上海に暮らして1年

文化的な近さを実感する毎日

上海在住 中原 萌

 2月号から本シリーズを書かせていただいているが、筆者が何者なのか気になる人もいるかもしれないので、そろそろ顔が見えるような記事も書いてみようと思う。
 私はちょうど1年ほど前に、家族と上海に引っ越してきた。夫が大学で研究員の仕事をすることになり、当時1歳の息子を連れて三人でやってきたのだ。今でこそ日常会話には困らないレベルになったが、当時は中国語ができず、中国に来ること自体はじめてだった。
 今回は、この1年で気づいたこと、感じたことを紹介したい。

便利すぎる生活

 来たばかりのころは、当然困ったことも少なくなかった。言葉の壁もあれば、習慣の違いもある。駐在員とは違い、役所の手続きから、家探し、保育園の手配まですべて自分たちで解決する必要があった。だが一度慣れてしまえば、とても便利な生活が待っていた。
 決済はすべてスマホで完結する。日本ではクレジットカード、現金、スマホ決済と使い分ける必要があるが、ここではスマホだけで一日中過ごせる。スーパーも屋台も地下鉄も、全部QRコード一つだ。家賃などの大きな支払いから数元の子どもの乗り物まで、すべてがそうなのである。レストランでも席のQRから注文するので中国語ができなくても困らない。
 さらにネットスーパー、デリバリー、ライドシェアもどれも安く利用でき、信じられないぐらい速い。極端に言えば、家からほとんど出ずに生活することすら可能だ。実際日本人の友人の中には「子育ては上海のほうが楽」と言って二人目を上海で産んだ人もいる。

街の風景

 私たちが住むのは中心部から地下鉄で20分ほど離れた場所。住宅が多いため穏やかだが、大学の近くということもあり、駅前などは賑わっている。必要なものがほとんど徒歩圏内ですべて完結する生活のしやすい環境だ。
 上海は巨大都市だが、驚くほど緑が多い。道のほとんどには大きな木が並び、日差しの強い夏も歩道はほぼ日陰になる。公園も多く、規模も大きい。自然が豊かで、子どもの遊具や大人の筋トレ施設も、日本では見たことのないクオリティーのものが揃っている。
 街を走る車のほとんどが電気自動車で、バイクに至ってはほぼ全て電気スクーターに変わっている。だから大都市なのに、とても静かなのである。公共トイレやゴミ箱も整備され、道路はきれいに保たれている。ほとんどの道には二輪車用のレーンが、歩道には駐車スペースが確保されているため、シェアバイク(自転車)を利用する人も多い。
 これらの変化によって、空気汚染もほとんど東京と変わらない水準まで改善しており、今では「汚くてうるさい中国の都市」のイメージとはかけ離れている。
 数十年前の上海を知る人にとって、今の街はまったくの別物だという。1990年代までは貧困に苦しむ人も多く、治安も悪かったそうだ。これほどの短期間での変化には、中国の底力のすごさを感じる。スマホ決済も電気自動車も、実はほんの10年前まではほとんど普及していなかったという。地下鉄も、90年代に開業したばかりだが、今では20以上の路線が張り巡らされている。
 街のあちこちでしょっちゅう工事が行われており、この1年だけでも変化を感じた。家の近所に古い八百屋さんや肉屋さんが並ぶ道があるのだが、最近はその前の道路が舗装され、店の看板も一斉に新しくなった。どうやら地元政府の補助が入っているらしい。
 日本では昔ながらの商店街が衰退していく光景をよく目にする。おそらく中国もこれから同じ課題を抱えるはずだが、急速に発展しながらも、その裏で取り残される人を少しでも減らそうとする意志が感じられる。

人々の暮らし

 そんな環境もあってか、人々の生活に対する満足度は比較的高いように感じる。特に年齢が上の人ほど、かつての苦しい生活を知っているため、現在の豊かさを実感しており、老後を過ごす今が人生で一番充実しているという人も多い。
 高齢者も趣味を通して仲間を作ったり、孫の世話に深く関わったりして、身体的にも精神的にも元気な人々が多い。
 当然にも中国が天国だと言いたいわけではない。日本から来た私としては、トイレで紙が流せなかったり、ネット規制があることは面倒に感じる。都市と地方の差はまだ激しいと聞くし、経済発展したことによって新たな課題も出てきている。
 一方、最近は学歴インフレが進んでおり、受験、就職、仕事など、若者が感じる競争のプレッシャーは日本以上だと感じる。労働に関する法整備はまだ途上で、いわゆる「ブラック」な環境で働かされる若者も少なくない。それに関連して少子高齢化もはじまっている。
 ただそれも、5年後、10年後には変わっているかもしれない。
 改革開放後、中国はまず貧困からの脱却と最低限の生活の確保に全力を注いできた。その過程で労働条件は後回しにならざるを得なかったのだろう。これから、労働環境を整え、すべての世代の人々が心豊かな暮らしができるようになっていくのか? 個人的にも関心を持って見ていきたい。

日本人として暮らすこと

 日本では「中国は反日感情が強い」と言われている。去年は戦後80年という節目でもあり、11月には高市発言があったので、なおさらそうした印象を持つ人は多いだろう。
 しかし実際には、差別を受けたり嫌な顔をされたりしたことはほとんどない。アパートを借りる際も外国人であるということが問題に上がることは一度もなかった。むしろ日本人だと言うと好意的な反応を受けることが多い。それは若者に限らず、高齢者からもだ。
 ときには私の方から、日本の加害の歴史や、現在の日本の政治について、申し訳ないと感じると話すことがある。そんなとき、中国の人々は口を揃えてこう言う。「政府と人民は別だ」と。
 今の日本で、どれだけの人が中国人に対して同じことが言えるだろうか。
 中国には確かに「抗日」教育は存在する。しかしそれは日本の帝国主義、軍国主義に対して抵抗した歴史の問題であって、日本人や文化を否定する「反日」思考とは異なる。
 もちろん極端な意見を持つ人はどの国にもいるが、多くの人は、国家と個人の関係を分けて考えてくれているように思う。

おわりに

 中国語を学べば学ぶほど、中国人と触れあえば触れあうほど、日中がいかに文化的に似ているかを感じる。それだけに、両国の関係が悪いことは本当にもったいないと思う。本来であれば、世界のどの他の国よりも、近しい関係として付き合えるはずなのに。政治制度の違いはあれど、むやみに否定するのではなく、互いの社会の良い点を取り入れながら、協力していくべきだと思う。
 だからこそ、草の根で日中人民の友好交流を促進する運動、あるいは互いの国への理解を深めるための、このような情報発信を続けていきたい。上海に来て1年記念を家族で祝いながら、そんなことを再確認した。

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