TSMC進出で問題噴出

農林水産業を基礎に、
熊本の持続可能な将来をめざそう

広範な国民連合・熊本事務局 渡邉 浩

 TSMC(台湾積体電路製造)が進出したのは、熊本市に隣接する人口4万5千人の菊陽町である。かつては、農業を中心にベッドタウンとして発展してきた町だが、1988年にセミコンテクノパークが造られ、ソニーや東京エレクトロンが進出し、半導体関連の工場が集まり、県内では数少ない人口が増えている町である。そこに、巨大なTSMCが来て、地域は激変している。
 TSMCの熊本工場は、今年2月に完成し、年末に量産を開始する。4月には、すぐ隣の32‌haの敷地に第2工場建設が決まり、2027年までに操業予定となっている。さらに、木村県知事は、TSMCに第3工場設置も要請している。日本でのTSMCの最大顧客であるソニーも、今ある工場のすぐ近くに36‌haの第2工場の建設を始めた。東京エレクトロンも工場を増設している。
 TSMCの第1、第2工場だけで、約3兆円。関連企業の進出や道路などのインフラ整備を含め、最終的には10兆円に及ぶ経済効果といわれ、県の政財界は「100年に一度のチャンス」と熱狂し、一目散に突っ走っている。県や周辺市町は、企業誘致をさらに促進しようと、あちこちで工業団地の造成を始めた。そのために、広大な農地が買い取られる大変な事態が起こっている。今わかっているだけでも十数カ所、数百haにも及ぶ農地がつぶされようとしている。
 また、地下水の枯渇や汚染への不安も広がっている。地価の高騰や交通渋滞がもたらす住民生活への影響も深刻となっている。人手不足、人件費高騰で、中小・零細企業経営への悪影響も引き起こされている。

優先される工業、
しわ寄せは農業に

 TSMCが進出したこの地域は、県内有数の農業地帯である。菊陽町を含む菊池地域は、畜産、水田、露地野菜、施設園芸とさまざまな農産物を作っている。JA菊池は県内最大の農協である。この地域に、次から次へと大工場ができることで、農家の経営が脅かされている。
 現在、セミコンテクノパークには約1万人が働き、通勤する車で交通渋滞が発生していたが、工事関係車両の大量の増加でさらに渋滞がひどくなり、農家が作業の現場に行くのにも支障となっている。
 最も深刻なのは、工場用地や宅地などに農地が取られる事態だ。2021年のTSMC進出決定以降、菊池地域(菊陽町、大津町、菊池市、合志市)だけで、164haの農地が転用された。
 また、土地を借りて、牛の飼料作物を作っていた農家や、野菜を作っていた農家が、地主から土地の返還を求められる事態が相次いでいる。県の発表では、去年6月から今年4月までに、菊池地域で58農家から84‌haの農地の賃貸解除の相談があった。45件が畜産や酪農家からの飼料用作物の代替地の相談。残りはニンジン、カンショの栽培地についての相談だった。そのうち代替地確保ができたのはわずか2haだ。

農地確保を農水省に要請

 ある酪農家に話を聞いたが、「自分の畑と、借りている畑の、合わせて7haの農地で飼料作物を作って、少しでも自給したいと頑張ってきた。輸入飼料やさまざまな資材が値上がりするなかで、ぎりぎりの努力をしている。そこに町が工業団地を造るので畑を売ってくれと言ってきた。飼料作物を育てると同時に、牛の堆肥の散布のために、すぐにも代替地が必要だが、県のいろんな部署に相談に行っても、対応はバラバラでらちが明かない」と語ってくれた。
 こうした深刻な事態に、菊池農政連は「農地の売買が進み、持続的な農業経営が不安な状況」だと、農地の確保を農水省に要請した。また、関係する20の団体が、「熊本県農業と半導体関連産業等の共存共栄に関する研究会」を立ち上げ、「農地確保」を県に要望した。
 これらは農家の当然の要求で、県や国は直ちに十分な対応をすべきである。ところが県はこれまで、逆に農地の転用を促進するために、手続きの「円滑化」を進めてきている。とんでもない話である。

地下水への不安

 地下水が枯渇するのではないかという不安も大きい。熊本地域(4市7町)は生活や産業用水のほぼ100%を地下水で賄っている。進出したTSMCは年間310万トンの水を使う。これは生活用水も含めた地域の総使用量の2%、産業用水の13%に当たる。一つの工場でこれだけの使用量だから、次々と新たな企業進出や設備投資が行われている現状では、先行きは非常に不安だ。
 県は地下水対策として、水田に水をためて地下に浸透させる、「地下水涵養」を促進する計画だ。これはこれまでもやってきた事業だが、コメの作付けとコメ農家が減って、参加する農家は、10年間で500人から300人に減っている。小さな努力も大切なのは当然だが、農業政策全体を見直し、稲作で生活できる農業にして、作付けを増やすしか大きな効果は見込めないのではないだろうか。

農業と自然を守ることを第一に

 日本も熊本も、農業の現状はまさに危機的である。国の食料自給率の低さはたびたび指摘されるが、農業産出額で全国5位の農業県である熊本でさえ、自給率は6割に満たない。驚くほどの事態だ。
 この30年(1990年から2020年)の熊本の農業を数字で見てみる。耕地面積は14万‌haから11万‌haに減少。基幹的従業者数は1万1000人から5000人と半減以下、しかも65歳以上(高齢化率)は、25%から60%になっている。耕作放棄地は7千haから1万2500‌haに増加した。こうした深刻な現状のなかで、多くの農家が必死に頑張って日本と熊本の食料を支えている。
 最近、人口戦略会議が「消滅可能性」自治体を公表した。熊本県内45市町村のうち、18市町村が「消滅可能性」に挙げられた。指摘された18市町村のうち12市町村が県南地域で、その多くは中山間地域である。熊本県の南北格差は長年、県政の重要課題と言われてきたが、一向に有効な手が打たれていない。また、残りの6町村は、県北と県央の中山間地域である。これら県内の中山間地に人口の4分の1の40万人が生活している。
 耕作放棄地が増え鳥獣の被害が増える中山間地をどうするのか。あと10年すれば地域が崩壊してしまうのではと誰もが感じている。地域の生活も自然も失われてしまう事態を防ぐには、基礎的産業の農業の再生こそ第一の課題である。

熊本の将来のために

 過熱する最近の事態は、まるで企業誘致がすべてでもあるかのように、無計画に進められ、農業や環境に悪影響をもたらそうとしている。かつての新産業都市計画、テクノポリス構想、リゾート開発などを思い起こせば、さまざまな問題を生んできた事実がある。
 県内では今、食料自給率を高めようという運動や、地産地消を進める運動、学校給食無償化や有機農業との連携、農福連携、生産者と消費者をつなぐ新たな流れをつくる動き、食の安全などへの関心が高まっている。
 大企業の誘致最優先ではなく、地域経済の基礎としての農林水産業を思い切って支援し、再生させ、地元の中小企業や自営業などと共同して、地域経済のバランスある発展、熊本の持続可能な将来をめざそう。

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