続・石破茂氏の防衛論
ジャーナリスト 高野 孟
本稿は、高野孟さん主宰のINSIDER No.1195 23/02/27に掲載された、石破茂さんの「サンデー毎日」3月5日号でのインタビューの論点を紹介したものである。「続」とあるように、高野さんはINSIDERの前号で、石破茂さんの衆院予算委員会での質問を詳論している(INSIDER https://www.mag2.com/m/0001353170)。なお、見出しは元のママ。再録に際して誌面の都合上編集部の責任で若干割愛している。
軍部の組織防衛に引きずられるな
石破は要旨次のように言う。
▼中国の軍拡は確かに懸念事項ではあるが、我が国もまた軍事大国であってはならないし、防衛力は節度を持って整備されるべきだ。軍の組織維持が自己目的化して痛い目に遭ったことが我が国にはある。ここは歴史に学ばなければならない。
▼米国と戦って日本は勝てるのか、「総力戦研究所」がシミュレーションした結果、総力戦になると必ず負けるという結果が出た。にもかかわらず戦争に突入してその予測通りになった。〔その裏には〕陸海軍それぞれの組織防衛があった。
▼海軍からすれば戦艦「大和」は完成寸前だったし、「武蔵」は長崎で建造中だった。米国と戦争できないならそんな海軍には予算をやれない、陸軍もソ連と戦争できないならそんな陸軍に予算はいらない、となった。予算確保という個々のセクションの部分最適が、総力戦では勝てるわけがないという全体最適を大きく歪める結果となった。政治もメディアも止めなかった……。
これは全くもって今日的な問題で、冷戦が終わってソ連の脅威が事実上消滅し、それ以外に日本に向かって大規模上陸侵攻して来るような国は存在しないことが誰の目にも明らかになったことで、陸上自衛隊の存在意義は著しく減退した。
それで困った陸自が、本誌がしばしば指摘してきたように、北朝鮮崩壊で武装難民が離島に押し寄せるとか、中国の漁民に偽装した海上民兵が尖閣諸島を盗みに来るとか、台湾有事になれば即座に日本有事だとか、あれこれ空想を膨らませてマンガ的な架空話をデッチ上げ、組織の温存と予算の獲得に狂奔してきた。が、政治もメディアもそれを止めることが出来ないというのが、昔も今も変わらぬ光景である。このようにしてこの国は道を誤って行くのである。
防衛予算の内容を議論せよ
石破は「サンデー毎日」でこうも語る。
▼共産党を除き野党も質問の冒頭に「防衛費の増額には基本的に賛成」などと言うものだから、迫力がなく、議論も深まらない。日本を取り巻く安全保障環境がかつてないほどに悪化している、という評価には同意するが、それがどういう分析に基づくものなのか、精緻な議論を期待していただけに残念でならない。
▼安保環境は確かに変わった。……ロシアがウクライナを侵略した。北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、……中国の軍拡は留まるところを知らない。ただ、今日のウクライナは明日の日本だとか、台湾有事が急迫しているとか簡単に言うべきではない。その前に外交がどこまで尽くされているかを徹底議論、検証すべきだ。
▼日中関係も今回の安保政策の大転換の背景として台湾有事を念頭に置くのであれば、それを意識した外交をむしろ積極的に行い、日中関係を前進させるべきだ。二階俊博先生には、中国から信頼される数少ない政治家として、かつ、自民党の派閥の領袖であり、幹事長を長らく務めた実力者として、日中の関係改善に向けた道筋をつけてもらいたい。
▼この期に及んでも、親中派とか媚中派とかレッテルを張って、異端視する雰囲気が自民党内にあるのだとすれば、極めて憂慮すべきだ……。
立憲民主党が、防衛費増額や敵基地先制攻撃力の取得について「条件付き賛成」のようなことを言っているのは全く無責任極まりない逃げの姿勢で、その流れを作り出したのは枝野幸男=前代表の著書『枝野ビジョン』の誤謬にある(日刊ゲンダイのコラムで指摘 https://bit.ly/3KXnAf9)。
これでは石破に「だから、迫力がなく議論も深まらない」と言われても仕方がない。
しかし私は、石破も含めてほとんど誰もが自明の理であるかに繰り返す「日本をめぐる安保環境がかつてなく悪化」とか「ますます厳しくなっている」とかの言い方には賛成しない。あれもこれも一緒にして「怖い」という感情を煽るようなことは〝脅威〟を論じる場合に絶対にしてはならないことで、中国の軍拡や北朝鮮のミサイル開発やロシアのウクライナ侵攻が、それぞれにどういう戦略的な意図の交錯の下に仕組まれているのか、そのそれぞれの場合にどういう戦術的選択の可能性があってそのどれがどう実行された場合に日本にいかなる危険をもたらしうるのかは、理性に従って、声高にではなく、それこそ「精緻な議論」を通じて、積み上げる必要がある。
その上で、あくまで外交を重視すべきだとの石破の意見には賛成である。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」とはクラウゼビッツの有名な定義だが、これは間違いで「戦争とは政治の失敗を取り繕おうとする破れかぶれの手段である」と言うべきだという人もいるくらいで、戦争に訴えるなど愚の骨頂、何事も外交による話し合いで解決できればそれに越したことはないという常識が罷り通る世界にしなければならない。
トマホークの能力は20年前から疑問
石破はさらに、岸田が計画するトマホーク500発を2000億円超で米国から購入する馬鹿げた案についてこう言っている。
▼20年前に防衛庁長官として、敵基地(当時は策源地)攻撃能力を持つとすれば、トマホークが考えられるが、速度が遅いので疑問なしとしない、という答弁をしている。……要は飛行機と同じだ。翼による揚力で飛ぶので、時速は850キロまでしか出ない。遠くまで飛ばそうと思ったら燃料を多く積むので弾丸の量が限られる。遅いし、破壊力も乏しいし、高高度を飛ぶわけではないから撃墜される危険性も相当ある。
▼ここは白紙的に議論して、弾道ミサイルの保有についても真剣に検討すべきだ……。
石破が主に問題にしているのは、速度の問題。まさしく「飛行機と同じ」でジェットターボファン・エンジンで推進し「翼による揚力で飛ぶ」ので、「時速850キロまで」(最新のもので880キロ)。確かに撃ち落とされても仕方がない。だから、やるなら「弾道ミサイルの保有」しかないと石破は言う。
私はトマホークにせよ短距離ミサイルにせよ、敵基地先制攻撃能力など保有すべきでないという立場なのでこの比較に意味を見いださない。もっと言えば、私は「核抑止力」を含む「抑止力」という観念そのものに反対で、なぜならそれは相手の能力と意図を邪推し合う疑心暗鬼の心理ゲームであるが故に、際限のない軍拡競争を駆動せざるを得ないという本質的な一般論に加えて、とりわけ日本の場合は憲法9条において「武力の行使」のみならずそれに直結しかねない「武力による威嚇」さえも禁じていて抑止力はまさに武力による威嚇で、他国ではともかく日本では、違憲であるというローカルな特殊論が加わるためである。
ちなみに、この「トマホーク500発購入」という途方もない計画は、26年度に運用開始予定の国産ミサイル「12式地対艦誘導弾・能力向上型」陸上発射型、27年度の同艦上発射型及び空中発射型の配備までの繫ぎと位置付けられているらしい。そしてさらにその先の「30年目処」には「国産の極超音速ミサイル」も展望されている。
香田洋二=元自衛艦隊司令官が「12式地対艦誘導弾」について、「全長、直径ともトマホークの2倍程度の大きさになり、これでは世界一簡単に撃ち落とされるミサイルになってしまう」、こんなものをこれから開発するのは「あえていうなら、それはばくちです」と吐き捨てている(毎日新聞2月19日)。
香田のような第一級の軍人OBがここまで言葉を荒らげなければならないほど、岸田大軍拡は日本を誤らせようとしているのである。