一部だけが潤う社会でいいのか
前JA福島中央会会長 菅野 孝志さん
40年ぶりの米価上昇
僕のところも9月末から本格的に稲刈りをやっています。天気が続けばあと5、6日で終わるかな。稲刈りと総選挙の応援で大忙しの毎日です。
最近の米をめぐる動きですが、福島のコシヒカリは去年は1俵(60㎏)1万2000円前後だったのに、9月初めには1万7800円に上がりました。10月に入ったらJAグループでも米が集まらないような懸念が出てきたんですね。民間業者が2万円とか2万1千円とかで買い集めているので、県下のJAも慌てて2万円で足並みをそろえたわけです。2万円なんて40年ぶりです(その後も低温多雨等による一過性で高い年はありましたが)。
これまで米価は下がりっぱなしで、米作りはもう完全に未来はないという感じです。米価は2万円以上でないと農家は続けられませんよ。小さな農家はもう農業にへばりついていられないんです。田んぼの機械にしても、田植え機、トラクター、乾燥機、コンバインを含めたら、1000万~2000万円かかっちゃうわけですから。
日本の農業はもう元には戻らないでしょうね。小さな農家は間違いなく離農するか、田んぼを誰かに任せることになると思います。僕は共同出資してつくった「松川アグリ農産」という会社の社長もやっているんですが、その受け皿がわれわれのような会社であったり、家族経営で30町歩とか40町歩やるような農家だったりするんです。そういう人たちが米作りを支える状況になっていることは間違いない。今回の価格水準は、「お米もしっかり作っていかなくちゃいかんな」という意識に、もう一度原点に戻したんじゃないかな。
分断されている消費者と農家
農業問題は本来、消費者と僕たち生産者が分断されるべきではなくて、連携して一緒に考えていかなければいけない問題ですよね。農業の生産材が値上がりするなかで、「永続的な経営をするためにはこのくらいの価格体系が必要です」ということを国民に知ってもらうことも大事なんじゃないかな。
JAグループも農業を維持できる価格体系を要求しています。ところが米の価格が農家の要求で上がったとなると、これが生産者と消費者の分断に使われてしまう。そうじゃないでしょう。何でこういう価格になっているのか、必要なのか、国が消費者である国民に知らせていくべきなんですね。
「米が高い」とよく聞きますが、茶碗1杯のお米の値段は40円ぐらいで、パンに比べても高くない。僕は弁当がワンコインの500円で食べられることがおかしいと思うんです。安ければいいのか。外国だともっと高いですよ。
米を高いと思わせるような、今の経済政策なり所得政策が問題ですよ。米価をもっと上げて、国民所得を米価に見合う水準に上げていくという視点が欠落してるんじゃないですか。安い米が低所得者層を増やす、賃金を抑える手段にもなっているわけですから。企業側から見ると米が安ければ、賃金も低くできる。その構造の中で、カネを持ってる人はどんどん裕福になっていく。そこが問題です。賃金体系とか所得の問題が理不尽すぎるんじゃないですか。
国は国民の食料を守れ
多くの国民は「自分の食料をどう確保するのか」という意識がないように見えますね。店舗が倉庫や冷蔵庫代わりなんでしょうか。もうちょっと意識としてもっていないと危うくないですか。農家は考えていますよ。
1973年の石油ショックのときは店頭からモノがなくなってパニックになってしまったけど、今夏は店頭からいっせいに米がなくなりました。日本人はマスコミにすぐ踊らされる面もありますが、そういう日本人の行動パターンに危うさみたいなものを感じます。
その危うさは政治や経済活動にも感じます。今回の米不足、南海トラフ問題、能登の地震とか水害を見ても、食料の備えがあまりにもお粗末。とりわけ日本人の主食である米は、国がしっかりと手当てすべきなんですね。食糧法にも米穀を確保することが第1条に入っていますよ。
ところが国にはその意識があまりないようだ。わざわざ田んぼをつぶして別なものを作ったりね。田んぼではちゃんとお米を作って、畑では畑の作物を作る。それが当たり前。どうしても足りないと思われる畜産飼料とかトウモロコシとか小麦とかには、所得を賄えるような政策がないと。民間が勝手にやりなさいという問題ではないと思うんですね。国がしっかり方針を出してやるべきでしょう。
日本には底力があるはず
日本の本当の意味での「元気」というのは、第一次産業、第二次産業、第三次産業まで含めた国のしっかりした目標みたいなものがないと出てこないと思うんです。今の政府なり自民党も野党もそれを出せていないです。
その結果、日本の技術や子供たちの教育の問題にしても、OECDの統計でも日本は一番下にいるじゃないですか。GDPでもいずれインドに抜かれて5位とか6位になっちゃう。そんなことをわれわれは想像してたんだろうか。
日本はもっとすごい底力があるはずなのに、生かしきれていないんじゃないですか。結局みんながウィンウィンにはならないで、一部の人たちだけが潤っている気がするんだよね。
会社経営でも、内部留保は再投資のためならいいけれどもそうなってない。経営者もみんな雇われ社長で、出資している資本家のためにどう高利回りの配当をするかということしか考えてない。会社をどういう会社にして、日本社会や国民に貢献していくのかが、本来の会社のガバナンスであるべきでしょう。国も会社もしっかりした理念がないと駄目なんです。
石破首相に期待すること
石破さんは農林水産大臣やっているときに福島に来て、鳥獣害対策のために一緒に山に入ったことがあるんです。石破さんは「地方創生」で地域産業である農業を活気づけなくちゃいかんと言っていますね。具体的なところでは課題がたくさんあったとしても、僕はその部分では非常に期待しています。
自民党の総裁選で高市さんが決戦投票に残ったでしょう。あの時「これは石破さんが勝った」と思ったんですよ。高市さんが考えていることはあまりにも危険を感じる。あれだと日本がどこかと戦争でも起こしそうな感じになっちゃうな。外交ではある意味で穏やかさが必要。アメリカも中国、台湾もみんな大切で、どう渡りをつけていくか。中途半端だって言われるかもしれんけど、そういうのは大切だと思うな。
いまの政治はどういう日本をつくっていくのか、そこがいまいち見えてこないですよね。石破さんにはそこを期待したいと思ってはいるんですが。何でもそうだけどトップになるとね、自分の思っていることのほとんど8割くらいを殺すようになるんじゃないですかね。
本気になって日本という国を考えて、こうだということをはっきり示す。自分がずっと言ってきたことを曲げちゃいかんですよね。どれだけ突っぱねることができるか。石破さんには「あなたが本気になってやらないと駄目だよ」って言いたいね。