってきたのかということを検証しなければなりません。
 基地のない平和な沖縄という点では、沖縄への基地の過重な負担というのは50年前とさほど変わってないということを全国の皆さんといっしょに確認をしながら、日米安保問題は全国でしっかり考えていかなければならないのではないか。そういう節目の年にもしていきたいなと思っています。
 日米安保問題を言うならば日米地位協定の問題が出てきます。今のオミクロン株感染の広がりは沖縄の米軍基地から発生していったといっても過言ではないと私は思っています。
 6月と12月は、米軍のローテーションで移動の時期なんですね。12月に米国から移動してきた米軍人は、前回まではPCR検査もちゃんとやりながら入ってきたんですけれども、これがだんだんおざなりになってしまって、PCR検査もしないまま入ってきた。そして隔離もちゃんとしたマニュアルに沿ってやってない。マスクや手洗いもなしになっていた。それから外出禁止令もない。
 ご存じのように沖縄ではフェンスを隔てただけで基地と県民の生活圏がいっしょになっている。そうした状況で米軍側のおろそかな感染防止対策によって、フェンスを飛び越えてコロナのウイルスが飛び交っている状況です。
 日本政府が成田や羽田で水際対策をしっかりやっていくと対策を始めたんですけれども、米兵は検疫も受けずに、米軍機でそのまま嘉手納に入ってくる。そもそも何人が入ってきたのかさえもわからない。すべて地位協定に守られた米軍の特権の結果です。
 日米地位協定の壁というものを乗り越えないと私たちの命や暮らしを守れない。
 復帰50年の今も、命や暮らしを守っていくという日本国憲法のもとに私たち沖縄が入っていない。今回のコロナの発生状況を見ますと、沖縄が全国の他の市町村、他の都道府県と同じようなレベルで憲法に保障されているもとに帰ってきたのかということでは、沖縄県民としていささか納得しがたいというのが現状です。
 玉城県政の中で、そういうことも踏まえて復帰50年の検証をし、これから先ほんとうの意味での日本の一県だということ、その中で皆さんといっしょに当たり前のように基本的人権、命や暮らしを守る、経済を守っていく。それが当たり前になる沖縄を皆さんといっしょに勝ち取っていく。
 新たなスタートの節目の年になると思っていますので、そのへんも含めて皆さんといっしょに考えていきたいなと思っています。

琉球王朝時代から近隣諸国と仲良く交流してきた

 そういうさなかに「台湾有事」などと言われて、沖縄にさらに過重な基地負担が迫られています。米軍基地だけではなくて自衛隊の基地もが、沖縄県内に、離島に、与那国に配置されました。宮古、石垣でも住民が強く反対する中で有無を言わさず自衛隊基地が建設され、そしてミサイル基地の配備、弾薬庫の強化がなされています。本島でも、私が住んでいるうるま市にも自衛隊基地の中にミサイルの配備ということが決まっています。
 沖縄はもともと中国、台湾、韓国とほんとうに仲良く交流をしてきました。古く琉球時代から交流があって今の状況というのがあると思っています。中国との交流は、とくに福建省と友好県省を締結し関係を強めていますし、台湾とも私たち沖縄県議会でも議員連盟というのをつくって仲良くやっているわけなんですね。
 ですから、尖閣の問題があったり、台湾有事などと言われたりしても、私たち県民としては中国や台湾と仲良く交流していく。文化の交流、人と人との交流、経済の交流、それがひいては私たちの平和のいちばんの柱だということです。
 そういう意味でミサイル基地を配備したからといって、これが日本の安定した平和をつくっていくことにつながるかといえば、まったくそれはノーだということを強く沖縄から皆さんがたに訴えていきたい。ミサイル一本あればもうすべてだめになるのが現状だということがわかっていると思います。
 日本が自衛隊を配備すればするほど、中国も、日本よりさらに大きな配備をせざるをえない。配備拡大ではなくて、配備をしないでほんとうの意味での平和な関係を築くことです。文化交流や経済交流、そして平和の交流は人と人との交流だということです。日本全体でいっしょにやっていくという意味ではぜひ配備をストップしていきたい。
 そして参議院選挙ではなんとしても勝っていく。どんなことがあっても改憲を許さない選挙にする。私たち沖縄ではこの参議院選挙のあと県知事選挙、そしてそのあと那覇市長選、各市町村の議員選挙を含めて沖縄は今年が選挙イヤーなんですね。
 コロナ禍の中でよく言われておりますが不況の時は自民党が強いという、それが表れた1月の選挙結果でした。しかし沖縄の闘いというのはここであきらめるわけにはいかない。絶対に盛り返していく。私たちも沖縄県民が日本の中の一員だということを誇りに思いながら、これから皆さんがたといっしょになって、岸田政権を倒す勢いで参議院選挙からすべての選挙を勝ち取っていきます。また政権交代をめざすような選挙へ、一致団結した動きをぜひいっしょにつくっていきたいと思います。
 沖縄から、選挙でご協力いただいたことへの感謝と、台湾有事を考えて平和な日中、東アジアを一緒につくっていく思いを述べて、私からの報告を終わりたいと思います。ありがとうございました。