「命をつなぐ政治」を国政に

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滋賀県知事から参議院議員へ

嘉田 由紀子 参議院議員

 学者が知事職に挑戦して何をやりたかったのか、とよく聞かれます。もともと環境社会学者だった者が知事選挙に挑戦しました。2006年のことです。今となって振り返りながら、私は迷わず「命をつなぐ政治を求めてきた」と答えます。そのポイントは二つです。一つは、「子どもが生まれ育ち、そして親もうれしく元気、社会全体としても子育てを前向きに評価ができる」ということです。「子育て三方よし」と私は名付けました。二つ目は「災害で命を失わない」ということです。これはいわば「入り口」と「出口」です。この両方を2期8年、私なりに政策実現をめざしてきました。
 日本の政治風土や政治文化、政治意識の問題ですが、これまで命や環境、次世代への配慮がきわめて軽視されていました。先ほど玉城デニー沖縄県知事が「利権でなく、アイデンティティーだ」と言っていましたが、今の日本政治は、命ではなく経済的利益、環境ではなく開発優先、次世代ではなく「今だ」「現世だ」という傾向が強いです。今の自民党政権の政策をずっと貫いている。何もかも、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政治がどんどん広がっています。
 こうした政治に対して、有権者の多くが投票しない、半分しか投票していません。しかも、いわば社会階層でいうと、生活がしんどい人ほど投票に行かないという傾向が見られます。ここが大変大きな問題ですよ。どうしたら投票率低下の流れに歯止めをかけられるかというのが、この地方議員交流研修会の一つの目的だろうと思います。

琵琶湖を誇りにする滋賀県に挑戦

 滋賀県では、もう45年前の1974(昭和49)年に武村正義さんが知事になりました。武村さんは琵琶湖の環境保全を公約にして、草の根県政を始めます。選挙では自民党の野崎さんという、土地転がしなどでの利権がらみの自民党系の現職知事に8千票差で勝ちました。この時に実は武村さんがモデルにしたのが水俣病の経験であり、水俣病のような悲劇を繰り返さないということです。合成洗剤追放のせっけん運動から、「琵琶湖研究所」を武村知事がつくりました。私は環境社会学者として琵琶湖研究所に採用されました。武村県政は次々に滋賀県独自の環境・地域政策を展開します。「世界湖沼会議」「環境学習船うみのこ」「県立近代美術館」「ヨシ(葦)保全条例」、そして、武村知事の姿勢を受け継いだ稲葉知事が「琵琶湖博物館」や「県立大学」、そして「琵琶湖ホール」づくりを進めます。国からの支援は入れず、これらすべてが県の単独政策です。
 そうしたなかで、「滋賀らしい」というものを私自身は、琵琶湖研究所員から琵琶湖博物館学芸員として20~30年かけてつくってきました。しかし、残念ながら2006年当時の県政はそこに自信をもってなかったんです。たとえば県職員が上京して、「どこから来ましたか?」と言われると、「京都の近く」と。(笑)これは本当にガッカリです。
 近畿地方1千450万人の命の水源をもっている琵琶湖をなぜ誇りにできないのか、という疑問から始まり、私は「三つのもったいない」を県民の皆さんに訴えて、「コンクリートから人へ」「子育て、教育、女性・若者参画」を掲げて知事選挙に出馬しました。

「三つのもったいない」

 2006年に嘉田は知事選挙に挑戦しました。私はとにかく、「滋賀らしい、命と暮らしを大事にする」という政策を県政で実現したいと思っていました。その当時の滋賀県政には主に三つの問題がありました。一つは、借金を何とも思わない。税金を無駄遣いすることを何とも思わない、官僚主導の政治腐敗のなかで、高コスト体質の公共事業が続いていました。この典型が新幹線新駅計画であり、6つのダム建設、廃棄物処分場です。これに対して「税金の無駄遣いもったいない」と訴えました。それぞれの事業の必要性は果たしてどこまで厳密に精査されたのか? 本当に今、この時代に必要な事業なのか、と訴えさせていただきました。
 二つ目は「自然のめぐみ壊したらもったいない」。これは琵琶湖総合開発による琵琶湖破壊に対してです。そして三つ目が、「子どもや若者が自ら育つ力損なったらもったいない」です。子どもが産まれにくく、少子化が進んでいる。若者が育つ力を損ない、なかなか自立できない。
 「もったいない」とは何かというと、単にお金やモノを節約するだけではありません。その本来の力を発揮されないことを心惜しいと思います。根っこには仏教的な意味が隠されています。「勿体」というのは人間だけでない、生き物や自然がもっている力そのものを尊重するという、いわば仏教的な感覚です。滋賀はもともとが仏教王国なのでこのような思想への共感はまたたく間に広がりました。「嘉田さんがもったいないと言ってくれた」といって、とくに女性の方々が共感をしてくれました。

知事選挙では政策を訴え、マイナス看板をはね返す

 ただし、知事選挙は大変でした。相手は現職で、自民党、民主党、公明党のほか、医師会から公共事業に関わる建設団体まで270もの団体から支援を受けています。こちらは裸の無党派で、「学者に何ができるのか」と言われました。選挙に必要といわれる「ジバン、カバン、カンバン」の「三バン」がない。選挙というのは小中高の同級生がモノを言います。同級生ネットワークです。しかし、私は埼玉県生まれで、滋賀県内に同級生は一人もいません。ですから、ジバンがない。カバンもない。学者ですからお金がない。カンバンはマイナスです。「よそ者」「女」「学者」という三大逆境のマイナスカンバン。「よそ者の女学者に知事が務まるのか」と言われながら、2006年7月2日の知事選挙では、結果的には嘉田が21万票、そして現職が18万票、3万票の差をつけてくれました。「訴えたらできるんだな」と思いました。それは政策です。
 2006年7月の知事就任後、必死で約束をした政策実現に精根を注ぎました。結果として、きちんと財政健全化を行いました。公共事業の見直しで、新幹線の新駅を中止し、6つのダムの凍結・中止で3千億円ほど節約しました。新幹線新駅は600億円、それから廃棄物処分場は150億円ほど節約をし、その予算を子育て、教育、女性・若者参画など、ソフトの事業に振り向けました。そして借金を900億円減らして、貯金は300億円増やしました。子育て、子ども、女性、若者参画で、人口当たりの出生率は2017年には全国2位に回復しました。ちなみに沖縄県が出生率は1位です。そして、環境保全に配慮した災害対策ということも全国で初めての、土地利用、建物に配慮した水害条例を滋賀県として2014年3月につくりました。

事前予防型の政策で

 「現象後追い型政策」ではなく、「事前予防型政策」を私はめざしてきました。たとえば今国難といわれる少子高齢化ですが、実は少子化は、すでに1970年代から始まっていました。原因は何かというと、大きく分けて二つです。一つは女性に「仕事か子育てか」という二者択一を迫ったことです。「両方やりたい」という女性のニーズを把握できず、政策支援ができなかった。ヨーロッパはこの間にきちんと両立できる仕組みをつくりました。ところがいまだに日本は保育園が足りない、学童保育がない、そしてそれこそ仕事をしたら、妊娠をしたら仕事を辞めろ、マタハラ、パワハラなどがいっぱいあります。子育てを社会全体がサポートしてくれない。
 もう一つは、若者の正規雇用の減少、あるいは非正規雇用の拡大です。正規雇用で安定的な所得がある男性は8割に配偶者がおりますが、非正規だと2割しかいない。経済的安定が家族をもち子育てができる条件です。女性や若者の支援、これが少子化への歯止め政策の一つです。
 事前予防型政策というのを滋賀県ではかなりきちんとやりました。「子育て三方よし」ということで、「子どもによし、親によし、そして、世間によし」ということで進めさせていただきました。具体的には女性の両立支援や若者の仕事の正規雇用化などで、出生率は大幅に改善しました。
 その後、2010年の2期目の選挙では、県政史上最高の得票約42万票をいただきました。そして、2014年7月に三日月大造さんに県政を継承してもらいました。同じ年の10月に沖縄で翁長雄志さんが自民党の推す現職知事を倒しました。2014年7月に、非自民の知事が継続され、滋賀ショックといわれましたが、その10月には、沖縄ショックが起きて、政権与党の自民党が慌てたようです。
 そして、2019年、今年の参院選で私自身は利益誘導型の自民党政治に対して、「草の根」で対抗しようということで勝たせていただいたわけです。

災害で人が死なない滋賀をめざす

 さらに「人が死なない防災・減災」にも力を入れました。地震は本当に大変です。これは予想ができません。けれども、備えはできます。実は水害は予想ができるんです。その予想をキッチリして、そして条例をつくらせていただきました。


 滋賀県の「流域治水推進政策」というのは、どんなことがあっても人命が失われることを避ける、また、生活再建が困難となる床上浸水を避ける。そのために「川の中」の対策に加えて、「川の外」の対策です。川の外というのは私たちが暮らす場所です。実はこの川の外(暮らす場所)の対策というのは、先祖代々ずっと、それこそ中世から近世、つい最近まで、地域住民が自らつくってきた政策です。
 川はあればあふれるものだという認識です。水があふれるところには家をつくらない、そもそも人が住まない。住むんだったら、土地をかさ上げするというような備えを埋め込んで住んでいました。水害をやり過ごす知恵がありました。私はこのような暮らしぶりを「災害文化」と呼んでいます。
 岡山県倉敷市の真備地域で去年7月6~7日、51人もの人が真っ昼間に家の中で溺死してしまった。こういうことを防ぎたかったのです。ですから、昔の思いを今に生かそうということです。それを、「自助・共助・公助」で進める。
 かつて自分たちで守ってきた水害も近代化が進む中で行政に任せてしまい、行政側も「このダムさえできたら、どんな大雨でも枕を高くして眠れる」ということを喧伝しました。というのはダムはお金がたくさんかかります。場合によっては住民に移転してもらわなければいけない、そして時間もかかるので、行政もある意味で過剰にその効果を宣伝しないといけなかったわけです。
 今、熊本県の球磨郡に計画されている川辺川ダムではどうでしょうか。ダムができたら人吉市の洪水が防げるとか、いっぱい喧伝しています。けど、施設依存の対策は意外と被害が減らない。水害の頻度は減少するけれども、いざ水害が起きると洪水死者数はむしろ増加するといいます。
 ダムなどの施設計画の規模を超える洪水、これを「超過洪水」といいますが「想定外」ともいわれます。この想定外のケースが、今のように温暖化で増えて大災害を引き起こす。施設だけでは守れませんということへの備えがこの滋賀県の条例です。

安全を守るための〝地先の安全度マップ〟

 施設だけで守れないときのいちばんのポイントはリスク情報を隠さずに出すことです。滋賀県では最初に大きな川があふれたらどうなるか、小さい川があふれたらどうなるか、農業用水路があふれたらどうなるか、下水道があふれたらどうなるか、これらすべての水の源を一手に集めて地図をつくりました。それをハザードマップではなくて、「地先の安全度マップ」と名付けました。

ハザードというのはリスクです。「危ない地図」ではなくて、「安全を守るための地図」ということで、「地先の安全度マップ」を公表しようとして、県で一生懸命つくりましたが、すごい抵抗に遭いました。この抵抗は私自身、最初は予想できませんでした。
 まず、一つは県議会です。「こんなん出したら地価が下がるやないか」「知事は地価が下がる責任を取れるのか」と。それで市長会、町村会に出したらまたそこで首長さんたちがいっせいに反対するのです。これ、「皆さんの市民の命を守るためですよ」といくら訴えても、「知事の学者の遊びか」とさんざん言われました。

危険を知らせずに「売り抜ける」地主たちの猛反発

 何でこんなに反発されるのだろう、と疑問に思って一人ひとりそういう批判をする人を見てみたら、みんな土地を持っている地主さんなんです。「ああ、そうか」と納得しました。私は新住民ですから、土地は持っていません。土地を購入して家をつくる側です。反対する人は土地を持っている本家筋の人、自分たちは安全なところに住んで、危険を知らせずに、土地を売り抜けることが可能な立場の人たちです。
 このような不平等な状況を行政が許しているのが今の日本の状態です。売り抜けることを許している。リスクを知らせないのは行政の不作為ではないでしょうか。
 こうした矛盾を克服しようと、私たちが暮らす「川の外」、つまり氾濫原管理の仕方を国に提案しましたが、国は縦割り行政なので、「嘉田さん、それはいいけど、国土交通省ではできません」「土地利用の部局と建物の部局と、川と全部別ですから」と言われました。だったら、「県でやりましょうと」と言って始めました。
 川の中はまず流すことを考える。そして、山や水田などで水を貯める。つまり、川にあまり水が流れないように。それこそ、水田で貯めていますよね、大変大事な効果があります。そして、住宅地であったなら、貯水池をつくる。そして、危ないところにはそもそも家をつくらない。土地利用規制をかける。そのような場所に家をつくるんだったら、宅地のかさ上げをする。
 それから、イザというときにはここまで水がくるんだよと教える。特に子どもたちに学校で伝える。子どもはまだ10年、15年しか生きていないから、水害の記憶もありません。それに怖いのは子どもはちょっとの雨でも流されます。30センチの水でも流されて死亡したりしますので、子どもたちに図上訓練や避難計画を一生懸命やらせていただきました。
 そして、水害リスク情報をできるだけ広く知らせる。たとえば不動産取引の重要事項説明に「地先の安全度マップ」を出して、そして説明を努力義務にしました。土地取引の協会の方から「知事、分かった。これ僕ら義務化するわ」と言っていただき、今、滋賀県内ではほとんどこの水害リスク情報を自主的に出していただいています。
 今年、2019年の全国知事会で、滋賀県のこのリスク情報開示する条例のようなものを国でもつくってくれと言っています。全国知事会は去年に画期的な提案をしましたね。沖縄の基地問題を全国で考えるという提案でしたが、今年はこの話をしてくれました。知事たちも目の前に迫っている危機を自分事化しているということが今回の知事会の動きで見えてまいりました。

「子ども・家族省」をめざす

 今、日本の最大の危機は少子高齢化と災害多発です。滋賀では災害対策に新しい答えを出そうとしてきました。私は、今度は国政で展開したいと思っております。
 今年7月の参議員選挙では、もちろん沖縄の問題も訴えましたし、憲法の問題も訴えました。消費税10%、これに対しても訴えました。
 併せて、「子ども・家族省をつくりましょう」と呼びかけました。子どもたちの貧困の問題には大きく二つ背景があります。一つは、貧困の家庭を調べると、かなり多くが片親家庭、母子家庭です。日本の今、結婚を10とすると、およそ3分の1もの離婚があります。離婚は日常的に起きている。そのなかで、実は日本は片親親権で、親権者でない人で扶養手当を払っている人は2割しかいない。8割には扶養手当が払われていない。これを両親親権にするのです。ヨーロッパの国もアメリカもみんな両親親権で、離婚の場合に母親が親権を取るケースが多いのですが、お父さんも義務的に扶養手当を払っています。給料から天引きされ母親に渡されます。裁判所から義務化されます。その辺をキチッとして、子どもの最大の利益を経済的にも保証する。
 もう一つは教育費です。教育費の無償化を民主党政権がやりました。高校授業料無償化です。子どもの格差をなくすとしたら、やっぱり教育費の無償化というのは進めなくてはいけない。アメリカのトランプ大統領から要求されて防衛費を増やし戦闘機を「爆買い」するより、教育費の方がずっと私たちの未来に対して価値があると訴えさせていただきました。

「防災復興省」の設置

 それから「防災復興省」です。今、復興庁を継続しようとしておりますけど、「防災」を入れてこその「復興」なんです。
 国はまだこの防災と復興というのを全体のサイクルとして考える、その仕組みになっておりませんので、「防災復興省」を提案させていただきたいと思います。防災庁も、全国知事会が今年ちゃんと提案をしております。そういう意味では知事、市長や自治体の政策を具体的にやっていくことが国政につながっている。玉城知事は国政(衆議院議員)から県政ですけど、私は県政(知事)から国政に。国政と地方自治をつなぐことが、これからの日本の地方自治の展開にも大変大事なことだろうと思っております。
 ここはぜひ全国の皆さんと協力をしながら、与党、野党関係なく、日本国として必要な政策を提案していきましょう。それは「命をつなぐ政治」です。(拍手)

(全国地方議員交流研修会での講演に加筆修正したもの。文責編集部)

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