日本国国章損壊罪

国を亡ぼす悪法である

鎌倉市議会議員 上野 学

日本国国章損壊罪の内容

 まず、日本国国章損壊罪の具体的内容を確認する。平成24(2012)年5月29日に衆議院に提出され、廃案となった「刑法の一部を改正する法律案」は次のようになっている。

第四章の二 国旗損壊の罪
第九十四条の二 日本国に対して侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

 これは、刑法第92条の外国国章損壊罪の規定を参考にしていると思われる。

(外国国章損壊等)
第九十二条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。

外国の国旗を法律で保護する理由は外交関係の保護

 明治期において、日本は近代国家として国際社会に参加し、外交儀礼を尊重する必要があり、外国国旗や国章を侮辱目的で損壊する行為は外交関係を害するため、明治40(1907)年に新刑法が制定された際、外国国章損壊罪を設けた。規定は「第四章 国交に関する罪」に置かれている。

 外国国章損壊罪の対象は、過去の判例や司法実務において次のように具体化されている。まず、外国政府や公的機関が公式に掲げた国旗のみが処罰の対象である。国旗であっても、個人が所有する国旗は処罰の対象にはならない。また、親告罪といって、被害者の外国政府が訴えない限り処罰されない。なお、外国国章損壊罪での検察庁の受理人員は、1947年から98年まで約50年間で4人となっており、立件は極めてまれである。むしろ、この罰則を削除するという議論はあるかもしれない。

日本の国旗を法律で保護する理由は国家威信の保護

 すでに器物損壊罪が財産権の保護を立法目的としている。それ以外の理由とすれば、国家の威信を保護するということになるだろう。そして、処罰される可能性があるのは日本に居住する個人であって、ほとんどが日本人である。日本国国章損壊罪の立法目的は、実体的には、罰則をもって、「日本人が日本国の威信を守るようにする」ことである。外国国章損壊罪が国際紛争の防止により国民の利益に還元されるのに対して、日本国国章損壊罪は国民に日本の威信を守らせることでしかないことは留意してほしい。先達と比して理念が浅薄と言わざるをえない。
 立法目的が変わると、構成要件も変わってくる。被害者は日本国政府であるので、被害を届け出なくても処罰できる、非親告罪となる。また、個人が所有する国旗であっても処罰の対象とする必要があるだろう。

国章損壊罪の運用を想定してみる

 私自身も日本国の国旗を大事にすべきとの理念は共感するところである。しかし、この法で日本国の威信を守ることができるのだろうか。
 まず、日本国の威信を守ることを目的として、特定の行為をすべて列挙して、禁止するのは技術的に不可能に近い。日本国の国旗は「国旗及び国歌に関する法律」で図柄の配置比率と色が指定されている。その制式と異なった比率や色の日の丸は国旗ではないので、日本国国章損壊罪では処罰できない。しかし、次のものを損壊する行為は、国の威信を傷つける意図がないと言えるだろうか。手書きで作った日の丸、色違いの日の丸、「日本」と書いた紙、君が代のレコード、日本国の象徴である天皇陛下の写真・肖像、皇室紋章、戦没者慰霊碑の写真、国家追悼施設の写真、内閣総理大臣の写真、国会議員の写真はどうだろうか。悪意ある者とのイタチごっこだ。
 次に、この技術的困難を解決する方法として、国の威信を傷つける目的で行うすべての行為を禁止する場合(目的遂行罪)には、取り締まり対象は際限なく拡大されていく。日本国の威信を守るために、政権与党に対する批判的な報道や野党を処罰しなくても良いだろうか。

悪法の歴史に学ぶ

 罰則の有無や軽重については、本質的な問題ではないとあえて強調したい。なぜならば、過去の例をみれば、法律上の保護対象が一度定立されたとき、その保護目的のために罰則の強化や適用範囲の拡大が時間の経過とともに不可避的に起こることがあるからである。
 1925年4月22日に施行された治安維持法は、「国体変革又は私有財産制度を否認することを目的とする結社を組織した者又は目的を知って加入した者」などを罰するものであった。過激な無政府主義及び共産主義の拡大を取り締まるため、加藤高明首相の護憲三派内閣によって政治主導で導入されたのである。
 28年に警察は全国で日本共産党員や関連組織に対して一斉検挙を行ったのだが、「目的を知って」加入したという立証ができず、多くの党員を結社加入罪で処罰できない結果となった。こうした警察・検察の運用上の問題を解決するため、28年に「結社の目的遂行のためにする行為」をすべて処罰する目的遂行罪が導入された。
 31年には大審院判決により、活動が結社の目的に合致するかは、警察・検察が実質的に認定できることとされた。
 35年には宗教法人を、37年には反ファシズム・反戦運動の合法的活動グループ(結社に至らないもの)を検挙し、法改正なしに拡大適用されるようになった。
 41年の法改正は、現場の検事からの要望により、これまで拡大適用されてきた運用を追認するための刑罰の追加や刑事手続きの整理、予防拘禁(刑期を終えた者を社会から隔離する制度)の導入が行われ、完成形となった。この間、最高刑は10年以下の懲役・禁固から死刑に引き上げられた。
 『治安維持法』において著者の中澤俊輔氏は、当初は、政治主導で始まった制度も、内務省・司法省の治安維持システムとなることにより、現場からの膨大な要求に支えられ、顔の見えない怪物となったことを指摘している。
 歴史を振り返れば、少しずつの変化が積み重なって、後戻りできない地点に至るのである。

日本国を思えばこそ反対する

 以上の述べたとおり、日本国国章損壊罪については、個別の対象を指定して禁止するという手法に妥当性がないこと、逆に日本国の威信を守るという立法目的に引きずられて規制範囲が思想言論まで拡大するものであることを指摘する。
 先の大戦では、日本はアメリカに物量で徹底的に負けた。日本は物理的に弱いから精神性を強調せざるを得なかった。アメリカには国旗損壊罪は法律上存在するものの、憲法違反との判例により実質的に無効となっている。イギリスも処罰する法律はない。
 では、また日本人の精神を縛ることで、日本は強い国になれるのか。国を愛する心というものは、自発的に個人の内部から生まれるから意味があるのではないか。歴史に反省し、将来を予測するならば、そして日本国の将来を思うのであれば、日本国国章損壊罪は成立させてはならない。

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