学校給食や食卓から牛乳が消える……。
北海道議会議員 小泉 真志
中央酪農会議(中酪)は12月2日、全国の指定生乳生産者団体(指定団体)が生乳販売を受託する酪農家の戸数が初めて1万戸(2024年10月段階9960戸)を割ったと発表した。15年前と比べると何と半減したことになる。ここ5年間で見ても24%(約3000戸)減と離農に歯止めがかからない。
(1)トリプルショック
ロシアのウクライナ侵攻や円安などで過去最高水準で高止まりしている輸入飼料や燃料、電気、肥料などのコスト上昇が経営悪化の要因である。生乳100キロ当たりの全算入生産費を見ると2023年は9423円で5年前より約26%増加。生乳価格も上昇しているが、生産コスト増加のペースに追い付いていない。加えてコロナ禍で牛肉消費が減ったことにより、副産物であるヌレ子(雄の子牛)価格がここ数年低迷し、個体販売収入が実に7割減となっている実態も報告されている。牛乳・乳製品の消費減で生産抑制が行われ、酪農家は収入減を余儀なくされた。日本の酪農史上最悪の「トリプルショック」であり、これが1万戸割れにつながったと言える。
(2)牛乳ショックの経緯
発端は、14年にバター不足が問題になり国が増産を求めたことにある。増産を促すためにクラスター事業を打ち出して、規模拡大による生乳生産量の増加を促した。酪農家は乳牛の数を増やし、数年後には生産量が増加に転じ始めた矢先に新型コロナウイルス感染症が拡大。休校により給食用の牛乳の他、外食や観光需要が減った影響で生乳の供給が過剰となった。
乳業メーカーでは、日持ちのしない生乳を保存が利く「脱脂粉乳」に加工することで対応するものの、全国の脱脂粉乳の在庫は22年に過去最高の水準になった。北海道の酪農家の一部では、生乳の生産量を減らすよう農協等から求められ、涙ながらに生乳の廃棄処分をせざるを得ない事態が起きた。
そんな中、国は生乳の需給ギャップを解消しようと緊急支援事業を発表した。これは、生乳の生産抑制のため牛を早期淘汰(処分)した場合、1頭当たり15万円の助成金を国が交付するというもの。これには、酪農家の怒りが頂点に達した。
加えて、牛が乳を出すためには継続的に子牛を産ませる必要がある。メスの子牛の多くは乳牛として育てられるが、ヌレ子は肉牛として畜産農家に売られ酪農家の収入の柱の一つとなっている。しかし、大量のエサを与えて牛を育てる畜産農家も飼料の高騰で経営が苦しく、ヌレ子等を買い控えることから、牛そのものの価格も暴落した。22年5月の時点でヌレ子1頭あたり平均約13万円で買い取られていたが、9月には約1万3000円までに低下。
種付けから出荷までにかかった経費は5万円程度を要する。ヌレ子1頭当たり500円も珍しくはなく、そもそも市場に出すことのできないヌレ子は淘汰(殺処分)されているのが実態だ。
(3)構造的な問題
日本の酪農は、ある程度自給飼料が生産でき、加工向け生乳生産を主とする北海道と、購入飼料が多く、飲用向け生乳生産を主とする都府県に分けられる。輸入飼料高騰が経営に及ぼす影響は都府県の方が大きく、戸数減のペースは速かった。これまでは安い飼料が輸入できることを前提としてきたが、それも現在は崩れている。多くの酪農家は「搾れば搾るほど赤字」と悲鳴を上げ、離農や酪農から肉牛などへ転換した。政府は飼料代の補塡など経営を支援する事業を展開してきたが、それも今年度は措置されず離農を防ぎきれなかった。
北海道でも辞め時を考えていた生産者が、これを機に決断することが増えている。この10年で約1700戸の酪農家が経営を中止し、特に22年度以降、離農戸数が高止まりしている。道がまとめた24年2月1日時点の生乳出荷戸数は4600戸。これが10月末時点では4338戸まで減少している。
特に飼料高騰が直撃したのは大規模経営の酪農家だ。クラスター事業等で牛を増頭したからといって、農地を増やせるわけではないため輸入飼料の購入が増え経営を圧迫。大規模設備の費用返済もあり、存続の危機に陥っている。
中酪が酪農家に実施した調査によると、現在(24年)の酪農経営環境を「悪い」と回答した割合は8割強に上った。9月の牧場経営について、6割が赤字と危機的状況にあり、全体の5割近くは離農を検討しているという。
酪農家の離農に加え、昨年度まで2年間続いた生産抑制からの回復は簡単ではなく、後継牛も不足している。Jミルクが9月に公表した4~7月の乳用雌牛の出生頭数は、北海道が前年同月比5%減、都府県が同9%減といずれも前年を下回って推移。2025年度以降は生乳生産の主力となる2~4歳の頭数減少を見通している。
北海道においても、今後、抑制前の生乳目標数量に向けて順調に増産できるか見通せてはいない。施設や機械などの投資費用が物価高で上昇しており、離脱した生産者分の生乳生産量を補う動きは停滞していると指摘されている。
日本の23年度の生乳供給量は約728万トンだが、27年度には700万トンを割る予測もある。飲用向けが足りても、乳製品向けは将来的には需要を賄えなくなり、今以上に輸入に頼らざるを得ない状況が訪れると危惧されている。
(4)持続可能な酪農のために
ある酪農家は、「世界一高いコストをかけて、安い乳価で生乳を生産する日本の酪農は慈善事業ではない。そう遠くない時期に日本にも食料危機が訪れると思われる。安い海外の食料を輸入すればよい時代は終わった。よって、乳価を含めて、農産物の大幅な値上げをしなければ、日本の農業は消えてしまう」と言う。まさにその通りである。生乳1㎏当たり50円の乳価値上げを行えば、酪農家は夢と希望をもって営農に取り組めるし、従業員にも高い給料を支払うことができる。
今年の加工原料乳生産者補給金は、11・67円/㎏から11・90円/㎏とわずか0・23円のアップ。家族経営の平均的な酪農家でいけば、約16万円(1頭当たり10t×70頭×0・23円=16万1000円)の収入アップにつながるものの、資料や生産資材の高騰の中、この金額では全く話にならない。
「北海道にはね、昔、牛がいたんだよ」「そして、その牛からミルクを搾る酪農という仕事があったんだよ」、そんな声が10年後の日本の街角から聞こえてくると指摘されている。もし、北海道から酪農が消えるようなことがあったら、道東や道北などの酪農が地域の産業の中心となっている地域はどうなるのであろうか。酪農という一つの産業がなくなるだけではなく、他の産業にも大きな影響を与え、地域コミュニティーは失われ、地域が崩壊するといっても過言ではない。
世界の人口増加、異常気象に紛争など、今後ますます食料は高騰し、不足することが容易に想像でき、とても輸入に頼れる状況でなくなることは確実である。今こそ真剣に酪農を含めた日本の農業をどのように守るかを考える瀬戸際に来ている。
【規模別酪農所得の推移】(単位:万円)
搾乳牛頭数 | 2019年 | 2022年 |
平均 | 1011万円 | -49万円 |
50頭未満 | 515万円 | 65万円 |
50~100頭未満 | 1084万円 | 419万円 |
100~200頭 | 1513万円 | -492万円 |
200頭以上 | 6890万円 | -2067万円 |