舞劇「朱鷺」を見て

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今年は日中平和友好条約締結40周年に当たる記念すべき年である。

演出家・広範な国民連合全国世話人 澁谷 文孝

 昨年は日中国交正常化45周年で、それを記念して上海歌舞団が舞劇「朱鷺」の来日公演を行った。中国の舞踊劇は日中が国交正常化した当初から来日公演を行っていて、その舞踊技術は素晴らしく、高い評価を得ている。正常化直後の1970年代に来日したバレエ「白毛女」は、社会主義中国が芸術の分野でも大きく発展していることを示した。衣装が見慣れたチュチュでなく人民服であり、権力者を打倒する物語とともに、そのバレエ・テクニックも世界一流のモスクワやレニングラードのバレエ団にもひけを取らず、衝撃を覚えた。

 それから40年経過しての舞劇「朱鷺」、現在の中国は私たちに何を見せてくれるのだろうか?

 「朱鷺」という作品の題名になっているトキはアジア東北部に広く生息する美しい鳥である。学名を「ニッポニア・ニッポン」と言われるようにまさに日本を代表する鳥でありながら、2003年に絶滅してしまった。今日本では1998年に中国から贈られたつがいを繁殖させ、野山を飛び回るまでに至っている。
 中国でもトキは幸せを運ぶ「吉祥の鳥」と呼ばれ、人々に大事にされてきた。しかし近代になり工業化、都市化が進みトキの生育できる環境は急速に失われ、絶滅の危機を迎える。中国陝西省で野生のトキ7羽が見つかり、人工繁殖が試みられ、現在ではその子孫たちが中国、韓国、日本で約2000羽生息している。
物語はそのトキを題材にしている。

 まず幕が上がると一人の半裸の男性が立っている。そこに1枚の白い鳥の羽根が落ちてくる。男はそれを手に取る。
 場面は変わって古代。人々がのんびり暮らしている村。そこのきこりの青年ジュンは、羽衣を脱いでくつろいでいる朱鷺の精たちと出会う。ジュンはひときわ麗しいジエに心惹かれ、その羽衣を手に取る。運命的に出会ったジエとジュンは、互いを知り、共に生きようとする。しかし、異なる世界に生きる彼らは別れなければならなかった。
 ジエたち朱鷺の精は、まどろむジュンのもとへ1片の羽根を残して羽衣をまとって飛び去る。残された羽根を手に空を見つめるジュン。

 休憩を挟んで第2幕。場面は近代に移り、都市化により環境は汚染され、空も街も黒く澱んでいる。そこへ白い羽根が1片落ちてくるが、誰の手にも渡らず中空を彷徨う。それを手に取ったのはカメラを手にしたジュンであった。
 彼は弱り切ったジエを見つけ必死で介抱する。ジエはジュンの手にする羽根に気づき二人は時空を超えて再会したことに気づく。しかし今のジエの体はどす黒く汚れ、かつてのように自由に踊ることはできなくなっていた。仲間の朱鷺たちが次々に命を落としていく、そして最後の朱鷺となったジエも息絶える。

 そして現代。博物館で教師が学生に展示されている朱鷺の説明をしている。そこへ白髪の老人になったジュンがやってくる。ジュンは展示されているジエを見つけ、羽根を胸に当てるとガラスケースは消え、二人は追憶の中で踊る。他の朱鷺たちも姿を現し、風景も古代の楽園が広がる。ジュンはその思い出が詰まった羽根を学生たちに託す。

 素直に美しい。そして感動的である。カーテンコールでは観客も立ち上がり惜しみない拍手を送っていた。客席が明るくなるとあちらこちらに目を赤く腫らした人、ハンカチを目に当てている人を見かけた。そういう私もちょっとやばかった。

 主人公が鳥の朱鷺の精と出会いその羽衣を手に取るという物語は「羽衣伝説」を思い浮かべる。私はそれ以上にクラシック・バレエの「白鳥の湖」と似ていると感じた。クラシック・バレエは200年近い歴史をもつ最も成功した舞踊劇のジャンルで、その中でも傑作の「白鳥の湖」を手本とするのは当然かもしれない。朱鷺の精たちとのシーンと白鳥たちとのシーンが、登場し帰っていくまでの流れがそっくりなのである。さらに朱鷺の精たちのそろった動きは14億近い人口を抱える中国だからこそできるのかもしれないが、身長や手足の長さ、頭の大きさまでそろえていて、その美しさは絶品である。この作品がクラシック・バレエのいい部分も取り入れつつ、中国独自の舞踊技術によって作られていることがわかる。

 舞踊はその地域の人々の生活・宗教儀式と密接に関わっている。ヨーロッパ発祥のバレエは狩猟や小麦生産の農耕、キリスト教、さらに王宮の生活がもとになっている。それに対しこの作品は、アジア的な人の動作、農耕、それも上海だから水田での動きで、キリスト教的でない動作から生まれていると思われる。とくに1幕で労働の動きをもとにした場面の素晴らしさは中国ならではであろう。
 それともうひとつ、この舞踊の特徴は鳥の動きの描写である。朱鷺の精たちの首、脚、羽としての手の動きのリアルさは、科学的に研究したかのようである。
 つまりこの舞踊はバレエとアジア的な動作、それに鳥の動きに見られる自然観察から導かれた動きの3つの要素をうまく融合させて作られたものである。

 舞台は舞踊のための広いスペースを確保するため背景画が主であるが、薄いブルーで描かれた山水画を思わせる淡い感じが非常に美しく、照明もちょっとモヤがかかって、アジアの湿潤な気候を感じさせる。
 その薄いブルーの舞台にちょっとオレンジがかったピンクと白のグラデーションの衣装が照明に照らされ光り輝くさまは「美しい」の言葉以外見つけることが難しい。映像ではない生身の人間によるものが、今眼前に繰り広げられていることは奇跡に近い。
 この新たな舞踊が、完成度の高い舞台として上演できることを羨ましく思う。

 内容も驚かされてしまった。中国の公的な舞踊団体によって、中国の躍進政策に批判的な内容の作品が制作・上演されるのである。
 はっきりと政策を批判したわけではない。近代化によってもたらされた環境破壊や乱獲が多くの野生生物を絶滅に追いやった事実から、その象徴として鳥のトキを取り上げ感情に訴えたのである。それにしても中国の負の側面を表現したことには変わりない。
 さらに本編が始まる前などに字幕で、トキが東北アジア全体に生息し、その全てが近年絶滅しかかったこと、それを中国、韓国、日本が人工繁殖事業に共同で取り組んでいることが表示された。このことは日中韓が地理的に切っても切れない位置にあること、この美しい鳥たちのためにも、東北アジアの平和友好が大事であることがすんなり入ってくる。

 昨年は中国の歌劇「鑑真東渡」の来日公演もあった。こちらは5度にわたる失敗を乗り越え、6度目失明しながらも日本に渡ることに成功し、奈良・唐招提寺を建立した鑑真和上(688〜763年)の生涯を描いたオペラである。日中友好が先人たちの艱難辛苦の上に築き上げられたものであることを示した。そして「朱鷺」では日中、いや東北アジアが地理的に近く、生息する生物も共通のものが多く、そしてトキを美しいと感じる共通の感性を育てたことを示した。
 このように昨年、中国から歴史的にも地理的にも日中友好の大切さを、芸術を通して示された。日中平和友好条約40周年の今年、今度は日本からどのように応えていったらいいのだろうか?

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