古謝氏の勝因と玉城氏の敗因を考える
沖縄県議会議員 山内 末子

9月13日の投開票日、午後8時の投票締め切りと同時に「古謝ゲンタ」氏の当確の速報が流れた。あまりにも早い結果に誰もが驚きと落胆を隠せなかった。選対を預かる私(選対本部事務局長)は当日午後あたりから「ゼロ打ち」ありうるとのマスコミ情報を受けつつ、逆転を信じて各方面に最後までの取り組みを指示していた。
速報が出て、最初にあいさつをお願いしたのが高良さちか選対本部長(参議院議員)で涙ながらに敗北の責任を謝罪した。
その後にあいさつをした玉城デニー氏は「これが結果というならこれが民意」と冷静に受け止めた。SNSにおける県外からの誹謗中傷・デマの嵐は沖縄への差別であり、有権者の選択にも影響が出たのではないか? とSNSのひどい対応を指摘した。政策では辺野古より経済を重視した県民だが、依然として辺野古工事の反対の声は大きいし、辺野古は絶対にできない。辺野古を造ってしかも那覇空港を差し出すのか? 矛盾のある計画を進めている国に対しそれでは納得しないと県民を代表して主張したことは間違っていないと力強く明言した。そして支えていただいた県民に向けて感謝を表した。最後は元気にカチャーシーを踊り県民を勇気づけ、会場を後にした。
県民からはこの敗北の中、笑顔でカチャーシーを踊るデニーさんへのリスペクト、その人間性を称える声が後を絶たないと同時にやはりそのような人物を勝たせられなかった悔しさが日を追うごとに強くなっている。
勝因、敗因をしっかり分析し陣営の早急な立て直しを図らなければと思う。
古謝氏の得票は42万3124票、一方の玉城氏は27万6060票と約15万票の大差である。古謝氏は42歳、県政史上最高得票、最年少の知事誕生である。この時点での、古謝氏の勝因と玉城氏の敗因を考える。
盤石な組織体制
古謝側は、経済団体が選考から関わり若手起業家が前面に出て物価高に苦しむ県民のくらし・経済の活性化を大きくアピールし支持の幅を広げていった。
「辺野古新基地建設」を容認し国政与野党6党が連携した。
告示直前にもう一人の予定候補者「下地ミキオ」氏と自民党本部が政策協定を結び立候補を取り下げ、古謝支援に回るという沖縄の保守勢力をすべてまとめた。高市総理は「政治基盤を占う重要な選挙」と位置づけ、「できることはすべてやる」と12年ぶりの県政奪還に向けてまさに国家権力総力挙げての選挙になった。
玉城側は組織の弱体化
他方、玉城側では組織の弱体化は2期目当初から顕著になってきていた。翁長知事誕生当時の経済人の離脱、保守系議員の離脱と続き、2年前の県議会議員選挙では少数与党となった。その間の宜野湾市長選挙、沖縄市長選挙、うるま市長選挙、名護市長選挙と、いずれも敗北が続いた。
きわめつきは2月の衆議院総選挙の県内4選挙区すべてでの敗北である。国政野党の離合集散の波は沖縄での大きな打撃となった。公明党が与党離脱し中道党となり2区と3区の現職議員がそこから出馬し、社民党の反発・分裂を巻き起こした。結果は公明議員だけが比例区で当選した。盤石な時代には参議院を含め6人いた国会議員は2人だけとなった。
選挙戦前に社民党県連も陣営に加わり、いのちの党議員、山川仁れいわ前衆議院議員も支持を表明してくれた。が、連合沖縄は国民民主党基軸の組合もあり、前回より活動に重しがかかった。市町村支部も高齢化の波に押されて活動が鈍っている。等々、組織体制の弱体化は危機的状態であった。
経済への期待感を醸し出す
古謝側は、「県政継続」か「県政刷新」かと争点化し、手取りを2倍にするとの公約キャンペーンが功を奏した。物価高騰、全国最低の県民所得などくらしに不安を抱く県民の意識に響いたのは間違いない。だが、円安、エネルギー高騰など日本国民のほとんどが苦しい経済状況が続き国の姿勢こそ問われないといけない情勢である。
県民の苦しさ・緊迫感は、「継続」より古謝側の手取り2倍「刷新」の道を選んだ。
玉城の経済重視は
響かなかった
玉城が提起した政策はこれまでの実績を強調し、それを拡充する現実的・具体的政策を示し、すぐ実現できる経済政策や交通政策、教育福祉の充実展開を強調した。だが県民のくらしの不安は大きく、心には響かなかった。
辺野古問題を口にすれば、デニーは辺野古だけ基地問題だけといわれ、言わなければ後退していると叩かれる。こうしたマスコミの見出しに県民の間に疲労感、閉塞感が漂い変化を求めた選挙になったのではないか?
ネット選挙
古謝陣営は、金と組織力に物を言わせて圧倒的な物量でもってネット戦術を展開した。とりわけデニー陣営への誹謗中傷動画、偽メールは約9割が本土からの発信。中傷動画の再生回数は400万回にも及んだ。デニー叩きの書き込みは若者を中心に広がっていった。半面、古謝陣営のゲンタ広告が期間中24時間流れていた。その発信拡散は若者だけでなく50代までにも広がり、古謝氏の投票行動へ拍車をかけた。
他にも玉城陣営の敗因
修学旅行の高校生が巻き込まれた死亡事故に県政の関与はない。だが、その責任を追及する世論はSNSを通して瞬く間に拡散した。
NHKの出口調査ではこの事故を投票行動に考慮したという人が60%にも及んだという。デニーさんの従来の支持層である母親女性票が流れたのはこの事故の影響がかなり大きいかと推察する。
世代間のギャップも。沖縄戦から81年、復帰から54年が過ぎ戦争の歴史観や復帰後の県民の苦悩は遠くなった。辺野古問題にしても30年の時の流れ、生活の中にある基地の存在をやむなしとする世代も多くなった。
われわれはその世代の人たちに、どのように沖縄の未来を創造するか? 彼らのその声を聴くことができていたか? できていなかったことがこの結果になったと大いに反省しなければならない。
時代の変化を読み取り日常の闘いにも、選挙にも取り組むことができていなかった。
今後の大きな課題である。
「再び戦場とさせない」を全国で共有して
陣営の誰もがデニー人気を確信し、多少の課題があってもなんとか乗り越えられるのではないかと思っていた。すべてをやり切れば負けない選挙だと位置づけ頑張った。しかし、甘い選挙態勢に比べて古謝陣営の用意周到な戦略、巨大な組織体制、SNSの嵐を押し返すにはあまりにも遅かったしあまりにも非力であった。
翁長県政から3期12年、国の言いなりにならない知事を誕生させた県民に対して自民党政権は、アメとむちで弱体化させ、ついに国の言いなりになる知事を誕生させた。
この敗北は政権の反中国の防衛力強化、武装力強化に拍車をかけ「台湾有事」を誘うものだ。沖縄が再び戦場になる日が近づいたといっても過言ではない。
それを止めるにはやはり沖縄だけでなく、日本中全体で危機意識を共有し、団結した闘いが重要だと思う。沖縄から「勝つことはあきらめないこと」というメッセージを送りたい。
結びに、これまでのデニー知事へのご支持ご支援に心より感謝を申し上げます。
