「対中国外交の転換を求める」問題提起 丸川 知雄

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin

中国をめぐる経済外交への提言

東京大学教授 丸川 知雄

 私からは中国をめぐる経済外交を3点に絞ってお話ししたいと思います。
 日本のメディアでは米中貿易戦争がずっと続いていると報道されています。トランプ政権下の2018年7月の301条発動からどんどんエスカレートして、ファーウェイといった特定の企業をターゲットにしてアメリカ市場から追放し、そればかりでなくファーウェイと付き合うような企業も追放だと。敵の味方も敵だ、みたいなかなり徹底した封じ込めをやっている。トランプ政権の最後、2020年1月には第一段階の合意というのがあって、中国がアメリカから財・サービスの輸入を2000億ドル増やすから、もうこれ以上貿易戦争の戦線を拡大しないという合意がなされた。それで一安心と思ったら、新型コロナがそこから始まって、米中関係が非常に悪くなって、バイデン政権でもそのまま続いていると理解しております。


「米中はデカップリングしている」説は本当か?

 しかし、表を見ていただくと実は今年に入ってからアメリカと中国の貿易が急速に拡大していることが分かります。日本と比べてみると分かるように、日本も昨年はコロナでだいぶ停滞していたのが急回復していますが、それ以上にアメリカと中国の貿易が拡大しています。日中貿易戦争はやっていないはずなのに、貿易戦争の当事者の米中の貿易が日中よりも拡大するのはなぜなのか謎ですが。
 棒グラフは半導体(IC)の日本とアメリカから中国への輸出を比べているものです。日本経済新聞の報道を見ていると、アメリカはもう中国にはICを輸出しないかのようなイメージを抱きますが、実は「貿易戦争」を始める前の2017年に比べてむしろ急速に伸びています。今年の1~7月はアメリカから中国への輸出が日本の倍になっています。日本のICメーカーにファーウェイには売るなと言っておきながら、自分たちはがんがん輸出している。日本を「裏切って」いるとも言えます。
 実は、アメリカには過去にもこういうことをやった前科があるんです。1994年までココム(COCOM)というのがあって、西側諸国はソ連や中国へのハイテク製品輸出を規制し合っていました。1981年に日立が大型コンピューターを中国に輸出しようとしたところ、アメリカがココムを通じて待ったをかけました。軍事転用の恐れがあるというのです。ところが、日立の輸出を阻止したアメリカはちゃっかりIBMの大型コンピューターを中国に輸出していました。要するに日本の商談を奪うために「安全保障の脅威」を口実として利用したのです。
 また、1986年には日米半導体協定というものが結ばれましたが、その中でメーカーごとに輸出最低価格が定められたため、富士通がアメリカにICを輸出できなくなりました。そこで、富士通はアメリカのICメーカー、フェアチャイルドを買収してアメリカ市場で挽回しようとしましたが、アメリカ政府はIC産業が外国企業の支配下に入るのは安全保障上問題だとして拒みました。ところが、この時点でフェアチャイルドを保有していたのはフランス系の会社だったのです。
 アメリカは本音では日本が最大の脅威だと思っていました。日本を抑え込むために安全保障を口実として利用したのです。まさか今日本を脅威だと認識してはいないと思いますが、アメリカの言いなりにしたら安全が高まると思っていたら、単に商売を取られただけ、ということになりかねないことは警告しておきたいと思います。

中国のTPP加盟申請を手掛かりに

 中国がTPP、正確にはCPTPPへの加盟申請をしました。やぶから棒に加盟申請をしたような受け取りがされていますが、実は今年3月の第14次5カ年計画の中で「加盟を真剣に検討する」と書いてあるんです。5カ年計画は中国の一番大事な政策で、そこに書いたということは、正式申請は時間の問題でした。
 日本での受け止め方は、「本気なのか」「難しいよ」「ハードル高いよ」等々とだいたいネガティブです。中国の立場から考えてみると、とても加盟したいだろうと思います。なんと言っても、TPPはもともとオバマ政権時代に中国包囲網と言われていましたから、そこに風穴を開けるという外交的な意味があります。また、アメリカがいまだに通商法301条に基づく課税をやめてくれない現状では、中国は自由貿易協定を結ぶ国が多ければ多いほど輸出先を多角化できるメリットがあります。
 WTO加盟もそうだったように、CPTPP加盟を中国の国内改革の外圧として利用できるという側面もあると思います。日本には、中国は改革をする気などないでしょうと決めつけている向きもありますが、中国の中に加盟を外圧として使って国有企業改革を進めるべきだと考える人たちと、改革は難しいという人たちと二派いるというのが実態だと思います。
 中国は改革などする気がないということが日本ではなぜか定説になっているようですが、自由貿易試験区をあちこちにつくったり、海南島は島全部が自由貿易地域になったりしたことなどを考えると、中国は自由貿易には前向きだと見るべきです。
 ただTPP加盟で一番の難題は国有企業です。中国には国有企業が20万社以上もあって、国有企業は民営化の方に行くのかと思ったら、かえって「大きく強くする」と決議しているので、CPTPPとどうすり合わせるのかが難題であると思います。
 CPTPPというのは貿易の問題ですから、基本的に国有企業が貿易関係に悪影響を及ぼさなければいいですけれども。それについて他の国が確証を得られなければ、おいそれと入ってくださいとは言えないでしょう。
 それは逆に言えば、日本のような立場から見れば中国の国有企業を改革しろと言う絶好のチャンスですよね。こういう機会がなければ、内政干渉だと言われておしまいですから、交渉のテコとして使える。中国の加盟申請は、野球に例えるなら、ど真ん中の直球が来たようなものです。マスコミは、どうせフォークボールだろうかとか、いや直球の背後には邪悪な意図があるとか言うし、アメリカは日本にスイングするなとプレッシャーをかけてきています。しかし、とにかくバット振ってみないとどうなるか分かりませんから、加盟交渉を始めればいいんじゃないかと思います。

ウイグル族の貧困からの脱却を第一に

 3番目に新疆ウイグル自治区問題について話したいと思います。ウイグル族で海外に亡命している方も非常に多く、その方々から収容施設で虐待されたという心痛む話も数多く伝えられており、それは一から十までデマということではないだろうと思います。
 ただいわゆる「強制労働疑惑」というのには、私は根拠がないと考えています。新疆は、油田開発や漢民族の入植による大規模な農業開発とか、ウイグル族と関係ないところで経済発展してきました。2000年代以降、ウイグル族を経済的に統合していかないと彼らは貧困から脱却できないということで、ウイグル族を組織的に出稼ぎさせてきました。彼らはムスリムで漢民族と食生活や生活習慣が違いますから、単独ではなかなか出稼ぎに行きたがらないので、集団就職の形で料理人も同行して出稼ぎに行くパターンが多かった。
 中国政府は2020年に農村の貧困をゼロにする目標があり、新疆の地方政府もかなり前のめりに目標達成に取り組みました。特に出稼ぎは貧困脱却に有効だというので、ある調査によると、2%くらいのケースでは地方の役人が強要するようなこともあったといいます。ただ、それは「強制労働」という言葉から受けるイメージとはだいぶ違うのではないでしょうか。出稼ぎは高収入であるからこそ貧困脱却に有効なわけで、低賃金でこき使っているというのとは違う。確かに出稼ぎに行けと無理強いするのは問題ありますが、出稼ぎ先での待遇、労働条件、賃金なども含めて総合的に考えるべきではないかと思います。
 幸いにして日本政府はこの問題に対して特段のアクションを取っているわけではありません。しかし、人権団体が新疆産の綿花を使うなとか、ウイグル族を雇っている工場とは取引するな、などと圧力をかけ、取引している企業は非倫理的だと指弾しているのを見ると、もう少し内在的に物事を判断すべきではないかと思います。企業が人権団体の言うとおりにしたら、せっかくウイグル族が貧困から脱却しようとしているのに、彼らの雇用を奪い、貧困に押し戻すことになるでしょう。今は実態調査もできないので歯がゆいことでありますが、現場の実情を踏まえない軽率な判断は慎むべきではないかと思います。

 

共有(シェア)Share on Facebook
Facebook
Tweet about this on Twitter
Twitter
Share on LinkedIn
Linkedin