中国にとってはもはや
どうやって米国を超克するかが問題ではない
東京大学社会科学研究所教授 丸川 知雄
アメリカ傾斜を強めた日本のメディア
アメリカでバイデン新政権が発足してから、日本の主流メディアの中国に関する論調が変化した。アメリカはトランプ政権時代から中国への攻撃を続けてきたが、トランプ時代には、日本のメディアはアメリカの立場から距離を置いていた。中国からの広範な輸入品に対して関税を上乗せするアメリカの措置はWTOのルールに反しているので、日本のメディアは米中貿易戦争の展開をあきれ気味に報じていたし、ポンペイオ国務長官が新疆ウイグル自治区における人権侵害を「ジェノサイド」と呼んだことに対しても必ずしも同調していなかった。
ところが、バイデン政権になって、中国に対するアメリカの攻撃的な姿勢が弱まるどころか、むしろ中国に対する非難と圧力を強めるようになると、日本のメディアの論調はすっかりアメリカ寄りになった。トランプ前大統領の極端な個性に発するとみられていたアメリカの対中政策がバイデン新大統領にほぼ継承されたことによって、まるでそうした政策の正しさが証明されたかのようである。
日本は世界第3位のGDPを有し、地理的にも、経済的にも、国際政治における立場から言っても、まさに米中の狭間に立っている。そうした枢要な位置にある日本が、米中対立が高まるなかで、対立の緩和に動くのではなく、アメリカの尻馬に乗って中国に対する圧力を強化する方向へ動くならば、国際関係の緊張がますます高まる。日本の主流メディアが指し示すこれからの国際関係の方向とは、G7およびクアッド(アメリカ、日本、オーストラリア、インド)によって堅固な中国包囲網を築き、中国に対する圧力を強め、経済的にもデカップリングを進め、中国共産党を屈服させるか、または、中国が窮鼠猫を嚙むがごとく武力を行使する状況に追い込み、そして叩きのめす――。こんなシナリオであろうか。
「中国包囲網」は失敗する
だが、こんなシナリオは絶対に成功しない。このシナリオを遂行することの損失も膨大である。
なぜ成功しないのか。それは現在の中国が東西冷戦期のソ連に比べてはるかに巨大であり、国際社会に深く根を下ろしているからである。1950年時点でアメリカは一国で世界のGDPの29%を占め、ソ連の実質的な経済規模はアメリカの35%、中国はアメリカの17%にすぎなかった。しかし、2021年には中国のGDPはアメリカの76%になる見込みである。中国は30年ごろまでにはGDPでアメリカを上回るであろう。実質的な経済規模では、すでに17年から中国がアメリカを上回っている。
また、中国はすでにアメリカを上回る世界一の貿易大国である。貿易データが得られる世界の213の国や地域のうち、中国との貿易額の方がアメリカとの貿易額より多いのは143カ国・地域に上っている。東西冷戦の時代、東側陣営は世界の貿易のなかでごく小さな比重を占めるにすぎなかった。1950年の時点で共産圏が世界の輸出に占める割合は8%にすぎず、そのうち共産圏内部向けの輸出が5・4%を占めていた。当時、欧米と日本はCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)を結成し、機械などを共産圏に輸出しないよう規制していたが、共産圏の市場を失うことの痛手は限定的だった。
だが、今日の中国は違う。中国は世界全体の輸出の13%を一国で占めている。貿易相手は欧米や日本ばかりでなく、世界中に広がっている。日米が中国とのデカップリングを行ったとしても、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中南米がそれに同調しなければ、世界経済のなかで孤立するのはむしろ日米の側である。
アメリカはかつてのCOCOMを彷彿とさせるように、安全保障上の脅威を口実として、特定の中国企業、すなわちファーウェイなどに対してアメリカ製の部品や技術の輸出を禁止する措置を取っている。ファーウェイに関しては、アメリカの技術を使っている他国の企業の取引行為まで禁じるなど徹底して封じ込めている。ところが、そうした封じ込めのなかでもファーウェイは2020年も引き続き増収増益を実現した。つまり、アメリカ政府が掟破りの攻勢をかけても、ファーウェイを減収に追い込む力さえないのである。アメリカ政府は中国市場に依存する自国のICメーカーをつぶしたくないので、OPPOやシャオミなどファーウェイ以外の中国のスマホメーカーに対する輸出は規制していない。そのため、世界のスマホ市場ではファーウェイのシェアが下がり、その分を他の中国メーカーが埋めた。これが、アメリカ政府が全力を挙げた圧力の「成果」である。
国際関係のなかでの中国とアメリカ
軍事力と国際政治においては、今でもアメリカが中国を圧倒している。アメリカの軍事費は中国の3倍である。米軍は世界中に配備されており、アフガニスタンでも南シナ海でも、世界中の紛争に軍事介入する能力を持っている。中国軍は海外にはジブチに小さな基地を一つ持つのみである。
アメリカはNATO、日本、韓国、イスラエル、オーストラリアなど、世界に軍事同盟のネットワークを張り巡らせている。それに対して、中国が相互防衛義務を定めた条約を結んでいる唯一の同盟国は北朝鮮である。
中国はアメリカに経済力では迫りながらも、軍事力と国際政治において圧倒的な差をつけられている。中国はそうした非対称性を必ず縮めようとするはずだ――。中国の外交に関する日本メディアの報道はこうしたフレームワークに基づいている。
たしかに、世界のGDPの2割強を占めるにすぎないアメリカが、世界の軍事費の36%を支出するという構造には無理がある。トランプ前大統領は日本や韓国に対して軍事費をもっと分担するよう求めたが、それも必然的だと思われる。アメリカが「世界の警察」として振る舞うことへの熱意と能力にかげりがさすなか、経済力を強めた中国がその空隙を埋めることもまた必然的である。しかし、中国が東西冷戦時代のソ連のように、自陣営の拡張に動いているととらえるのは誤りである。
東西冷戦時代のソ連と違って、現在の中国はイデオロギーに基づく外交をしていない。アメリカのバイデン大統領は2021年3月の記者会見で、中国との関係を「民主主義対専制主義の闘い」と表現したが、中国は「専制主義陣営」を率いて欧米の民主主義陣営と対抗しようとしているわけではない。中国の外交の原則は「内政不干渉」である。この原則に基づき、アメリカから制裁を受けているロシアやベネズエラやイランとも付き合うため、あたかも専制主義を支援しているかのように映ってしまう。だが、中国が民政移管後のミャンマーと関係を深めたことが示すように、中国の外交はイデオロギーでは動いていない。
ベネズエラでは1998年に始まったチャベス時代から、反米色を強め、社会主義を標榜するようになった。中国は幅広い分野での建設プロジェクトや2007年以降延べ622億ドルに上る融資によって関係を深めた。ただ、中国の対ベネズエラ関係はビジネスライクなものに終始している。中国は石油によって融資の回収を進めており、2016年以降はベネズエラに対して新規の融資をしていない。つまり、社会主義の同志国だから支援するというのではなく、むしろ政治的、経済的に混迷するベネズエラへの深入りを避けようとしているようである。
ブロックの形成を目指していない中国
NHKは中国の「一帯一路」に言及する時に、その枕ことばとして必ず「中国の巨大経済圏構想」とつけるのが習わしになっている。
たしかに2015年に「一帯一路」構想が初めて提起された時、アメリカがTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を反中国連合のように押し出していたため、中国はそれに対抗するために西に進むのだ、という議論が中国に存在した。しかし、その後「一帯一路」は海と陸のシルクロードのインフラを整備してユーラシア大陸を東西に結ぶ、という当初の構想から異なるものに変質してきた。
2021年1月末時点で、中国が「一帯一路」を共同で建設する協定を結んでいる相手国は世界で140カ国あり、うちアフリカが46カ国、アジアが37カ国、ヨーロッパが27カ国、オセアニアが11カ国、南米が8カ国、北中米が11カ国となっている。これほど広範囲になるともはや「巨大経済圏」を形成する意味を持つはずがない。「一帯一路」は、実質的には中国の経済協力の総称といってよく、協定は中国と相手国の二国間のものであり、相手国同士の経済関係を深める内容を含んでいない。つまり、「一帯一路」には経済圏を形成するメカニズムが備わっていない。
中国は2021年3月に決定した第14次5カ年計画のなかで、「TPP11への参加を真剣に検討する」ことを表明した。中国にとって国有企業に関する協定を含むTPP11に加入することのハードルは高いものの、5カ年計画に書き込んだことに決意の強さが表れている。この表明は、「中国が専制主義陣営を率いて西側に対抗する」というメディアのフレームワークとは矛盾するため、無視されている。もし中国がTPP11加入交渉のテーブルに着けば、日本にとっては中国の体制改革を促すチャンスであるのに、日本はその「絶好球」に手を出そうとしない。
新疆ウイグル自治区の問題
中国が国際政治のなかで信頼を高めることを妨げている最大の問題は、香港、台湾、新疆、チベットなどの問題に対して外部の批判を一切受け付けようとしない独断的な姿勢にある。中国の外交の大原則は内政不干渉であり、その原則は中国が「内政」と見なすこれらの問題に関しても貫かれている。しかし、「自国民は煮て食おうと焼いて食おうと勝手だ」と言わんばかりのその姿勢は、人権状況の改善を目指す国際社会のなかでは理解を得ることが難しい。
新疆ウイグル自治区は面積が日本の4倍以上にも及ぶ広大な地域であるが、1955年時点の人口は487万人で、うち漢民族はわずか30万人だった。新疆では1940年代にウイグルなどトルコ系民族が中国からの独立を目指す動きがあったが、中国はそうした運動がソ連に利用され、新疆をむしり取られることを恐れた。
そこで1950年代より「生産建設兵団」と呼ばれる、国境警備と荒地の開墾を行う準軍事組織を新疆北部に配置していった。入植したのは主に漢民族の人々だったため、北疆は漢民族、南疆はウイグル族という住み分けが生じた。生産建設兵団は草地を大規模な農地に変え、綿花、小麦、トマトなどの大農園にした。新疆では石油や石炭の採掘、石油化学工業なども発展し、内地から多くの人々が移住した。
改革開放後、中国の沿海部が発展すると、内陸部の農民たちは沿海部の工場などに出稼ぎをすることで所得の向上を図るようになったが、新疆のウイグル族はそうした発展の波から取り残された。彼らは言語や宗教や生活習慣の違いのため、工場への出稼ぎに積極的に出ようとはしなかった。
そこで、新疆と沿海部の地方政府とで協定を結んで、ウイグル族を団体で沿海部の工場での労働に送り込むようになった。ただ、2009年に広東省の出稼ぎ先の工場で生じたトラブルが引き金となって、ウルムチでウイグル族と漢族の間で大規模な衝突が生じ、数百人が死亡する事件が起きた。これ以降、ウイグル族の集団出稼ぎはもっぱら女性のみになった。
また、新疆の綿花畑では、綿花の収穫期に綿摘みのために大勢の出稼ぎ労働者が中国の内地からやってきていた。新疆の自治区政府は、ウイグル族住民を貧困から脱却させるために、2016年に綿花畑においてはなるべく自治区内の労働者を雇うようにとの通達を出した。それ以降、南疆では県政府がウイグル族住民を綿摘みの出稼ぎに動員するようになった。
2019年以降、アメリカとオーストラリアのシンクタンクが、ウイグル族の沿海部の工場や綿花畑への出稼ぎ労働を「強制労働」と決めつけるレポートを発表した。それ以来、「ウイグル族の強制労働」が定説化し、欧米諸国が制裁措置を取るに至っている。
だが、現状では強制労働と断ずるには証拠が不十分であり、日本は安易に欧米に同調すべきではない。労働における強制性の有無を判断するには、入職前に仕事の内容や報酬について正しい説明が行われ、本人の自由意思で入職に同意したかどうか、入職後に低賃金で酷使されているといった問題がないかどうか、という2点で判断されるべきである。
第一の点についていえば、「若い女性を出稼ぎに出すことに対して抵抗感のある父親を説得した」といった内容のことが中国の報道にも出てくる。綿摘みの出稼ぎに関しても、県政府が貧困削減のノルマを達成するために、前のめりに動員した可能性もある。要注意ではあるが、「強制」と見なすほどの問題ではないように思う。第二の点についていえば、強制労働だと指弾するレポートでも具体的な酷使の報告はなされていないし、中国側の報道を見てもそのような証拠はない。
「強制労働」の話が独り歩きした結果、欧米の人権団体はウイグル族が働く工場から部品を調達したり、新疆の綿花を使う多国籍企業は非倫理的だと糾弾している。
だが、サプライヤーで低賃金労働などの問題が見つかったので調達を停止するならともかく、単にウイグル族が働いているからとか、新疆産の綿花だから、というだけで取引を停止するのでは、かえってウイグル族を失業へ追いやり、ウイグル族の人権状況の改善に逆行する。
新疆でムスリムの人権が侵害されているのは事実である。私は2003年に新疆のある地方の小学校を訪れた時、壁に「生徒の7つの禁則」という掲示があり、そこには「宗教を信じてはいけないし、宗教活動に参加してもいけない。宗教的色彩のある衣服を着てはいけない。民族の団結や祖国の統一を妨げるような話をしてはいけない」と書かれていた。
中国のこうした圧政に反発して海外へ逃れたウイグル人たちは「東トルキスタン」の独立を主張し、漢民族はそこから出ていけと主張している。しかし、2018年現在、漢族の人口は新疆の総人口の34%に当たる786万人もいる。民族浄化を示唆するそうした恐ろしい主張の先に平和な未来があるとは思えない。
中国が新疆を統治している以上、新疆の人権状況を改善するには中国政府に認識を変えてもらう以外にないのである。中国の圧政が新疆をむしり取られる恐怖に発している以上、圧力を高めることは逆効果にしかならない。
1989年の天安門事件の後、欧米から経済制裁を受けた中国に対し、日本は関与を続けるべきだとしていちはやく制裁解除に動いた。中国が発展すればいずれ民主化するとの期待は外れたものの、当時6・6億人以上いた農村貧困人口は2020年にゼロになり、中国の国民には大きなメリットをもたらした。その延長線上にGDPの米中逆転がある。
経済大国となった中国は、世界経済のガバナンス、気候変動問題への対策、世界の安全保障といった面で応分の責任を果たすべきであろう。中国の視点から見れば、もはやどうやってアメリカを超克するかは問題ではなく、米中逆転の不安定な過渡期をいかに平和的に通過するかが問題である。中国は、自国の発展が他国にとって脅威にならず、世界の平和と発展にとってプラスとなることを示し続けることが求められる。