「戦争をする国」とセット
日本体育大学教授(憲法学) 清水 雅彦
1970年代末から統一協会が熱心に運動を展開し、80年代に自民党が制定を目指した「スパイ防止法」。推進派を上回る反対運動が展開された結果、これをつぶすことができた。しかし、あれから約40年。昨年から急激にまた「スパイ防止法」の制定を目指す動きが出てきて、今開催中の特別国会では国家情報会議設置法案の制定が目指されている。本当に「スパイ防止法」は必要なのか。どういう問題があるのか。以下、検討してみたい。
戦争と結びつく「スパイ」防止
戦前、日本は戦争をしていたので、「スパイ」の取り締まりが必要であった。具体的には、刑法に間諜罪を設け、軍機保護法(1898年制定、1937年全面改正)や国防保安法(1941年制定)を整備する。そして、特高警察や憲兵が「スパイ」の取り締まりを行った。ただ、「宮澤弘幸・レーン夫妻軍機保護法違反冤罪事件」のように、外国人と接点のあった「スパイ」ではない日本人も弾圧された。宮澤さんらの逮捕が1941年12月8日の開戦の日であったのが象徴的である。
この戦前の侵略戦争の反省から、戦後は日本国憲法を制定し、日本は戦争を放棄し、軍隊の保持を否定する。しかし、戦後も米軍が日本に残り、さらに日本が再軍備したことにより、これらの秘密を守る体制が必要になった。
そこで、自衛隊法に守秘義務規定を置き、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(MDA秘密保護法)で特別防衛秘密の探知・収集・漏えい罪を設け、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法で合衆国軍隊の機密探知・収集・漏えい罪を置くことになる。
このように、「スパイ」防止は歴史的に戦争と密接に結びついてきたものである。
1980年代の「スパイ防止法」
戦後もこのような法律と体制が整備されてきたにもかかわらず、日本国内で「スパイ防止法」の制定を目指して熱心に活動してきたのが統一協会である。統一協会は1979年にスパイ防止法制定促進国民会議を結成し、地方から草の根運動を展開した。具体的には、都道府県・市区町村議会へ陳情書を提出し、「スパイ防止法」制定促進決議を上げさせ、1987年7月までに全3323自治体中53・9%の1790議会が決議したのである。
そしてこのような運動も受け、1985年6月に「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(推進派は「スパイ防止法案」と表現したが、批判派は「国家秘密法案」「国家機密法案」と表現した)が自民党の議員立法として国会に提出される。これはスパイ以外の取締規定があり、外交と防衛に関わる広範な秘密を国家秘密にし、この指定は曖昧で、なんといっても漏洩した場合の罰則の最高刑は死刑であった。そのような内容に、先に触れたように各方面から猛烈な反対の声が上がり、同年12月に廃案となる。その後も統一協会は国家秘密法案に反対する政党・弁護士・市民団体を攻撃し、自民党は批判の強かった部分などを修正して制定を狙ったが、結局、国会に法案を提出できなかった。
その後も続く秘密保全の要求
このように、1980年代には国家秘密法案の制定はできなかったが、国家の秘密保全の要求は日米安保体制の相手方であるアメリカから以前より出されていた。70年代に「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を締結し(1978年)、この中でアメリカ製武器の購入や共同演習に伴う情報の保全責任がうたわれる。その後の2000年の「アーミテージ報告」では、機密情報を保護する法律の立法化が要請された。
そして、2001年のアメリカにおける「9・11事件」を受けて、同年に自衛隊法が改正され、防衛秘密規定が挿入された。これは広範な防衛秘密指定を行い、防衛秘密取扱業務従事者・従事経験者の故意の漏えいを5年以下の懲役などにすることが可能になる。したがって、国家秘密法案は防衛と外交秘密を守るためのものであったが、自衛隊法改正により国家秘密法の狙いが部分的に実現したと言える。
さらに、2007年の「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(GSOMIA)」の締結で、アメリカと同等の秘密軍事情報の保護措置や秘密軍事情報取扱資格(セキュリティー・クリアランス。後の適性評価)の実施が求められた。これを受けて、当時の麻生政権、その後は政権交代が実現したものの、民主党政権の下で秘密保全法案の検討が行われるのである。
秘密保護法と経済安保情報保護・活用法
そして、また政権交代が起き、2013年の安倍政権の時に、「特定秘密の保護に関する法律」(秘密保護法)が制定された。これは、①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、④テロリズムの防止に関する情報を「特定秘密」とし(③がスパイ活動の防止である)、取扱業務者による故意又は過失による漏えい行為や知得者の故意又は過失による漏えい行為、欺き・暴行・脅迫、窃取、施設への侵入、不正アクセス等による取得行為などを罰するものである。漏えいに対する罰則の最高刑は懲役10年以下となった(2025年6月から、従来の懲役・禁錮は拘禁刑に一本化された)。
この秘密保護法上の行政機関28機関のうち、特定秘密の指定権限を有する行政機関は20機関で、2025年12月末で13行政機関が854件(項目で1件)指定している(防衛省493件、警察庁64件、外務省46件など)。適性評価は2024年中26機関が実施し、全体で3万5839件(行政機関の職員等が3万4998件、適合事業者の従業者が841件)に達し、特定秘密の取扱業務者の数は14万1723人に達している。
また、2024年には「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」(経済安保情報保護・活用法)が制定された。これは重要経済基盤保護情報のうち、重要経済安保情報と特定秘密を保護するもので(秘密保護法を改正しないで秘密保護法の適用対象を拡大した)、前者の漏えいは5年以下の拘禁刑など、後者の漏えいは秘密保護法を適用するものである(10年以下の拘禁刑など)。適性評価は広く民間人に及び、昨年5月に施行された。
最近の「スパイ防止法」制定への動き
最近、「スパイ防止法」制定に向けた動きの中で注目されるのが参政党である。昨年7月の神谷宗幣代表の街頭演説で、「(政治家・官僚・法律家・メディアの一部の人たちなど社会の中枢に入っている極左の考え方を持った人たちについて)これを洗い出して、極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけないと思います、私は。これを洗い出すのがスパイ防止法です」と言った。11月には「防諜に関する施策の推進に関する法律案」と秘密保護法等一部改正案を臨時国会に提出する。国民民主党も昨年11月に「インテリジェンスに係る態勢の整備の推進に関する法律案」を提出している。
一方与党は、自民党が昨年5月に「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」(会長:高市早苗衆議院議員)が「スパイ防止法の導入に向けた検討も推進すべきである」とする「『治安力』の強化に関する提言」を石破首相に提出した。維新の会は、以前から「政策提言 維新八策」の中で「インテリジェンス」機関の創設と「スパイ防止法」制定をうたい、昨年10月に「インテリジェンス・スパイ防止法タスクフォース(TF)」が中間論点整理を公表している。これらを受け、昨年10月の自民党と維新の会の「連立政権合意書」で、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」の検討開始と法案策定を盛り込んだ。
いよいよ具体的な動きに
そして、今年2月の衆議院選挙後、第2次高市政権が誕生し、現在の特別国会に国家情報会議設置法案を提出した。これは、9大臣で構成される「インテリジェンス」の司令塔となるもので、重要情報活動と外国情報活動への対処に関する調査審議機関として基本方針を決定し、各省庁は資料・情報提供義務が生じる。また、この事務局として従来の内閣情報会議と各省庁の連絡調整役だった内閣情報調査室を格上げした国家情報局も設置し、各省庁の情報活動の総合調整と自らも情報収集を行うというものである。
特別国会後も、臨時国会で「スパイ防止法案」の制定が予定されている。この具体的内容はまだわからないが、新たな罰則規定の創設、重罰化、適性評価の対象者・項目の変更や、「外国代理人登録法」(外国政府などの利益を代表して政治・情報収集・宣伝等活動をする外国代理人の登録・報告制度の導入が目的)の制定が予想されている。さらに、2027年度中に対外情報庁(日本版CIA)の設置も予定されている。
「スパイ防止法」が本当に必要か?
既に日本には国家秘密を守るための法律が十分整備されている。もちろん、人権上問題のある秘密保護法などは廃止する必要がある。にもかかわらず、さらに「スパイ防止法」が必要なのか。昨年、山本太郎参議院議員の「『日本はスパイ天国』という評価及び『スパイ防止法』制定に関する質問主意書」に対して、政府は8月15日に答弁書で、「……御指摘のように『各国の諜報活動が非常にしやすいスパイ天国であり、スパイ活動は事実上野放しで抑止力が全くない国家である』とは考えていない。……」と回答した。
世論も推進派の宣伝の影響から、「スパイの取り締まりなら必要」「反対するのはスパイだけ」と考えるかもしれない。しかし、政府が「安保3文書」で中国を事実上「脅威」と見なしている中、中国人観光客を相手にする宿泊・観光業、中国との取引がある商社、中国に工場がある製造業などの関係者が、当局が日本の「敵」「スパイ」と見なした人物に接したことで、一方的に「スパイ」にされる可能性がある。一部の人だけの問題ではない。
おわりに
以上、推進派が「スパイ防止法」というところの法内容の問題は多々ある。この危険性を批判する側が訴えていく際に、表現を工夫してほしい。1980年代は「スパイ防止法」を「国家秘密法」と表現した。同じように、「通信傍受法」を「盗聴法」、「平和安全法制」を「戦争法」と表現したことで危険性をうまく伝えることができたわけで、推進派と同じ表現をするべきではない。そうすると、「国民監視法」「特定思想排除法」「敵味方分断法」「非国民創出法」「スパイ養成法」「戦争準備法」といった表現はどうであろうか。
今回も、反共の統一教会が熱心に制定に向けた運動を展開している。「戦争する国」とセットのこのような法律は憲法の平和主義と人権規定に反し、不要である。
