労働・最低生活保障の崩壊と、改善への提言
コロナ災害対策自治体議員の会 共同代表/東京都足立区議会議員 小椋 修平

コロナ後も続く「社会の底抜け」
新型コロナウイルス感染症の拡大から数年が経過し、社会は日常を取り戻しているかのように見える。だが、物価高騰の影響が拍車をかけ、困窮者支援の現場はいまだに野戦病院のような状態が続いている。新宿や池袋などで実施されている食料配布・相談会には、以前は中高年男性を中心に多くても150人程度であった行列が、年々利用者が増加している。現在は800人、900人を超える長蛇の列となり、かつてのような中高年男性のみならず、若者、女性、子連れの親、外国人など多様な人々が食料を求めている。
現在、目の前で起きている「社会の底が抜けた」状態、格差と貧困の拡大は、決して個人の「自己責任」ではない。労働法制の規制緩和による低賃金・不安定雇用の拡大や社会保障の脆弱化という、政治の失政が招いた帰結である。
非正規雇用拡大と貧困
私も相談支援スタッフを務めている「新型コロナ災害緊急アクション」のメール相談フォームには、2020年4月開設からこれまでに5000件を超えるSOSが寄せられた。相談者の大半は20代から50代の現役世代で、そのほぼ全員が非正規雇用で、パート・アルバイト、日雇い派遣、スキマバイト、製造業の寮付き派遣などで働く人である。
この労働環境の激変の背景には、1995年に当時の日経連が発表した『新時代の「日本的経営」』が大きく影響している。企業は終身雇用を前提とした正社員を削減して非正規労働者で補うという経営スタイルに転換し、2001年からの小泉政権下での新自由主義的な経済改革により加速された。専門業務に限定されていた派遣労働が原則自由化され、企業は労働者を安価な「雇用の調整弁」として非正規雇用を急増させた。その結果、30年前はおよそ971万人、20%であった非正規労働者の割合は、現在2128万人、36・3%に達し、女性に限れば約5割が不安定な雇用形態に置かれている。
この非正規雇用の増大が、現役世代の生活基盤を直撃する。派遣法改正を進めた当時の大臣すら後になって「失敗だった」とつぶやくほど、この法改正は雇用の劣化をもたらした。
正規・非正規の深刻な格差
賃金の実態を見ても事態は深刻である。国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」によると、日本の平均年収は460万円で、正社員の平均年収530万円に対して、正社員以外(非正規)はわずか202万円であり、実に328万円もの絶望的な格差が存在する。
低賃金で働く非正規労働者が労働者全体の4割にまで拡大したことが、社会全体の平均的な所得水準を大きく押し下げ、キャリア形成すら困難な貧困層(ワーキングプア)を激増させてきた原因である。
非正規雇用の拡大を止める
貧困問題を根本から解決するためには、非正規雇用の拡大を止めなくてはならない。
第一に、労働者派遣法の抜本的な見直し「派遣労働の原則禁止」である。日雇い派遣は原則禁止されたはずが実際には抜け穴だらけで、現在はスキマバイトに形を変えて生計を立てている人からの相談が後を絶たない。不安定な派遣労働を原則禁止とし、正規雇用を中心とする安定した労働市場へ転換すべきである。
第二に、有期雇用ルールの抜本的見直しと新たな労働規制の適用である。2012年の改正労働契約法により、有期契約が通算5年を超えて反復更新された場合に無期契約に転換できるルールが設けられた。だが、経営者側が無期雇用を避けるために勤続5年を超えさせずに「雇い止め」をするという副作用が一部で現れ始めている。また、コロナ禍で急速に拡大したデリバリーや宅配などの個人請負労働者には怪我の補償すらなく、工場などのシフト制契約では雇用が継続していてもシフトを減らされれば収入が途絶える。これら不安定な働き方に対する法的な保護網の構築が必要である。
第三に、国の統計に表れない「実態調査」の実施である。支援現場にSOSを寄せる人々の大半は、ハローワークに登録せずスマホで職探しをしているため、国の失業者統計にはカウントされていない。正確な労働現場の実態調査を実施し、生活費を給付しながら資格取得を支援するなどのキャリアアップ支援を拡充して「貧困=労働問題」という構造を是正することが必要である。
最低生活保障の脆弱性と生活保護バッシング
労働という第一のセーフティーネットが崩壊した時、本来命を守る最後の砦となるのが生活保護制度だが、各国の制度と比較しても日本の最低生活保障は極めて脆弱である。欧州諸国では生活保護の捕捉率(受給資格がある人のうち、実際に利用している人の割合)が5割から9割程度に達するのに対し、日本は2割程度と極端に低い水準である。
日本の生活保護は、預貯金や資産(車や持ち家など)の保有が原則として認められず、全財産が数万円になるまで申請できないという厳しすぎる要件が大きな壁となっている。
また、生活保護バッシングによる社会に植え付けられたスティグマ(負の烙印)の影響は大きい。所持金、全財産が150円や500円になり路上に放り出された若者でさえ「生活保護だけは絶対に嫌です」「生活保護を受けるくらいなら死んだほうがまし」と申請を拒絶する場面に幾度となく遭遇してきた。
日々の生活相談を通じて痛感するのは、制度の周知不足や役所の敷居の高さにより、当事者が「どうにもならない極限状態になってからようやく相談に来る」という実態である。多くの人が極限まで追い詰められるまで自分で何とかしようとしてSOSを出さない。これらは家賃支払いできない、雇い止めになるとわかった時点で相談があれば、生活保護を利用するなど住まいを失うこともない。
早期発見に向けてSNSでの発信強化とポスター・チラシ掲示など、デジタルとアナログの両面での周知徹底を国や自治体に提言している。
窓口の闇:「水際作戦」
制度以前の問題として、自治体の福祉事務所における不当な「水際作戦」(申請拒否)は今なお形を変えて横行しており、不適切な対応の報告が絶えない。また、住居喪失状態で申請すると、首都圏では保護費の大半を搾取する無料低額宿泊所(貧困ビジネス施設)への入所を強制される違法な運用も、申請を阻む大きな壁となっている。
足立区でも過去に住まいを失った30代男性が生活保護を利用して一時宿泊先のビジネスホテルに滞在していたことがあった。福祉事務所は本人と直接連絡が取れないことを理由に、十分な調査も行わずに保護決定からわずか4日で失踪扱いとし、一方的に保護を打ち切ったのである。
男性はホテルから追い出され、路上生活を余儀なくされ、支援団体の抗議やメディアの報道、第三者委員会の調査により、区は非を認め謝罪することになったが、群馬県桐生市で発覚した不適切支給問題を含め、密室で行われる行政の裁量権逸脱は、文字通り当事者の命に直結する。
こうした事態を防ぐため、私は生活保護の相談・申請窓口や日常業務の「録音可視化」を強く求めている。群馬県桐生市では全国に先駆けて窓口の録音可視化が導入され。それは「言った・言わない」の争いを防ぎ、申請者の権利を守るだけではなく、職員を不当なクレーム(カスタマーハラスメント)から守り、業務の適正性を客観的に検証する上でも極めて有効な取り組みであると確信している。
「扶養照会」という障壁
生活保護申請を阻む最大の心理的障壁が、親族に援助の可否を問い合わせる「扶養照会」で、「家族に知られたくない」と申請を諦める相談者を、私は幾度となく見てきた。虐待やDV、長年の音信不通など、家族がセーフティーネットとして機能していないからこそ行政にSOSを出しているのである。
私が議会質問した結果、足立区での2019年度の新規生活保護申請2275件のうち、親族からの金銭的援助に結びついたのはわずか7件(0・3%)にすぎず、翌20年と21年の実績はゼロであったことが判明。国会やメディアでも扶養照会の問題が取り上げられ、厚労省は21年「音信不通」「扶養照会することで関係が悪くなる」「扶養照会を拒む場合には丁寧に事情を聞き取る」などの場合、照会不要とする運用改善の通知を出した。
超党派の地方議員による「生活保護のしおり書きっぷり調査プロジェクト」で、1都3県157自治体の窓口で配布される「生活保護のしおり」(制度説明パンフレット)を調査した。その結果9割を超える自治体が、厚労省の通知による「照会不要のケース」を全く記載していないことが判明した。
この結果を記者会見で発表し、メディアでも報じられたことで、厚労省は全国の自治体に対し、しおりの再点検を求める通知を出すに至った。
足立区では、申請書類(扶養義務者申告書)に扶養が期待できない理由を番号で選べる欄を設けるなどの具体的な改善策が進んだが、扶養照会は百害あって一利なしである。通知による運用改善ではなく、民法を含めた抜本的な法改正をして制度そのものを完全に廃止するよう国に求めている。
住居確保と家賃補助の
恒久化
生活保護に至る手前の「第二のセーフティーネット」(生活困窮者自立支援制度)の強化にも取り組んでおり、特に住まいの貧困は深刻で、一度住居を喪失すると、自力での生活再建は困難を極める。
コロナ禍で多くを救った「住居確保給付金」を一過性の緊急対応で終わらせず、これを恒久的な「家賃補助制度」へと拡充し、予防的な居住支援を強化することや、アパート契約時に保証人や緊急連絡先が見つからない身寄りのない人のための「公的緊急連絡先登録制度」の創設など、議会で提言している。
さらに、抜本的改革として「生活保護法」を「生活保障法」に改正することを求めている。これは日本弁護士連合会が提唱している。韓国の「国民基礎生活保障法」もモデルになる。
預貯金や資産要件を緩和して、生活費、住宅費、医療費などを切り分けて、各人の状況に合わせて必要な部分だけを速やかに支給する「単給制度」にして、全財産を失い取り返しがつかなくなる前に、早い段階で必要な支援にアクセスできる「使いやすい制度」への転換を求めて厚労省に対して抜本的な改善を求め続けている。
結びに:現場から政治の転換を
格差と貧困の拡大は、非正規雇用の拡大や社会保障の脆弱さが大きな要因であることを述べてきた。蔓延する自己責任論の呪縛を解き、これらの構造を是正するためには、現場で起きている実態を早期に発見し、社会に可視化し続けて、労働法制と社会保障の制度改正が必要不可欠である。
誰もが人としての尊厳を保ち、安心して暮らし、困った時にためらわずに助けを求められ、やり直せる社会に向けて、地域や支援の最前線の現場から、政治の転換を図っていきたい。
