学術会議法案問題

  強行された法制化―解体される日本学術会議

市民の立場に立つ科学を

軍学共同反対連絡会事務局長 小寺 隆幸

 日本学術会議を解体し、総理大臣が統制する特殊法人としての新たな日本学術会議を、来年10月に設立する法律が、市民の抗議が渦巻く中で6月11日に成立した。
 3月7日に閣議決定された法案に対し、学術会議の態度決定は遅れ、法学委員会を中心とした会員の下からの奮闘により、ようやく4月15日の総会で法案修正を求める決議がなされた。だが4月18日からの国会審議でも、政府は学術会議が法案の抜本的修正を求めていることを無視し、議論も深まらないまま5月13日の衆議院本会議で、立憲、共産、れいわ、国民民主、社民、有志の会の反対にもかかわらず、少数与党に維新が加担し小差で通過してしまった。
 参議院では、立憲が提出した全面的な修正案もほとんど審議されなかった。熟議もせずに決められることに抗議し、6月4日に任命拒否当事者の加藤陽子・小沢隆一さんが田中優子法政大元総長らと国会前での座り込みを決行、350人の市民が激励した。さらに9日には上野千鶴子さんや小玉重夫日本教育学会会長ら40人の学者・文化人が雨の中座り込んだ。しかし翌日、それについて問われた坂井大臣は「外部からの不当な介入を許容しない」と答えた。学問への敬意など微塵もない政治家が学術会議を解体した。
 成立の翌日、学術会議光石会長は「新たな法律の下での日本学術会議のさらなる発展に向け…自ら主導する」との談話を発表した。歴代会長も法人化までに執行部がなすべき具体的な取り組みの声明を発表した。今後法の具体化で歯止めをかける交渉を注視したい。
 私たちは2月に法制化反対のネット署名を始めた17団体を母体に「日本学術会議の『特殊法人化』法案に反対する学者・市民の会」を結成、国会前での11回の「人間の鎖」行動、座り込み、4回の院内集会を行い、参加者は延べ4千人、署名は7万筆を超えた。
 大きな組織や政党主導ではなく、学者・教育関係者・弁護士・ジャーナリスト・労組・市民ら立場の違う小さな団体と個人が互いにリスペクトし力を合わせることで、学問の自由と独立を守る新たな運動が生み出された。法制化は阻止しえなかったが、今後息の長い取り組みを進めていきたい。

民主主義自体が危うい

 まだ多くの市民にとって「学問の自由」は自分の問題ではない。しかし「学問の自由」の侵害が「言論の自由」や民主主義の破壊と重なって進む現実が今進行している。
 5月9日、衆議院内閣委員会で坂井大臣は「特定なイデオロギーや党派的主張を繰り返す会員を学術会議が解任できる」と発言した。これは明らかに憲法21条「言論・表現の自由」の否定であり、治安維持法やレッドパージと同じ言論によるパージである。しかし坂井大臣は「現行法にも同様の規定はある」と撤回を拒んだ。だが現行法の「不適当な行為」とは、犯罪、研究資金の不正使用、論文におけるデータの改竄・捏造で、言論が含まれることはありえない。
 「政治的中立性」を学術に持ち込むことも誤りである。例えば多くの憲法学者は政治ではなく学術の論理で「集団的自衛権は違憲」と考える。しかし政治の側が、それを政治的に偏ったイデオロギーとみなせば解任対象となりかねない。そもそも任命拒否は安保法制に反対した学者のパージだった。そのパージが今後は法律で可能であるという大臣発言は失言どころか、法律の本質そのものである。
 もう一つの事態は、衆議院通過3日後の5月16日、東京地裁が2018年の文書開示での黒塗りは違法という判決を出したことである。1983年に当時の中曽根総理は「任命は形式的だ」と国会で答弁し法解釈が確定していた。しかし2018年に内閣府と学術会議事務局は、当時の山極学術会議会長にも極秘裏に「推薦のとおりに任命すべき義務はない」と法解釈を変更し、しかも「解釈変更ではなく83年からこの解釈だ」と詭弁を弄している。その経緯を探るため立憲・小西議員が、学術会議事務局の一連の文書開示を求めた。地裁は「任命の根幹に関わる重要な変更を含み、法解釈や運用が整理される経緯や理由は国民に十分に明らかにされる必要があり、公益性は極めて大きい」と全面開示を命じたが政府は控訴した。
 国会で確定した解釈を勝手に変え、その経緯も示さないことは国会軽視であり法治主義の否定である。東大の隠岐さや香さんは科学史研究を通して「国がおかしくなる時、権力者は学問から手をつける」と直観されているが、それこそが今アメリカで起きていることで、日本も続こうとしている。

大学の軍事化に歯止めを

 私たちはこの法律の狙いは学術の軍事動員にあると批判してきたが、それを露骨に示したのが、法案成立翌日の防衛科学技術委員会設置公表である。しかも委員会には有識者懇談会でこの法律を準備した上山隆大ら二人が加わっている。二人は「アカデミアを含む研究者・技術者の参画促進等に関わる助言を行う」この委員会で今後、学術の軍事動員を進める。
 衆議院内閣委員会で共産・塩川議員が「秘密保持義務でなぜ罰則まで作るか」と問うと、坂井大臣は「秘密保護法に関わるものも将来の可能性として排除しない」からと答弁した。戦争中日本軍は学術研究会議(学術会議の前身)に電波兵器や磁気兵器などを造るための科学者の組織化を命じた。同様に今後、防衛科学技術委員会がAIや宇宙、サイバーなど先端技術の軍事利用を推進するため、学術会議に研究者のリストアップや組織化を依頼するだろう。そこで特定秘密などの秘密情報を相手に示すための秘密保持義務である。
 そして直接危惧されるのは安全保障技術研究推進制度への大学の参加の拡大である。大学の応募は、権力との緊張関係を踏まえて慎重な審査を求めた学術会議の17年声明を多くの大学が真摯に受け止めた結果、年10件程度に減っていた。しかし23年23件、24年44件、今年は123件と激増した。学術会議解体でさらに加速しかねない。
 23年12月の国立大学法人法改正により、東大、京大など大規模5大学には「運営方針会議」の設置が義務づけられた。京大では10人中4人が財界人である。今後外部資金獲得のため防衛装備庁の制度に応募せよという声が上がった時に、大学は抵抗しうるだろうか。

市民の立場に立つ科学を

 法人化のもう一つの狙いは、学術会議を政策のためのシンクタンクにすることである。国会でも自民や維新は政策提言が不十分だと学術会議を批判し、特に「国際機関も福島の〝処理水〟は安全と言うのになぜ学術会議は発言しなかったのか」と追及した。だが原発事故による高濃度に汚染されたデブリに触れた汚染水を海洋に流すのは人類初めての愚行であり、何十年垂れ流しても「安全」であるということは科学ではない。食物連鎖により何が起こるかなど長期的な研究が欠かせない。政権が欲するのは科学ではなく、政策を補強する「科学的助言」にすぎない。
 今後、学術会議は政府の統制下に置かれるが、それでも科学者の人格まで統制できない。市民社会の側は、積極的に会員や大学の良心的研究者とつながり、新たな科学・技術を巡る市民と科学者の対話を創り出していきたい。水俣病の時のように、小さき市民の声に耳を傾け、企業や政府の噓を見抜き、科学者としての良心をかけて研究し、学問的根拠をもって人々のために闘う科学者はこれからも存在する。高木仁三郎さんの遺志を受け継ぐ高木基金のように、市民科学者を支える社会の仕組みも求められている。「学問の自由」を守る闘いはこれからも続く。
(『地平』8月号拙稿も参照を)

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