突然廃止された種子法

食料の安全保障放棄、外資の種子支配に道開く

日本の種子を守る会会長八木岡 努さん(JA水戸組合長)に聞く

 4月14日の参議院本会議で、自民党・公明党・維新の会の賛成多数により「種子法」の廃止が決まった。施行日は2018年4月1日。廃止は国民の基礎的食料である米、麦、大豆の種子を国が守るという政策を放棄するもので、種子の供給不安、外資系企業の参入による種子の支配などに道を開くことに。種子の開発・生産が民間企業に任されると、穀物価格に当然響く。民間の品種はF1(1代交配種)が中心のため、農家は種子を自家採種できず、穀物種子を毎年購入しなければならなくなる。民間開放先にはモンサントなど巨大種子資本の外資も含まれ、食料安全保障も脅かされることになる。
 「日本の進路」編集部は、結成された「日本の種子を守る会」の八木岡努会長(JA水戸組合長)を訪ねて、お話をうかがった。

日本の種子を守る会がスタート

 TPP(環太平洋連携協定)反対運動を行っていた元農林水産大臣の山田正彦先生のグループが、3月27日に種子法廃止に反対する緊急集会を開きました。集会は4月にも合わせて2回あり、その時に、山田先生からひと言話してくれないかと言われ、10分ほど、生産者団体の立場として講演させていただきました。
 JA水戸は種場の農協として、種子生産をしていますので、種子作りや、種子の生産に大変なエネルギーがかかっていることを話しました。会場からはジョン・ムーアさんという方から、「種子は誰のものか」と発言があり、「種子は国のものでも、会社のものでも、個人のものでもない。未来の子どもたちのものだ」と主張されたことが印象に残っています。
 種子というのは、食料の根幹にかかわる問題です。種子はわれわれが作ったものではなく、自然の中にあったものです。人間はそれを食料として生命をつなぎ、これを絶やしたことがないから今があるわけです。人間の生命としての種を、戦争や災害が起こっても、先人たちが絶やさなかったから、今があるわけです。人間は生きていますが、生かされてもいるということです。
 種子を生産することは、命をつないでいくということです。そうした気持ちを持って、われわれ生産者は農業に取り組んでいます。農業の根幹である種子の問題は国民の問題であり、その中で私たちは必死で担っているということをきちんと発信しなければいけないと、強く感じています。政府の「農業改革」が行われている中で、これをきちんとアピールしていかなければいけないと思っています。
 そのような思いがあって、生協連の山本伸司さんと共に「日本の種子を守る会」発起人の共同代表を引き受けました。山田先生ももちろん、JAの組合長・中央会職員、生協連の皆さんも多く賛同してくれました。生協の皆さんとはTPP反対という立場で、一緒に主張してきたのですが、その時よりも、消費者・生産者としてベクトルの集束をより強く感じています。
 この問題は、JAの組合長でも4月の時点で種子法廃止の報道があるまで、知っている方はほとんどいませんでした。種場の農協でありながら、種を生産している生産者の皆さんの中でも、種子法廃止でどう変わっていくか、分かっている方も少なかったのです。だから、本会の一番大事な仕事は、廃止の影響をいち早く知ってもらうことだと思っています。種子生産者の皆さんにも、消費者、生協の皆さんにも、このことを知ってもらう必要があります。将来を考えると、TPPよりも重大な影響が出てくるのではないかと感じて「守る会」をスタートさせました。

種子の価格が値上がりする

 原種の元となる原原種を維持するために、農林振興公社の改良部で毎年1本ずつ苗を植えて育て、そこで原種を作り、種子生産者から栽培農家へとつないでいきます。茨城県で最も多く栽培されている稲は「コシヒカリ」なのですが、現在はコシヒカリの原原種は128系統あるのだそうです。試験場では、それを1本ずつ、128グループを周辺の圃場から離れた所へ原原種の元として作って、その中からちょっとでも変わったもの、形状の違うものを抜くなどして、種を維持しています。65年前に福井県でコシヒカリという品種ができてから、脈々と続いているわけです。
 それを、われわれ種場の農協が預かって、JA水戸では現在48人の生産者が種を作っています。種子生産者になるためには、まず、この圃場で種子を作っていいかという検査があります。そして原種をまき、その後も県の方で検査をし、それに向けて自主的な選抜も行います。何度もの検査を経て種子として農家に渡るわけです。コシヒカリの種子を、われわれのところでは1キロ500円程度で提供しています。
 今ある民間品種では、1キロ1500円くらいします。これは固定種でF1ではありませんが、それを作る場合は、肥料や農薬、除草剤などは全部、民間企業が指定したものを使い、100%買い取るので契約栽培になります。種子から資材費まで、合わせて10アール当たり2万数千円かかります。これは、いわゆる民間企業の囲い込みです。
 種子法が廃止された中では、優良な地域のコシヒカリの面積が減り、民間企業系の品種の面積が増えていってしまいます。そうすると、農家所得増大をうたっている現在の農協法改正などにも逆行することになります。茨城で今、農協経由でコメが出荷される率は20%くらいしかありません。全国では50数%ですが、茨城は首都圏に近く、民間業者さんが多いということで、集荷率が低いのです。今でも自由競争といえる状態ですが、民間企業にさらに囲い込まれていく可能性もありますし、F1が増えていけば、種子は必ず買わないと次のコメが作れません。そうすると結果的に米価が高くなり、消費者にとっても長い目で見ればマイナスになるのでないか、と懸念しています。

種子生産の公的支えがなくなる

 種子法廃止により、種子を維持するための予算がなくなることが心配です。公的支えがなければ、品種改良を研究されている研究員などがいなくなります。現在、茨城県産のコシヒカリでも、その地に合ったコシヒカリが受け継がれてきたことで、全国の食味品評会等で高い評価を得ているものが多くあります。限定した地域で最大能力を発揮するような品種は、マイナーで商売にならないからと、民間では維持されないかもしれません。種子を作りやすいとか、収量などを重視し、最大公約数的に種子が作られてしまう。能力を最大限に生かすことは、だんだん薄らいでいくと懸念されます。
 私は20歳を過ぎて間もなく農業を始め、組合長になる5年前までは専業農家でした。父は野菜農家なのですが、野菜の種子は地域に種屋さんがあって、その人たちが全部を生産したわけではないけれど、そのグループの中で優良品種を作るなど、地域に合ったものを選んで使っていました。
 それが35年ほど前から、だんだんF1になっていきました。野菜の種子の9割はF1で、ほとんどが外国産です。以前は袋に種子がたくさん入っていて安価でした。今はトマト1粒が30~35円、メロンは40円くらいです。トマトもレタスも以前の10倍くらいに上がっていると思います。ネギも昔は「ネギボウズ」から種子を取りましたが、今はF1なので種は取れません。ネギを10アール作ろうと思ったら、種代で2~3万円くらいかかるのではないでしょうか。
 近くにある園芸生産組織の総会に行った時に、種屋さんが「今度、皆さんが作付けしていたカリフラワーの種子がなくなった。だけど、似たような3品種がありますから、それを試してみてください」と言うのです。種屋さんの都合で品種はどんどん変わり、そのつど値が上がる。主食であるコメでそれをやっちゃいけないと強く感じています。
 主食については、アメリカ、カナダ、オーストラリアのような農業大国でも、公共品種は全てではありませんが、十分に守った上で、一部で自由競争しています。値段の問題、安定供給だけでなく、安全・安心の部分が大きく担保されています。
 メキシコのトウモロコシ、フィリピンのコメの例がありますが、そういう主食を農家が自由に作れなくなったり、パテント料を払ったりということにつながってしまいました。日本でも、種子法の廃止からそういうことになるのではないかと懸念しています。
 種子法廃止は、来年4月に施行されます。1年目、2年目は過渡的に予算づけがあり、試験場もそのまま動いていく予定です。種子法がなくなっても「あまり影響ない」と言われるかもしれませんが、じわじわと民間の生産が拡大していきます。前年対比では微々たる変化かもしれませんが、5年、10年がたち、気がついた時には、優良種子の生産が今よりもコスト高になったり、欲しいだけの量がなかったりということが起こるでしょう。東日本大震災のような大きな災害が起きて、種子を一気に確保して収量を出さなければいけないという時に、種子はどこから供給されるのでしょう。一気に入れ替わってしまう、ということもあると思います。
 それに加えて、今の子どもたちが大人になるころに、民間企業の品種改良で危惧される事態も起こりかねません。花粉症が軽減されるコメが研究されている話がありますが、それは遺伝子組み換えによるものです。人間にとっていいというか、人によっては恩恵を被ることになると、そういうのがいつのまにか受け入れられて、そのうちに「たくさん採れるから」という理由で、気づいたら周りの作物すべてが遺伝子組み換えとなった、ということにもなりかねません。主食作物でそれをやったら大変です。
 子どもたちについて言及しますと、われわれのJAも学校給食に米を供給しています。学校給食では安全・安心が担保されていますし、カロリー計算もきちんとされていると思います。ところが、おいしいもの、味覚教育というのはどれだけ担保されているのかというのがあります。
 コメ離れを減らす意味でも、おいしいコメを食べてもらう。強制するのでなく、進んで食べてもらうような取り組みをしています。現在、JA水戸で売っている一番おいしいコメを学校給食に使っていただいています。子どもたちだけではなく、消費者の皆さんにも、そういうことを考えていただけるようにしたいと思っています。

食料安全保障をきちんとしなくては

 本来、国でも考えていただきたいのは、自給率の向上です。以前は、自給率40%、50%を目指していこうということもありました。しかし、今ではそういうのは全然聞こえなくなりました。国はそれをどういうふうに考えているのか、はっきり答えていただきたいと思います。
 これは不謹慎な話ですけれども、「食料は武器である」という話を聞いたことがあります。他国に食を支配されれば、その国はコントロールされたのも同然です。ある国を支配したければ、その国の人たちが食べるものを支配してしまえばよく、武力による戦争をする必要はないのです。
 私たちが口にするものの大半を外国産にゆだねています。戦争・災害などにより、外国から食料が入ってこなくなった時に国はどうするのでしょう。どんな事態が起こっても国民に食料が届くようにするのは国の責務です。安全保障について、食料という観点からどのように考えているのでしょう。食料を提供するのはわれわれの使命だと思っていますから、どのようにそれを実現していけばよいか、示してほしいと思います。
 国は「日本の競争力を上げて、企業が農業をできるようにしよう」と言いますが、そうではなく、ちゃんと地に足が着いた形で、いつでも自給できる状況をつくることが先決だと強く感じています。

守る会のこれからの運動

 守る会のこれからの運動は、まず一番先に、先ほど申し上げたように、種子法が廃止になったことの影響について、この数年の影響だけでなく、本当に長い意味での将来に及ぼす影響も含めて、それを皆さんにきちんと知ってもらうことです。ですから広報活動と、その活動を担う組織の充実に取り組みたいと思っています。
 できれば各県に守る会の組織を広げたいと思います。支部活動のようなのがあり、その人たちが独自にその地域ごとに、種子を守る運動や広報活動をやってもらえるようにしていきたい。そのために守る会からは、例えば講師派遣の要請に応えたり、情報提供したりなどの活動が直近の課題だと思っています。
 地域の特色が出せる会にしていくためには、裾野を広げていけるかということも、一つの課題です。守る会には農協・生協をはじめ、さまざまな組織や人が加わっています。それぞれの得意な分野がありますので、おのおのの強みを生かした活動をしていきたい。そのためにも、もっと多く、さまざまな分野の方々に加わってほしいと思っています。
【やぎおか つとむ 1958年、水戸市生まれ。イチゴ農家。水戸農協青年部長から2012年水戸農協組合長】

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