高市首相は間違いを正すべき
東アジア共同体研究所理事長、元内閣総理大臣 鳩山 由紀夫

批判の中で80周年式典に参加
中国・北京で9月3日に開かれた「中国人民抗日戦争勝利及び世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」に出席してまいりました。行く際には国内から批判を受けるであろうことは覚悟して出席しましたし、実際、帰国後にさまざまなご意見を頂きました。
ただ私は、正に日本の軍国主義が戦前、とくに満州事変から始まって中国の国民に大変な被害を与えたことに対して心から謝罪する気持ちを表明する必要があり、それによってこれからの日中関係を新たな舞台に引き上げることができるのではないかという思いを持って出席しました。私は行ったことに後悔は全くありません。
私がいちばん印象に残ったのは、習近平国家主席が、式典最後の昼食会冒頭挨拶で「抗日戦争の勝利は、(当時)日本の軍国主義者に対して勝利した戦いなんだ」と敢えておっしゃったことです。
かつて1972年の日中国交回復の時に周恩来首相は、日本人と日本の軍国主義者とを分けて話をされて、「一般の日本人は中国人民と同じように被害者なんだ」と言われた。そして、国際的には多額の賠償金を日本は払うことになっていたにもかかわらず、中国は賠償金を放棄してくれました。
そのおかげで日本は、急速な回復から経済成長を導くことができました。周恩来首相の温かい配慮によって、日本が救われたと私は思っています。それと同じ気持ちを習近平国家主席が話されたことに、私は大変感銘を受けました。
台湾は中国の内政問題
日中国交正常化の時に周恩来首相は、台湾に関しては中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを認めるよう言われ、それに対して日本は「中華人民共和国の立場を十分理解し尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」、として、この話を収めたわけです。ですから台湾の問題は賠償金との絡みもあったと私は理解しています。
今回の高市発言について一言で申し上げれば、これは中国の内政問題であるので、中国と台湾の状況に関わってはならないということです。にもかかわらず高市首相は「戦艦が出てきて……これはどう考えても存立危機事態になりうるんだ」と答弁した。中国の内政問題ですから、どう考えてもそれは日本の存立危機事態になるはずがないのです。だから間違っているのだから、過ちを改めるにはばかるべきではないよということを申し上げたわけです。
その高市首相発言に関して、一部では岡田さんが訊き過ぎたという批判も出ていますね。しかし首相は本来慎重に発言しなきゃいけないというのは言うまでもないことです。台湾を別な国として扱うような発想を持つことが間違いなんですよ。これはかつての台湾の植民地化を反省していないということですね。朝鮮半島もそうですが、かつて植民地にしたこと自体が大きな過ちだったわけです。その時代にまた戻るみたいな、中国より台湾が大事だというような考えを発言するのはいかがなものかと思いますね。
立憲民主党の野田さんが、「高市さんが党首討論で『実質訂正された』」と言われましたが、果たしてそうでしょうか? そうは聞こえてないですね。立憲の中にも台湾重視の方が少なくありません。まだこの問題はきちんと整理されて終止符が打たれているとは思えません。これはもっときちんと追及していかないといけない話だと思います。
戦争状態回避が政治の役割
中国は高市発言に厳しく抗議しているわけです。中国もこの問題を長引かせたいわけじゃないと思いますよ。ですから、高市さんはいち早く幕を引かなければなりません。
私がいちばん心配なのは、日本でこのような高市発言を支持する若い人が多いということです。若い人は戦争やっていいと思っているのですかね。高市発言の方向を進むと戦争になる、ということを若い人たちは読んでいるんでしょうか。
日本は軍国主義によって無謀な戦争を起こした国の責任として、二度と戦争をしてはいけない。戦争になりそうな状態を何としても回避する役割が日本にはあると思います。
でも高市さんは「日米同盟の新たな黄金時代」を謳っていますし、米中が戦争状態になるなら日本も協力しますというような話に直結しそうです。
アメリカの戦略は、同盟国に「戦え、戦え」と言って武器を提供して戦わせる。まさにウクライナがそうです。アメリカの軍産複合体にとっては儲け話ですから、どんどんやれということになっていく。アメリカは怖い国です。いちばん戦争を好みながら自分たちには被害が出ないようにして、同盟国などに戦争させる。1960年代にはベトナム戦争で被害を与えながらインドシナ半島から東アジア全体に中国、ソ連の影響、共産圏が広がることを防ごうとしました。
ですから、いかにも台湾有事があるような想定で日本に戦わせ、米国は武器だけ提供してみたいなことが起きる可能性があるわけです。それを絶対にそうさせないようにするのが日本の政治の役割だと思います。
世界トップで進む中国の技術力
GDPを見ると中国が日本を抜いたのが2010年で、今では4倍です。すぐ5倍、6倍になりますよ。日中国交正常化以後は、日本は中国にいろいろ技術など提供した。日本側が教えて中国が学んだのだと思いますけれども、最近は日本の学術レベルが下がったのか、論文数なども圧倒的に中国が上で、しかも、すでにアメリカを抜いていますね。日本はイランにも負けるというようなところまで来てしまっているという状況です。
今や中国の技術は世界トップで進んでいるわけですよ。人口減少時代となった日本は、それなりの経済レベルを保つためにも、独自の科学技術の進歩・発展を導かなきゃいけない。隣の国の技術を学んだり、あるいは協力したりすることが非常に重要だと思いますね。
AI時代はとくにそうです。日本はロボットとか単体の組織をつくるのはうまいけれども、トータルとしてのシステムをつくる、いわゆるソフトの部分が苦手だと言われております。その辺をお互いに協力すれば良くなると思うのですね。そういう関係を維持していくことが中国にとっても日本にとっても、ものすごく大事です。
台湾問題で中国とガチンコ勝負みたいなことをやって、中国からのレアメタルや材料が滞ってしまったらどうなりますか。日本の産業と国民生活に真っ先に影響が出てきますよ。日本の経済、国民生活にも大きなマイナスが出かねないような状況を、早く払拭させていかないといけないですね。
台湾問題は日中間の
核心中の核心
日中関係をこれ以上悪くしないようにするためには、まず高市首相がきちんと説明し、発言を撤回するのがいちばんです。そうすれば中国もまた道を開いてくれると信じています。
2012年には尖閣諸島の国有化問題で日中関係が悪化しました。尖閣問題は完全に消えているわけじゃないですよ。いくつも懸案は残っているのです。でもそこをお互いに「棚上げ」することで、後世の世代に任せようじゃないかということで、一応その問題を脇に置いておこうという話にしてあるわけです。台湾問題という非常にセンシティブなところで日中関係がギクシャクすれば、そういう問題に波及しかねません。それが心配です。
台湾問題は日中間にとっても重要な問題で、中国にとっては核心中の核心です。さっき申し上げたように、それは賠償問題と絡んでいるという認識が日本人にはないと思います。巨額の賠償をなしにしてくれた、それと引き換えに台湾は中国の一部だと認めたことを、日本人はそこまで振り返って理解する必要があると思います。
今の政治家は中国との国交正常化に至る困難さを学んでないですよね。学んでないとしても、そのあとの4つの基本文書が日中関係を決めるキーワードだということをあらためて学んでもらいたいですね。あらゆる問題は武力によらないで対話によって解決するように努力するということもちゃんと書いてあるのですよ。要するに、4文書の中身を知らないで「4文書は守ります」と口だけ言っているような気がします。
日本人がいちばんやらなくてはいけないことは、過去のさまざまな行為に対する検証、総括、反省です。日本人自身が間違った戦争に対して総括してないんですね。私などが中国や韓国へ行って謝罪すると、日本人から批判されるわけですよ。日本が本当の意味で総括をして、世界に向けて謝罪を行っていれば、私が頭を下げなくてもいい話だとは思うんですけど。日本人は勤勉で礼儀正しくて、世界的にはいろいろ認められている部分もあるんですけれども、過去の総括という意味においては落第点ですよ。
東アジアの協力で
平和と発展を
私は以前から東アジア共同体を主張しています。総理のときにそれを発表したら、いちばん怒ったのはアメリカでしたね。日本はアメリカの属国であって当然だと思っている一部の連中からすると、とんでもない発想だと見られたんでしょう。私は別にアメリカを除外するつもりはないのですが。
日本がより自立した道を歩んで、とくにアメリカにはそれほど頼らなくても、東アジアの国々と協力して共同体を発展させることが日本の生きる道、平和の道だということです。東アジアという意味では中国はその中心になると思いますが、日中韓の3カ国がいかに平和を維持しながら、経済的にお互いに協力関係をつくっていくかということが非常に重要だと思います。
私は東アジア共同体ですが、羽場久美子先生などはOSCE(欧州安全保障協力機構)のアジア版を主張されています。平和のために協力する舞台をつくることも同様に非常に重要だと思います。
また、犬塚直史元参議院議員が中心となってやられている「北東アジア非核兵器地帯構想」も大事だと思っています。北朝鮮は核保有国と言われていますが、できれば朝鮮半島と日本が核を持たない地域になり、核を持っているロシアや中国、アメリカはこの地域に核兵器を使わないということを約束する条約をつくれという話です。
これはアメリカの一部にも賛同者がいます。核に関しての共同テーブルとして、かつては6者協議があったわけです。その6者がそれぞれの国の特徴を生かしながら、平和に向けて協力するというようなことができればいいと思っています。
21世紀はアジアが経済的にも安全保障の意味でも大きな影響力を持つ時代になってきているわけですから、その中で何らかの協力できる体制をつくることは非常に重要だと思います。
【日中関係基本4文書】日中共同声明(1972年)、日中平和友好条約(78年)、パートナーシップ宣言(98年)、戦略的互恵関係の声明(2008年)
