「第2次アジアの平和と未来をひらく若者訪中団」が9月7日から瀋陽および撫順と北京を訪問した。その感想レポートである。(編集部)
北京大学紅楼で考えたこと
「自分はどう行動するのか」
千葉大学大学院融合理工学府博士前期課程 黒須 正俊
今回の訪中団では、瀋陽・撫順や北京で戦争の歴史を学ぶ多くの施設を訪問した。そのなかでも特に印象に残ったのが北京大学紅楼である。
紅楼は1918年に完成した北京大学の旧校舎であり、新文化運動や五四運動の重要な舞台となった場所である。また、李大釗や陳独秀らが活動し、中国共産党の成立につながるさまざまな思想や運動が育まれた場所でもある。
展示を見学してまず感じたのは、当時の青年や知識人たちが「中国をどう変えるのか」という問いと真剣に向き合っていたことである。民主や科学、新しい文学や教育、女性解放など、中国社会のさまざまな課題が議論されていた。新文化運動は単なる思想運動ではなく、中国社会そのものを変えようとする試みだったことがよく分かった。
こうした動きは1919年の五四運動へとつながっていく。パリ講和会議において山東問題(ドイツの敗戦で植民地支配していた山東半島の扱いが争点となり日本が奪い取ろうとした)が中国の期待に反する形で処理されたことに対し、北京の学生たちは抗議行動に立ち上がった。「外争主権、内除国賊」というスローガンに示されるように、外国勢力による権益侵害に反対すると同時に、自国政府への批判も行っていた。国家の将来を自らの問題として捉え、行動した若者たちの姿がそこにはあった。
「何をするか」を見ている
紅楼の展示を見ながら、私は中国共産党がその後なぜ人民の支持を広げていったのかを考えた。その理由を一つに説明することはできない。しかし、土地問題への対応や抗日運動への参加など、人々の生活や現実の課題に向き合う実践を積み重ねていったことは大きかったのではないか。少なくとも、理念やスローガンだけで人々の支持を得たわけではないだろう。人々は「何を語るか」だけでなく、「何をするか」を見ていたはずである。
「中国をどう変えるのか」という問いに真剣に向き合った人々のなかでも、特に印象に残ったのが李大釗である。彼は日本へ留学し、早稲田大学で学んだ経験を持ちながら、日本政府の対中国政策には反対した。「外国から学ぶこと」と「その国の政策を批判すること」を対立的に捉えず、何が問題なのかを具体的に考えようとする姿勢がそこにはあったように感じた。
五四運動から1世紀以上が過ぎた。しかし、社会の課題について学び、自ら考え、行動した当時の青年たちの姿には、今なお学ぶべきものがある。
では、私たちはこれから何をするのか。答えは一つではない。少なくとも、大きな理念を語るだけで立ち止まるのではなく、自分にできることから始めることが大切ではないだろうか。
歴史を学び現在を見つめ直す
私は幼い頃から地元の平和資料展の運営に関わってきた。今回の訪中で学んだことを、その活動にも生かしていきたい。また、中国で見聞きしたことを周囲の人に伝えることも、自分にできる小さな実践の一つである。
歴史を学ぶことは、過去を振り返るためだけではない。現在の社会を見つめ直し、自分自身がどう行動するのかを考えるためでもある。今回の訪中団と北京大学紅楼への訪問は、私にとって「中国をどう見るか」だけでなく、「自分はどう行動するのか」を考える出発点となった。
