台湾半導体企業(TSMC)の熊本進出と「台湾有事」
熊本県議会議員 西 聖一
熊本県では、昨年11月に半導体受託生産の世界最大手の台湾企業TSMCの熊本県での2024年操業開始発表を受けて、産官学連携の体制整備を行うなど積極的な取り組みを急ピッチで行っている。
これまでも、疲弊する地方の自治体にとって、企業誘致による経済の活性化は大きな施策の柱の一つとなっていた。今回のTSMCの進出は、これまでにないビッグチャンスと受け止められ、工場建設地の菊陽町だけではなく、周辺自治体もこぞって取り組みを進めるなど、波及効果の最大化を目指して動きだしている。
この台湾企業TSMC進出の概要を具体的に紹介すると、本県の菊陽町ですでに稼働しているソニーグループとTSMCの合弁会社ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング㈱が建設する新工場に当初約8000億円としていた投資額に、さらに1800億円を積み増して、1兆円規模の投資を行う。そのうち約半分の3500億円に国の補助金が充てられる。
また、これに合わせて、大手自動車部品製造のデンソーが新会社に400億円を出資し、車専用の半導体の安定調達につなげる意向を表明。新工場では回路線幅22~28ナノメートルに加え、より性能の高い12~16ナノメートルのロジック半導体を生産、生産能力を月4万5千枚から5万3千枚に生産能力を高める。
そのため合弁会社では、雇用人数を当初の1500人程度から1700人に増員を行って生産能力拡大に備えるということを発表した。県では地元の若者雇用対策のために、大学等と連携して人材育成を図るという流れとなっている。
熊本県の蒲島知事は、一連の取り組みにより、日本のシリコンバレーを目指し、安定した半導体供給基地をつくることで、日本の「経済安全保障の一翼を担う」と意気揚々たる発言を議会でも行い、県庁内には部局を超えた横断的な受け入れ協議会が設置、経済界、大学・高専等の学界も一緒になって、このプロジェクトを進める体制となっている。
日中関係安定こそ経済安全保障だ
これらの動きは、県の経済活性化のビッグチャンス的取り組みであり、歓迎はしているが、あまりにも前のめりであることに、少し危惧を感じている。
そのことを何点か指摘したい。
1点目は、この企業が台湾でなく、アメリカや中国の企業の場合でも、このように受け入れを歓迎したのであろうかということである。本県は、かつて宮崎滔天が蔣介石を助けた歴史もあり、古くから台湾とは、親密な関係性をもっている。台湾地震の際には熊本県から、また6年前の熊本地震の際には台湾から義援金を送り合うなどの姉妹友好提携都市関係にある。その台湾から企業進出があっても不思議はないのだが、さまざまな海外の企業が日本に進出をしている中で、今回のように国・県を挙げて受け入れに盛り上がっている事例はあまり聞いたことがない。
2点目は、この企業進出に合わせたかのように、政府は国内に企業進出する外国企業に対する補助金制度(令和3年度7000億円の予算規模)を策定している。この補助金制度は、「経済の安全保障」という謳い文句で新たにつくられている。日本国民の税金は国民のために使用するべきだと思うが、海外企業のために補助金を支出することはいかがなものか。(この点は、カジノ誘致の事案もあることや、これまでも海外での経済協力に税金が投じられていることからすれば問題がないのかもしれない。また、現在、半導体の不足が自動車産業をはじめさまざまな電化製品に影響を与えていることから、半導体企業への政府支援は現在必要な施策でもあることは間違いないが)
そして私が最も憂慮する3点目は、「台湾有事」が起きれば、台湾からの避難民を真っ先に受け入れなければならない道筋をつくってしまったことであり、今後の日中関係を複雑にしてしまうのではないかという点である。
今、ロシア・ウクライナの戦闘結果が大変悲惨な状況になっていることは、ご存じのとおりであるが、この紛争の背景は中国と台湾に存在している背景と重なる。
また、人道的支援のためウクライナの避難民を現政府は積極的に受け入れるとしているが、難民の受け入れではなくて準難民として受け入れることを表明した。
このことを鑑みれば、台湾有事が起これば、熊本県は真っ先に台湾からの避難民を受け入れなければならないことになるであろうし、準難民ではなくまさに難民受け入れの地として対応をとることになると考える。
冒頭述べたとおり、本県はTSMC受け入れ態勢整備を行っているが、その一つに、企業関係者や家族も含めた宿舎等の確保も進めている。台湾有事になれば、当然、それを利用して避難民が熊本を目指してくることになるだろう。
私自身、それは人道支援のために当然のこととして受け止めているが、残念ながら反中・反韓・反北朝鮮を唱えるヘイト集団は国内各地に存在している。
台湾から避難してくる方も、元は中国人であるし、台湾が中国と併合すれば、台湾企業は結果的に中国企業になると考えれば、ヘイト集団がそれをすんなり認めるのだろうか。朝鮮蔑視のような対立構造が、県内に生じるのではないだろうか。
日中台関係については、残念ながら、現政府は、アメリカと一体となって、中国の台湾統一を阻止するため、南西諸島にミサイル基地を建設し、台湾支援の軍事増強を図っている。
昨年までの国民の論調は、中国との紛争やむなしが幾分強かったように感じていた。しかし、今年に入って、ロシア・ウクライナ紛争の映像を目の当たりにした国民は、戦争は絶対避けるべきという判断のもと、中国との紛争は避けるべきだという論調が強くなってきているのではないかと感じている。このような中にあって、台湾「独立支援」のために、中国と戦うことを日本政府は選択するのだろうか。
さらに、「国連やアメリカに頼っては日本を守れない。日本の軍備増強、それを担う自衛隊を憲法に明記すべき」という論調も強まっている。平和を守るための議論は否定しないが、軍備増強は際限がなく、国民がどれだけ犠牲になるかをしっかり議論するべきである。
これらのことを考えれば、私は対中国に関しては、友好関係を築いてこそ日本の平和が守れる、いたずらに台湾だけへの支援を行っていては中国の反感を買うことになってしまうのではないかと考える。
折しも今年は、日中国交正常化50周年の節目の年である。まさに、これからの日中間の平和を継続するために、これを成功させることが、政府に求められている。この50年間、民間や自治体は交流で互恵関係を築いてきたことを政府はしっかりと認識してもらいたい。本県も広西壮族自治区との姉妹提携、熊本市をはじめとする県内の多くの市町村は中国各都市との姉妹提携を結んでいる。まさに今年は50周年を機にさらに友好を深めていくことが、日中台の相互の互恵関係を保ち、平和を継続していくことになると考える。
いろいろ述べてきたが、今回のTSMCの進出は今後の台湾有事のことも考慮に入れて、地域経済へのハイリターンだけを視野に入れるのではなくリスクも背負うことの認識を持つべきであり、日中台の国際協調を保ちながら、経済発展に結び付けるようにして取り組んでいかなければならないと私は考えている。