真の保守としてオール沖縄強化へ全力を尽くす ■ 金城徹さんに聞く

主権なく、いつまでも国民の命や権利を守れない国でよいのか

□ 沖縄の新しい保守政策集団代表 金城徹さん
■聞き手 山内末子・沖縄県議

――金城さん、こんにちは。「新しい風・にぬふぁぶし」の金城徹代表にお話をお伺いします。(にぬふぁぶし=北極星)
 金城徹さんは、もともと自民党で那覇市議会議員で議長の時に、当時の翁長雄志市長と共に辺野古には新基地はつくらせないということで、翁長知事を誕生させる立役者になられた。そのへんの経緯、その時の心情なども含めてお聞かせください。

沖縄保守の中に戦後ずっとあった自己葛藤

金城徹さん(以下、金城さん)
翁長さんも含めて、もともと沖縄の保守の立場の人たちには、内部矛盾というか自己葛藤がありました。例えば、1995年に少女暴行事件がありましたが、戦後ずっと、その後も、そういう事件・事故が起きる。そのたびに、ウチナンチュとしての思いと、保守というか自民党の立場、そういうなかで葛藤があるわけです。保守というが、やはり自民党の立場でものごとを判断し処理していくわけです。しかし、そういう事件や事故が起こるたびにそれに対する怒りを感じるわけですよね。


 ですから、いろんな保守の政治家が、そのつど、いろんな発言をしています。西銘順治先生(元沖縄県知事・自民党衆議院議員)が、ヤマトンチュになりたいけどなれないといった趣旨の発言をしたこともありました。そういったなかで、翁長さんが自民党県連の政調会長から幹事長になっていく。私は、その時ずっと一緒に政治行動をしていくなかで、そういう矛盾を翁長さんが深く感じている様子がよくわかりました。
 それでも私も含めて当初、辺野古については普天間基地の危険性を除去する上でやむを得ないと判断しました。そういう立場に一度は自分たちを置いたんだけれども、一つのきっかけは相次ぐ米軍の事件や事故。もう一つは、安保条約について肯定する立場であっても、これまでの歴史的経緯を見たら県民が了解して新たに米軍基地をつくったことは過去になかったという事実です。これまでは強制されて、よく言う銃剣とブルドーザーによって新基地建設が強行された。
 果たして普天間の危険性を除去するということであっても、辺野古の海を埋め立てて新基地をつくらせるのを認めてしまってよいのか。県民として、ウチナンチュとしてよいのか、やはりこれは違うんではないかという疑問を持ったのが最初のスタートでした。
 それからもいろいろありました。しかし、昨年の県民投票でも県民の72%もの人が反対している。今まで基地に反対してきた革新の皆さんだけではない。そこには、われわれのような保守の立場の県民や、あるいは公明党支持であったり、中立を言ったりしている皆さんもいて、はじめて72%もの数字になっていると思います。
 そういう点からすると、当時われわれが思った疑問や矛盾点というのは、多くの県民が同じ思いを持ちながら今日もいるんだと思いました。自分たちがやってきたことが間違っていないという意味で、検証されたような気がします。

――金城徹さんたちは、今、保守の方々を結集して新たに「新しい風・にぬふぁぶし」という政策集団をつくっておられます。どう新しい流れをつくっていかれるか。

少なくとも新しい基地建設は絶対に許さない

金城さん 翁長さんをはじめ私も含めて保守の人たちの基地と経済の問題について考えの発展経過は多岐にわたるけれども、絞って答えさせてもらいます。
 一つは、大きくはソ連の崩壊があって、それまでの冷戦時代ということで対立軸があったのが崩れていく。日本でも政治的な対立軸が崩れる。例えば、本土においてはもう、保守・革新という対立軸は、とくに若い人たちからするとそれは何ですかと聞くくらいという状況になっている。
 しかし、沖縄においては戦後75年たつなかでも厳然として保守と革新という対立軸が残っていた。対立の中心課題は基地と経済だった。いまだにそれが残っていて、知事選や県議選でも、そのことが主張の大きなウエートを占めるというのは、全国的に見ても沖縄だけだと思います。
 そうしたなかで、翁長さんがよく言ったのは、沖縄自らがこの対立構造をつくったのではないということです。敗戦の結果、基地が置かれ、しかもどんどん大きくなっていく。県民自らがものごとを決定する権利を奪われた時期も長かった。そうしたなかで県民が保守、革新で対立し続けた。保守は経済優先、革新は平和のために基地は全面撤去すべきと言う。
 翁長さんに、これは保守であっても革新であっても不幸な出来事であったという考えが生まれたわけです。翁長さんは、全面撤去というところまではなかなか踏み込めないけれども、保守であっても辺野古の新基地建設反対は言ってよいのではないか、この点においては、保守・革新の対立抜きに一致できるのではないか、という話をよくやっていました。
 そういうなかから、先ほど申し上げたように私も自民党に属していて、日米安保を容認する立場から辺野古の新基地建設やむなしという立場であったのが、徐々にそうでない選択肢を沖縄から主張してもいいのではないか、となった。沖縄の保守から発信すると。
 こういうことを主張し始めたときに、多くの人たちがこれに賛同してくれた。やはりわれわれの選択は間違っていないということを確認できたわけです。それで県民投票のこともお話しした次第です。
 沖縄では残ってきた保守・革新の対立を超え、これからの沖縄の発展のためにどの選択がいいのかという視点に立っての政治的見解があってよいのではないかということです。生活者の、県民全体の立場に立っての政治的な主張があってもいいのではないかという流れができてくる。その中でオール沖縄という考え方が生まれて、定着してきていると思います。
 だからそのことは画期的な素晴らしいことだと思います。だけれども、そういう運動が保守の中でも起きてきているにもかかわらず、なおかつ今も政府の圧倒的な力で県民を押しつぶそうという状況は変わっていないわけですよね。オール沖縄で頑張っていても、政府の巨大な力という状況は変わらないわけです。
 「新しい風・にぬふぁぶし」という政策集団ができた経緯は、そういう状況の中にあって、従来の保守・革新の対立に矮小化させてはいかんよ、という問題意識です。
 ですからわれわれは、中道ではなくて、たえず保守という言葉を使い続けていています。仲間うちでもその話をし、政策集団を立ち上げるときも議論になったけれども、われわれは保守でなければならないんだ、真の保守だ、と。
 今の日本全体の保守を代表するのは自民党だということになっている。その主張が全国的には保守を代表しているのかもしれない。けれども沖縄においては保守であっても、それに異を唱える立場の人たちが存在しないといけない。そうでなければ元のような保守と革新というような二項対立のあの不毛な議論に引き戻されてしまう。しかも、それを今の自民党に関わっている人たちがわざわざ盛んに言って攻撃する。そういうこと自体、時計の針をあえて逆に戻そうとする動きだと思っています。
 「新しい風・にぬふぁぶし」というのは、歴史も浅いし、組織的にもまだまだ不十分です。だけれども、そのことをこれからの若い政治家も含めて、また今まで経験を積んできた皆さんも含めて、しっかりその足場をつくって、それを確実なものにしていきたい。政治集団としての組織を整えていくことが、これからの沖縄の平和で豊かな社会をつくるためにはどうしても必要だと思っています。

――あるべき日本の姿など、思いを最後にお願いします。

経済規模第3位の国が、いちいち米政府の意向を聞かなければ何一つ施策を取れないなんて

金城さん 米軍基地内で感染が爆発的になっている。県はコロナ対策で頑張っていますが、この米軍人からの感染拡大にはなかなか手を打てない。その根本にある地位協定の問題です。米軍の関連するコロナの情報開示も地位協定の問題にぶつかってきますよね。例えば、ピーフォス(PFOS=米軍が基地で使用する泡消火剤に含まれる有害物質。漏洩し県の水道水にも含まれ大きな問題になっている)の問題も、沖縄での環境問題も、そして米軍・軍属の事件・事故も、すべて日米地位協定の話に関わっている。
 沖縄に住んでいるわれわれにとっては、今回の米軍人のコロナの問題は気づきやすいけれども、これは沖縄だけの問題ではない。仕組みとして、全国一緒なわけですよね。
 そのことに全国の多くの人たちが気づいていないし、あるいはあまり見ようとしないところがあります。しかし、やはり日本の国民として、この国のあり方として、それでいいんですかと言わなくてはなりません。
 世界第3位の経済力を有する国が、国として国民の健康と安全を守るということに対して、いちいち米軍、米政府の意向を聞かなければ何一つ施策を取れない、あるいは行政の判断を下せない。この状態が終戦直後からずっと続いているわけです。終戦直後の混乱の時期はまあ仕方ないとしても、日本が経済的に発展して、国際的にその存在感を示そうと政府はそれもやっているわけですよね。いろんな国連機関への拠出金だったり、人の派遣だったり。
 そうしたなかで、国としての基本的な、国民の命と権利を守れないような状況の問題点は、沖縄の人にはよくわかるわけですよね。本土ではなかなか感づかない形の仕組みがつくられているわけだけれど。
 そのことをきちんと政治的スタンスの違いを超えて、日本の国のあり方として、それでいいんですかということを、沖縄の人たちは一生懸命訴えていると思います。例えば、辺野古の工事を強行していくことについて、沖縄の人をいじめているという言い方をする人もあるけれども、これは国民の意思や権利を押しつぶしているわけです。
 今、アメリカや日本政府やヨーロッパも含めて、香港の人権問題をいろいろと指摘しています。だけれども、じゃあ自分の国の、国内の足元でそういうことはないんですかと問いたいわけです。今、世界情勢が動いていくなかで見直す、いいきっかけだと思います。
 日本全体で、今、オール沖縄に端を発して、じゃあオール・ジャパンとか、オール日本とかという運動になんでならないのかという思いがあります。こちらから見ていても非常に歯がゆい思いをする。自分たちの権利が侵害されている、あるいは国のあり方としてこんなにも侵害されている、そういう状況を見ようとしない現状がある。このことをやはりもう一度考えてほしい。
 沖縄の人は大変だね、苦労しているねといった同情ではなく、これは沖縄の問題ではなく全国ベースの問題で、日本の国全体が突きつけられている問題ですと理解することが大事ではないかと思います。

――今日はありがとうございました。沖縄の新しい風を吹かせるように、身体に気をつけられてご奮闘ください。

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