戦後75年に思う ■ 長崎と沖縄

時にあらがう 長崎と沖縄、継承この手で

毎日新聞長崎支局記者 松村 真友

 「戦争はならん(いけない)」。沖縄戦を体験した祖母に子供の頃からそう教えられた沖縄出身の私(宜野湾市生まれ、24歳)が、同じように太平洋戦争で大きな被害を受けた長崎に記者として赴任した。被爆者が凄惨な過去を思い返しながら語る体験は、何度聞いても顔をゆがめてしまうほど悲惨で、つらい気持ちを押して話す姿にいつも心打たれる。だが一方で、沖縄で繰り広げられた地上戦が本土で思ったほど知られていないことと比較し、世界で唯一被爆を経験した「ヒロシマ・ナガサキ」の発信力に嫉妬する自分も、正直いた。
 私の祖母(84)は76年前の1944年、沖縄から長崎に向かう途中で米潜水艦に撃沈された学童疎開船「対馬丸」に乗りそびれ、命拾いした。だが、翌45年の沖縄戦で、祖母の父(私の曽祖父)は「水をくみに行ってくる」と言ってバケツを持って壕から出たきり戻ってこなかった。
 沖縄が米国に統治された戦後、長女だった祖母は父の代わりに働き、米軍基地の軍人らが着た軍服の洗濯に明け暮れた。「戦争はならんどー」。ため息をつきながら何度も語る祖母の姿に、私は記者になって戦争の不条理さを伝えたいと思うようになった。

地上戦の認知度低いのに驚き

 2年前に新人記者として被爆地・長崎に赴任し、平和報道に携わることになった。17歳で被爆して母と妹2人を失い、「これから一人で生きていかなければ」と夕暮れの山に向かって声を殺して泣いたという女性。14歳で被爆して背中に88カ所の傷痕が残り、「体験を話した日の夜は、夢にあの地獄の情景が出てくる」と語ってくれた男性。沖縄県民の4人に1人が犠牲になったとされる沖縄戦を生き抜いた祖父母と同世代の被爆者の話にはいつものめりこんでしまい、涙をこらえながら聴くことも少なくなかった。
 一方で、沖縄戦が終結したとされる6月23日の「慰霊の日」について、平和教育に熱心なはずの長崎の教諭でさえよく知らない人がいることに驚いた。大学入学で上京した7年前、友人たちが沖縄戦のことを全く知らず、「慰霊の日」に大学の食堂で沖縄の方向に向かって1人で黙とうしたのを思い出した。被爆体験を聴き、平和活動を取材している時には心打たれるのに、「今も非核の訴えが続いて注目される長崎、広島に比べ、沖縄は……」という鬱屈した思いが心のどこかにあった。
 そんな思いが変わったのは、長崎で平和教育をけん引してきた被爆者、山川剛さん(83)に出会ってからだ。
 祖母と同じ年に生まれた山川さんは長崎市内で8歳で被爆。小学校教員時代から約50年にわたって平和教育に奔走し、定年後も心臓にペースメーカーをつけながら年間100件近い被爆体験の講話をしてきた。「体が続く限り、非核への思いを語り続けたい」。使命感を口にする山川さんだが、2019年の長崎大での講話で、長崎原爆の投下日の正答率が26%だったとの全国調査結果を示し、「強い危機感を持っている」と語った。
 その話にはっとした。時の経過により、沖縄だけでなく長崎も知られていない、いや忘れ去られようとさえしている現実を突きつけられたからだ。75年前の悲惨な体験が知られていない、継承されていないという悩みや焦りは、被爆地も沖縄も同じだった。
 それでも山川さんは決して諦めていない。昨年、一昨年と「平和の話をしてほしい」と声を掛けてくれたミュージシャンのライブに足を運び、ロックを聞きに来た若者に被爆体験を語った。「耳を貸してもらえるか心配だったよ」。そう笑いながらも、山川さんは懸命に若者たちにバトンを託そうとしていた。

原爆の傷を見せ「誰かに伝えて」

 この夏出会った反納清史さん(77)は75年前、爆心地から2・2キロの自宅で被爆。やけどでくっついた右手の指を母が2時間かけて開き、指一本一本に包帯を巻いてくれたという。今も後遺症が残る手を私に見せながら言った。「僕のこの傷を見たならば誰かに伝えてほしい。そうやって語りつないでいかんばよ」
 分かってくれないもどかしさと、忘れ去られようとする不安にあらがいながら、75年前に何があったのかを必死に伝えようとしている人たちがいる。それを改めて長崎で知り、沖縄と比較していた自分がちっぽけに見えた。沖縄で生まれ、長崎で記者をしている自分だからこそできることがあるはずだ。祖母のような沖縄戦体験者のことも、長崎の被爆者のことも、もっともっと伝えなければと思った。
 「私の体には戦争の思い出が詰まっている。私の思いを書き残してちょうだい」。戦後75年夏、長崎。そう言って真っすぐ私を見た被爆者の女性の真剣な目を忘れない。

 本稿は、毎日新聞2020年8月12日付朝刊のコラム「記者の目」。 筆者の了解を得て転載した。

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