復帰54年の現実 沖縄の戦争準備に反対する

与那国・石垣・宮古の連帯行動

ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会 事務局長 新垣 邦雄

 与那国、石垣、宮古、沖縄島の17の市民団体は4月10日、「沖縄を最前線とする戦争準備に反対する声明」を那覇、宮古、石垣で記者会見発表した。5月7日は「声明」を38団体連名の「請願文」とし、宛先を高市首相など日本政府やトランプ米大統領などと記して、沖縄防衛局長に手交した。沖縄防衛局長には「日米政府、防衛省、米軍への『請願』の伝達と回答」を申し入れた。
 私たちを駆り立てるのは「戦争がいつ始まってもおかしくない」危機感だ。


島々の団体が初めて
一致し動く

 2026年度に陸自那覇の第15旅団は「師団」になる。「師団」は「独立して一正面作戦を遂行する陸自の作戦部隊」(防衛白書)だ。
 1944年3月、第32軍(日本軍)司令部が沖縄島に置かれ、1年後に沖縄戦が始まった。日米はいま、島々にミサイル、さらにドローン・無人機を集中配備し、戦場と想定するのであろう与那国、石垣、宮古の「全島避難計画」を進めている。沖縄を戦場に見立てる「疎開計画」だ。
 沖縄は「人間の住んでいる島」(阿波根昌鴻)だ。無人島ではない。沖縄住民の犠牲を当然視する戦争準備は受け入れられない。「戦争のできる国から戦争をする国」(石井暁氏・共同通信)へ、高市政権は「核持ち込み・共有」を睨む。沖縄は「核貯蔵」「核の傘」の拠点、次の沖縄戦は「県民絶滅戦争」(小西誠氏)となりかねない。
 自衛隊の護衛艦が台湾海峡通過を繰り返し、自衛隊の暴走が戦争の発火点となりうる。その危機感が私たちの「戦争準備止めよ」の「請願」だ。
 沖縄の島々の諸団体が結束する「声明」と「請願」は初めてだ。5月7日は沖縄県庁前で「島々の戦争準備に反対する集会」を開き、島々の代表、市民が「沖縄を戦場にするな」と声を上げた。連帯行動はどこへ向かうか。「米軍普天間基地包囲」など米軍、自衛隊に対するアクションの声が上がり始めている。
 「声明」の賛同団体は17、「請願」の賛同団体は38。県外は「戦争止めよう! 沖縄・西日本ネットワーク」のみとした。熊本健軍での2月の「自衛隊基地包囲」は、5月の京都舞鶴海上自衛隊基地の「包囲行動」につながった。市民の「国内連帯」を目指したい。「請願」に「第3次米軍普天間基地爆音訴訟団」も賛同した。「嘉手納爆音訴訟団」にも呼び掛けている。県民の連帯の裾野を大きく広げることが大事な課題だ。

「ミサイル列島」化が進む

 「戦争準備反対」は沖縄問題ではない。中国に届く敵地攻撃の長射程ミサイルが3月、熊本の健軍駐屯地と静岡の富士駐屯地に配備された。北海道や宮崎県にも計画され、全国各地に約130棟のミサイル弾薬庫建設が計画される。沖縄市の自衛隊施設内に26年度、190億円もの弾薬庫建設費が計上され、米軍嘉手納弾薬庫の自衛隊共用も進む。オスプレイと同様に、全国各地にミサイルが配備され発射拠点となりつつある。まさに沖縄を最前線として、日本全体が「ミサイル列島」化しているのだ。民間空港・港湾の「特定利用指定」は全国に57カ所。自衛隊、米軍基地だけでなく全国の空港・港湾が、中国との戦争準備の拠点になりつつある。

国民と自治体の抵抗で
止める

 「請願」は玉城デニー知事にも宛て、県に申し入れた。大きな柱は「長射程ミサイル配備反対」と「空港・港湾・道路の特定利用指定に反対」だ。
 全国に伝えたい。「防衛は国の専管」ではない。玉城知事、また知事を会長に「米軍・自衛隊基地のある27市町村」の首長で構成する「沖縄県軍用地転用促進協議会」は、「長射程ミサイル配備に反対」を決議し、日米政府に申し入れている。沖縄は「長射程ミサイル配備」が確実視されながら、配備を食い止めている。
 平時も有事にも空港・港湾を軍事使用する「特定利用指定」は全国で57カ所。しかし沖縄は「国管理の那覇空港」、「市管理の石垣港、平良港(宮古)」の3カ所のみ。知事や市町村長が抵抗することで、民間空港・港湾の軍事「特定利用指定」を阻むことができるのだ。

米施政権下の沖縄で1965年4月に起きた 米軍トラックによる6歳女児の死亡ひき逃げ事件で、現場となった宜野座村での惨状を撮影した。「少女轢殺」。(嬉野京子さん撮影)

 「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」の具志堅隆松共同代表は「県議会、市町村議会」への「長射程ミサイル配備に反対する陳情・請願」を提起している。全国で、知事や市町村長、議会に、市民が「長射程ミサイルを配備させるな。空港・港湾の軍事使用を認めるな」と働きかけることを提案したい。
 この原稿を5月15日、沖縄の施政権「本土復帰の日」に書いている。県民が「本土復帰」に託した「基地も核もない沖縄」の希望は、日米政府に踏みにじられた。米軍基地は維持・強化された。復帰後に配備された自衛隊基地は大幅に増強され、「1972年5月の日本復帰時と比べ面積が5倍に膨れ上がった」(琉球新報)。沖縄は、次の沖縄戦の「最前線基地」として日米の軍事強化が際限なく進んでいる。
 「請願」にはイラン戦争で沖縄が米軍トマホーク攻撃の中継地となり、在沖海兵隊、嘉手納空軍がイランに派遣されたことに対し「日本政府は事前協議制に基づき『在日・在沖米軍の出撃拒否』を米国政府に通告せよ」「玉城知事は米軍の自由出撃に反対すること」と盛り込んだ。

「基地なき沖縄」の将来に踏み出す時だ

 「きょう復帰54年」の沖縄タイムス記事は、「沖縄県が基地返還跡利用の経済効果調査」を報じた。沖縄経済は「米軍基地に依存」の誤ったイメージがあるが、「米軍基地の返還後の経済効果」は、「那覇新都心地区(おもろまち)」が「返還後に32倍」、「桑江・北前地区(北谷町の美浜地区)」は「返還後に108倍」の「経済効果」を生み出している。
 沖縄の米軍基地は「沖縄経済にメリット」ではなく、「足かせのデメリット」でしかない。米軍基地返還により「30倍から100倍」の経済効果が期待できるのだ。
 例えば米軍嘉手納基地には3700メートルの滑走路が2本ある。前泊博盛沖縄国際大学教授は「嘉手納を返還し滑走路を国際空港として活用すれば、莫大な経済効果がある」と指摘する。
 「辺野古新基地なかりせば」の経済効果調査を沖縄県に提案したい。辺野古新基地はジュゴンが棲む生物多様性の海を埋め、観光経済の損失は計り知れない。同じ緯度にある本部町の「海洋博公園」の年間来客数は500万人(コロナ前2017年)。はるかに優良な海洋環境の辺野古の海を、軍事基地ではなく観光資源に生かせば、「経済効果」は莫大だ。
 「台湾有事」が現実味を帯びれば、「9・11テロ」時に沖縄観光が「修学旅行ゼロ」となった「風評被害」が再来し、沖縄観光経済は壊滅的打撃を免れない。
 1990年代の大田昌秀県政は2015年までの「在沖米軍基地の全面撤去と跡利用計画」の「基地返還アクションプログラム」を策定した。切迫する「台湾有事」の戦争準備反対と同時に、沖縄県民は「軍事基地のない沖縄の自立的な発展」の将来構想に踏み出したい。それは日本の国益にもかなうと確信する。
 (見出しは編集部。なお、日米政府、米軍・自衛隊、および県知事に対する要請文の全文はノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会のホームページ https://nomore-okinawasen.org/ で読めます)