本稿は「【特集】今、地域で何が進んでいるか」を構成するいくつかの論文の前書であり要旨でもある。
地方の課題を考える
これほど率直な物言いの閣議決定も珍しいのではないか。
安倍政権の看板政策として鳴り物入りで始まった「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の改訂を決定した昨年12月22日の閣議決定(以下、『改訂』)のことである。「最近では、関係者の中で地方創生への熱意が薄れているのではないか」と指摘した。2107年度が5カ年の「総合戦略」の中間年に当たることから、各施策について総点検を実施した結果を踏まえた評価である。この指摘は、官僚たちの、熱意が薄れ地方創生をほとんど口にすることがなくなった安倍首相への当てつけかもしれない。もっとも最初から、安倍首相に「熱意」があったとは思えないが。
現実に、地方の疲弊は目に余るものがある。至るところに耕作放棄地が広がり、猿やイノシシは田畑を越えて地域市街地にまで出没する。人口減少と高齢化社会が広がっている。
閣議決定された『改訂』でも、「経済の好循環が地方において実現しなければ、『人口減少が地域経済の縮小を呼び、地域経済の縮小が人口減少を加速させる』という負のスパイラル(悪循環の連鎖)に陥るリスクが高い。そして、このまま地方が弱体化するならば、地方からの人材流入が続いてきた大都市もいずれ衰退」すると結論付けざるを得なかったほどである。
しかも問題は、「創生総合戦略」に基づいたさまざまな施策も、「2016年時点で東京圏への転入超過数が約12万人規模に上るなど、現時点では各種施策の効果が十分に発現するに至っていない」と評価せざるを得なかったことである。しかも、哀れなことにというべきか「地方創生の根幹的な目標であることから、目標自体の見直しを行うべきではなく」と、議論は目標の見直しまで迫られたほどだったと率直に書いている。
政治の諸矛盾を集中的に表現している人口移動
『改訂』でも示されているが、2016年の東京圏の人口は約3千600万、全人口の約3割が集中。東京圏への人口移動の大半は若年層であり、増加傾向にある。東京圏以外の15~29歳の若者人口は、15年までの15年間で約3割(532万人)、出生数は約2割(17万人)の大幅な減少。他方、東京都は15年間で出生数が24%増加。
大きな問題は、東京圏への転出超過数の多い地方自治体が、政令指定都市や県庁所在市などの中核的な都市が大半を占めていることである。周知のように、中核的都市には、周辺地域から人口が集中している。例えば、福岡市には九州中から9218人が流入し、同時に5801人が東京圏に流失しているのである(14年、「RESAS 地域経済分析システム」による)。福岡県以外の九州各県は著しい人口流失である。食えないのである。
笑止なことに『改訂』では、若者の人口移動対策として「東京23区における大学の定員抑制」を新たに打ち出している。高校を卒業した若者が大学進学で東京へ行ってしまうからだというのだ。ところが、15~19歳で東京都転入者数は約1万5500人だが、20~24歳は4万4000人、25~29歳も1万7500人もいる(14年、RESASデータ)。大学入学とか卒業に関係なく人口移動が起こっており、要するに地方ではちゃんとした仕事がなく飯が食えないからである。だから、こんな対策では焼け石に水にもならない。
他方、東京圏では、東京一極集中の進行により生活環境面で多くの問題と、巨大災害に伴う被害が増大するリスクを指摘する。さらに、今は子育て問題が深刻だが、今後高齢化が急速に進展するとして医療・介護ニーズが増大、東京都では25年に現在の病床数よりも約1・9万床増加が必要、介護では、東京都で25年に約5万人分の施設・居住系サービスの増加が必要になる。この結果、財政も大変だが、医療・介護人材を中心に地方から東京圏への人口流出がいっそう進むと指摘する。
要するに地方も東京圏も持続不可能である。戦後の自民党中心の政治、大企業の利益中心で対米従属の政治の結果にほかならない。そこで本誌では、地域、地方の暮らしの現状と課題について、それぞれの問題意識を3人の方に書いてもらった。
AIを活用した、持続可能な日本の未来に向けた政策提言
一つは、「政策提言――『都市集中型』か『地方分散型』かの選択が最大の分岐点」との政策提言を行った京都大学こころの未来研究センター教授の広井良典氏である。教授は、AIを駆使して「持続可能な日本の未来」に向けた研究をされている。そしてこの時点では、都市集中シナリオでは、「主に都市の企業が主導する技術革新によって、人口の都市への一極集中が進行し、地方は衰退する。出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福感は低下する一方で、政府支出の都市への集中によって政府の財政は持ち直す」と結論付けている。
置賜自給圏推進機構の活動―山形県高畠町での百姓生活50年の主張
二つ目は、山形県置賜地方(米沢市を中心に3市5町)で、コメの減反政策に始まって農業で食えなくなり、有機農業からエネルギーや食糧、林産物など地域の自給的経済発展をめざす運動に取り組む渡部務さんに問題提起をしてもらった。渡部さんは、置賜自給圏推進機構共同代表を務める農民である。「便利さから燃油、電力を大企業に委ねてしまった仕組みから脱却することがこの運動の基本である。地域の稼ぎが、大電力会社や中央に吸い取られる」と論じる。
広井教授は「地域の自律」と言い、渡部さんは「自主自立」を唱える。大賛成である。全国で言うと国の経済自立が課題である。
渡部さんが言う燃油や電力エネルギーの元である原油など鉱物性燃料の輸入額が21兆円強、それに農林水産物が9兆円強。国民が働いた富が、合わせて30兆円も海外に流失し、多くはアメリカ系多国籍メジャー、巨大金融資本に流れる。対米従属政治を打ち破る全国課題と地域課題を結合することが問われている。
EV(電気自動車)化に伴う自動車産業の構造的変化と県民生活への影響
三つ目は、都市部が直面した、ここまでは産業化で発展してきた地域が直面した課題についてである。「EV(電気自動車)化に伴う自動車産業の構造的変化と県民生活への影響について」、中村哲郎氏(広範な国民連合北九州懇談会世話人)に報告してもらった。
広範な国民連合・福岡は、県内のリーディング産業と位置付けられてきた自動車産業がEV化などの影響を大きく受けて地域経済の激変が予想され、県民各層の暮らしに大きな影響が出ると見られることから取り組みを始めている。その準備もあって地域の構造的変化と県民生活への影響についての学習会を開催した。本稿はそこでの報告である。