種子法廃止とこれからの日本の農業について

各県で種子条例を制定させる国民運動を起こそう

元農林水産大臣 山田正彦

 私は長崎県の五島列島で生まれ、若い時に牧場を開きました。牛を繁殖させたりして、400頭ほど飼育しました。豚もうまくいかずに、当時4億円ほどの負債を抱えました。自分が未熟だったということもありますが、どうしてうまくいかなかったのだろうかと、とても悔しかった。そして日本の農政は間違っているのではないだろうかと考えるようになりました。それでいきなり衆議院選挙に出ました。負けました、もちろん。4回目にやっと当選して、ずっと後になりますけれども、農林水産大臣もやらせてもらいました。
 私は代議士になって、ヨーロッパの農業、そしてアメリカの農業などをつぶさに見て歩きました。そして民主党政権の農林水産大臣になった時に、農水省の大講堂に課長以上の職員を集めてこう言ったんです。「戦後農水省は、アメリカ型の合理化、企業化、大規模化ということを追求してきたけれど、その戦後の農政は失敗だったのではないか。その犠牲者たる私が農水大臣をやる。これからはヨーロッパ型の戸別所得補償政策、ヨーロッパの農家所得の8割が戸別所得補償なので、それを実現したい。それから家族農業、兼業農家による経営、そういった農業の方向に大転換する必要がある」と言って農業、漁業、林業の戸別所得補償を実現したのです。
 私はこれからの日本の農業をたいへん心配しています。

TPP協定の後、次々と国内法が変えられている

 今日お話しすることの根っこにはTPP協定があるのです。私が農水大臣だった時に、当時の仙石官房長官が「開国なくして座して死を待つつもりか」などと豪語したので私は大臣を辞めました。
 それ以来8年間TPP反対運動をやってまいりました。TPP交渉差し止め・違憲確認等請求訴訟を担ってきましたが、今年、1月31日に東京高裁で判決が出ました。「この条約は発効もしていないし、それに伴う法律の改正・施行もなされていない。よって国民には被侵害利益は存在しない」という一審の判決に対して、私たちは「すでに種子法が廃止されているではないか。これはTPPそのものの内容だ」と言って争ったのです。その高裁判決には「種子法廃止については、その背景の一つにTPP協定があることは否定できないものの……」とあります。ちゃんと認めているのです。
 種子法はたった10時間ほどの審議で廃止されました。そして「農業競争力強化支援法」は種子法廃止に関わる非常に大事な内容をもっているのですが、これもほとんど審議されないで採決されました。さらに種苗法の改定案が衆議院を通りました。
 麻生副総理が2013年にアメリカに行って、「TPP協定に参加してほしい」とお願いした。その時にアメリカの多国籍企業や政府関係者が何と言ったかというと、「日本の地方自治体の水道事業をすべて民営化しなさい」と。それを約束したのです。
 先の国会で水道法改定が衆議院を通りました。次の国会では参議院で審議されることになり、水道法改定が喫緊の課題になってくると思います。これはアメリカのベクテルとか、フランスのヴェオリアとか、大手の水メジャーと呼ばれるところに譲渡してしまうわけです。
 しかし、ヨーロッパではパリとかベルリンとか、一時民営化したのですが、みんな再公営化しております。日本では20年までに多国籍企業に水道を明け渡してしまう。これがTPPを受けての水道法の改定です。
 漁業法の改定も次の国会に提案されるはずです。今まで漁業権は浜の漁民の権利だったのです。それを国が取り上げて、外国の多国籍企業に対して、あるいは日本の大手の水産会社に対しても、譲渡するという法律です。イギリスがEUからの離脱を決めました。イギリスも日本と同じ島国です。EUに加入すると、ノルウェーとかオランダの大型漁船が一気に漁場を荒らすようになった。魚がいなくなった。漁民が食べられなくなったわけです。こうした漁業法の改定が行われようとしています。
 市場法も改定されますが、これは事実上の廃止です。
 韓国は米韓FTAを結びましたが、その後200以上の国内法を変えました。地産地消の学校給食は韓国ではすでにできなくなっています。
 こうしたことがこれから次々と起こってきます。16年にTPP協定に参加した時にニュージーランドで署名した交換文書があります。「保険等の非関税措置に関する日本国とアメリカ合衆国の協定書」となっています。この中に次のように書かれています。「日本政府は投資家(モンサントとかカーギルなどのことですね)の要望を聞いて、各省庁に検討させる。日本政府は必要と思われるものは規制改革会議に付託する。規制改革会議の提言に日本政府は従う」と。規制改革会議はご承知のように竹中平蔵氏などがいたところですね。これでは独立国とは言えません。国会は何の意味もありません。TPP条約は一方的に廃棄してかまわないのですから、一刻も早く廃棄すべきです。
 今起こっている事態の背景には、こうしたTPPがあるのだということを、まず理解していただきたいと思います。

種子が民間に開放されると価格は4~10倍になる

 それでは政府は何でこの種子法を廃止したのか。はじめにこのことが出てきたのは、一昨年(16年)11月の規制改革会議です。民間の種子、例えば三井化学の「みつひかり」、住友化学の「つくばSD」、日本モンサントの「とねのめぐみ」などですが、これらがあるのに、種子法があるためにこれらの民間の種子を農家が使ってくれない。日本はこれから民間の活力を活用するんだ、したがって種子法を廃止する、こういうことをこの審議会は決定します。
 そしてこの決定があった後、昨年(17年)2月に閣議決定しました。これだけ大事な問題であれば、本来は農水審議会にかけ、各都道府県にパブリックコメントを求めなければならないはずです。こうして今年の4月に主要農産物種子法は廃止されました。
 例えば、三井化学の「みつひかり」の価格は1kg3500円から4000円です。石川県のコシヒカリは1kg350円ですから、8倍から10倍です。農家は、これからは高い種子を買わなければならないことになります。
 それから、民間の種子の場合は農薬と化学肥料がセットになっています。野菜の種子のことを考えるとわかりやすいと思います。今から30~40年前までは、野菜の種子は伝統的な固定種でした。ところが今や90%まではF1(雑種第1代)種子です。そしてかつて100%国内生産だったものが、今は90%が海外生産です。30年前、イチゴの種が1粒1円か2円ほどだったのが、今は40円から50円します。
 これまでは日本のコメと麦と大豆の種子は100%国産でした。種子法があったからです。これを民間の種子にしてしまうためには、種子法がじゃまなんです。

日本のコメ農家が外資にロイヤルティを支払うことになる

 もうひとつ大切なこととして、農業競争力強化支援法第8条3項があります。3項には銘柄が多すぎるから集約すると書いてあります。コメの銘柄は各県の推奨品種で310種、天皇家の古代米だけで17種あります。日本は亜熱帯から亜寒帯まで、作られているコメは非常に多いです。これを多すぎるから、民間の品種数種類だけに絞ってしまう。
 そして8条4項にはこう書かれています。これまで日本が蓄積してきた知見、農水省、独立行政法人、各県の試験場などが蓄積してきた知見、果樹、野菜、穀物あらゆる品種の育種知見、いわば知的財産ですね、これをすべて民間に提供しなさいという、こういう法律が通りました。
 メキシコはどうなったかというと、メキシコはトウモロコシの生産国です。NAFTA(北米自由貿易協定)で、メキシコ、カナダ、アメリカの間で協定が結ばれた。当時メキシコには生物に対する特許とか、育種登録などという制度はありませんでした。種子なんてみんなのものだった。それをいいことにモンサントとかシンジェンタとかが特許申請してしまった。今やメキシコの農家は、モンサントなどにロイヤルティを払わなければトウモロコシを作れなくなってしまった。
 フィリピンでは、ロックフェラー財団が「緑の革命」と称して、大量の化学肥料を投入した稲作を導入した。フィリピンのコメ農家は今、ロイヤルティを払わなければコメを作れなくなっています。
 日本では、例えば福岡の農業試験場がヒノヒカリを十数年かけて育ててきた。これは育種登録していないわけです。この育種知見を民間、例えばモンサントに譲渡したとします。モンサントは間違いなく育種登録をして、皆さんがヒノヒカリを栽培しようとすると、これは育種権の侵害であるからロイヤルティを払えと言ってきます。
 齋藤農水大臣はこの知的財産の譲渡先を、「日本の企業だけでなく、モンサントやシンジェンタなどの企業にも、内外無差別だから提供します」と答えています。

農水省の「通知」は無視してよい

 農林水産省の事務次官が、昨年(2017年)11月に「稲、麦類及び大豆の種子について」という通知を出しています。その中の「種子法廃止後の都道府県の役割」という項にはこう書かれています。
 「都道府県に一律の制度を義務付けていた種子法及び関連通知は廃止するものの、都道府県がこれまで実施してきた稲、麦類及び大豆の種子に関する業務のすべてを、直ちに取りやめることを求めているわけではない」と。つまり、「やがてやめますよ」と言っているわけです。そしてさらにひどいことには、「民間事業者による稲、麦類及び大豆の種子生産への参入が進むまでの間」、つまり、三井化学の「みつひかり」などの品種を一般の農家が作り始めるまでの間は、「種子の増殖に必要な栽培技術等の種子の生産に係る知見を維持し、それを民間事業者に対して提供する役割を担う」と、ひどい話だと思います。
 けれども皆さん、ここからが大事な話ですよ。これは「通知」です。「通達」というのがありますが、「通達」は国から都道府県に対する指示です。民主党が政権をとった時代に「地方分権一括法」という法律を通しました。この法律によって、国から県、県から地方自治体に対する「通達」を一切禁止したのです。指示命令なし。だから国は都道府県に対して「通知」しか出せない。
 「通知」は単なる技術的助言にすぎません。まったく気にすることはない。
 千葉県の我孫子市が介護の問題で厚生労働省の通知とまったく反対のことをやった。厚労省はかんかんに怒って争ったけれど、負けました。
 このことは地方自治の世界では大切なことなのです。そういう意味で、この通知は無視してください。

各県で種子条例を制定させよう

 それでは種子法がなくなったからどうするかということですが、今各都道府県で、独自に種子条例を作り始めています。
 種子条例というものをまず新潟県が作りました。続いて兵庫県、そして埼玉県が作りました。埼玉県は自民党の二人の議員さんが頑張って作ったのですが、一人は僕の話を聞いてくれていて、もう一人はコメ農家だったらしいです。この前「日本の種子を守る会」で、埼玉県が何でこの条例を作ったかという話をさせてもらいました。その後北海道で話しましたら、北海道にとって種子条例は不可欠だという話になりました。ぜひ作ろうと頑張っています。4、5日前には山形県に行きました。山形でも種子条例を作りたいと言っています。山形県は県としても種子条例を作りたいと思っていて、次の県議会で作る準備をしているということでした。一昨日は岩手に行ってきたのですが、県議会議員が11名ほど来ていました。早速検討しようということになりました。昨日は鳥取県です。鳥取県も農水委員長などが来ていまして、検討させていただきたいと言っていました。
 各県で種子条例を作る運動が広がっています。これは法的拘束力を持つのです。農水省が言っている要綱だと、単なる内部規則なんです。法的拘束力を持ちません。だから条例を作ることが必要です。
 具体的にどうするといいのでしょうか。まずはそれぞれの市町村議会で、県に対して種子条例を作ってもらいたいという意見書を議決してもらう。市民は市議会に対して、請願する権利がありますから、県条例を作るよう県議会に対する意見書を採択してほしいと明日にでも請願する。そうすると議会はこれを審議しなければなりません。審議するとだんだん広がっていきます。県も、各市町村から意見書があがってくれば、審議せざるを得ない。各県で次々に種子条例が制定されれば、国も無視できません。そして国会では、種子法廃止撤回法案が審議されています。また国に対して、県議会から、あるいは市町村議会から、種子法に代わる新たな法律を作るようにとか、種子法を復活させるようにとか、そういう意見書が200件くらい提出されています。
 アメリカでは、主要農産物については約3分の2が自家採種です。3分の1が各州立の農業試験場などが作った公共の種子。カナダもオーストラリアもそうです。日本だけが自家採種禁止の方向に動いている。こんなバカなことはありません。日本も公共の種子を守る法律をきちんと作る。その前にまず条例を作る。どうです。みんなでやりましょう。
 千葉県のいすみ市の市長さんが学校給食をすべて農薬、化学肥料を使わない有機米を使うように決めた。日本で初めてです。市長さんにお会いして、遺伝子組み換え作物、ゲノム編集作物を使わせないという条例を作ったらどうかと話しました。そうしたら市長から「そんなことできるんですか」と聞かれましたが、地方自治法14条では、法律に反しないかぎり地方自治体は条例を作ってよいのです。
 自治体は国の出先ではないのです。住民のための自治体ですから、みんなで頑張っていきましょう。

 本稿は、広範な国民連合・福岡大牟田地区懇談会が「いちのたんぼの会」と共催で、8月26日に開催した緊急学習会「タネはどうなる」での山田正彦元農林水産大臣(広範な国民連合・長崎顧問)の講演の一部です。文責は見出しも含めて編集部にあります。なお、17年8月号「突然廃止された種子法」および9月号「農業の直面する課題と展望」に「日本の種子を守る会」会長の八木岡努さん(JA水戸組合長)のインタビューを掲載しています。併せてご参照ください。

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