【ルポ】エネルギー自治の飯田市(長野県)

広がれ!地域を動かすエネルギー

おひさま進歩エネルギー㈱代表
菅沼 利和氏に聞く

聞き手 井上 みかこ

 子どもが通う教育現場の懇談会で「これからはデータセンターやAIなどのICT部門が拡大し電力需要は激増する。電力不足や地球温暖化の加速が懸念されるため原発は再稼働する」と聞き、複雑な気持ちになりました。2011年3月の東日本大震災から15年を迎える今も、放射性廃棄物の処分場所は決まっておらず、原発再稼働をめぐるデータ捏造などもあり、安全性の確保に対する疑念は拭えません。福島第1原発事故の教訓が生かされているのか、最近の2月の衆議院総選挙でも原発の問題は争点にはならず、しれーっと原発回帰が進んでいることに憤りを感じています。
 16年に電力自由化が始まってすぐに、私は原発に依存しない電気事業者を選択しました。それから10年たちますが、化石燃料への依存・日本のエネルギー自給率の低さ(13%)、原子力発電といったエネルギーの問題が解決されないまま、今もトランプ政権が引き起こしたイラン戦争によるエネルギー危機の道筋は見えずにいます。
 子どもたちの持続可能な未来のために、少しでも良い選択をして豊かな環境を残したい。見えない電気をどうやって選び、自分ごととして考えて行動し、伝えていけばよいのか。そういう思いから、長野県飯田市の再生可能エネルギー会社「おひさま進歩エネルギー㈱」代表の菅沼利和さんを訪ねました。
 お話を聞くにつれ、普段は見えないコンセントの向こう側の電気がぐっと見えてくるのを感じました。

菅沼利和さんのお話

始まりは保育園の屋根から〜太陽光発電

 「地球温暖化を止めて自立して暮らし続けられる地域をつくろう」と、2004年に飯田市民の有志で小さなエネルギー会社を設立しました。同じ時期に飯田市は環境を優先した新たな価値観や文化の創造を高めていく必要性から07年に「環境文化都市宣言」をしました。行政と地域が一緒に事業ができないかと、「まずは一つの保育園の屋根に寄付型でつけましょう」と太陽光パネルをつけたのが第1号でした。そして、行政や民間事業者、個人住宅の屋根に市民の出資と国の補助金で「0円システム」太陽光事業がスタートしました(9年間の割賦販売から始まり、10年目に無償で譲渡)。
 太陽光パネルがまだ周知されておらず、地域から理解が難しく融資が得られないといったなか、市民ファンドを立ち上げ、活動に共感した個人が全国からお金を出し合って、「意志あるお金」が集まりました。計画に沿って事業を進め、報告し売買収益を分配することで還元しました。説明会などで理解を広げて4年後くらいから徐々に地元の金融機関からも地域で進める事業だと理解していただき、融資を得られるようになりました。
 飯田市役所の中でも、環境文化都市としてきちんとやっていきたいという職員が何人もいましたが、補助金を取ってきて一緒に事業をやろうとなったときに、太陽光パネルの設置に理解ある人は当時はなかなかいない状況でした。その上、大きな補助金だったため量もたくさんつけなければいけないので、そこを行政側が違う部署間で連携しながら進めていくことには苦労もありました。
 例えば、保育園の屋根で太陽光発電事業をすることは「行政財産の目的外使用」となり最長1年しか許可が下りないところを掛け合って20年にしたりとか、そういった担当職員や事業者の熱い思いで、スタートが切れて大きな実績につながり、その先の20年の歩みへと続いています。

3・11で「間違いでなかった」と確信

 私たちは04年から取り組んでいますが、11年の東日本大震災の影響は大きかったですね。それまでは思いだけでやってきた面がありましたが、やってきたことが間違いでなかったと強く感じました。社員も3・11を機に、この会社に入ってきた方も多いんです。原発に頼らず、分散型のエネルギーが大事だというのが世間の中にも広がっていったので、普及が進むきっかけにもなっています。
 そして転機となったことは13年に飯田市「再エネ条例」が施行されたことです。地域が主体となる分権型エネルギー自治を推進し、地域資源の優先活用を保障し、地域還元型事業を市が認定・支援することで、地域の活力化や環境意識の向上につながっていきました。
 地域と共に、公共施設や自治会の集会室の屋根に設置し、利益の一部を地元の防災拠点の整備に活用するなど地域づくりに貢献し、481カ所の発電所を設置しています(25年12月時点)。
 その後18年に、地元企業3社で地域密着型の電力販売会社「飯田まちづくり電力」を設立しました。19年に飯田市と協定を結び、小中学校など50施設に電力の小売事業を開始し、エネルギーの地産地消を進めて地域を豊かにすることをめざしています。23年には飯田市の公共交通として利用するデマンドタクシー(EV乗合タクシー)のゼロエミッション化を実現しました。

自然と共生する発電所をめざして

 23年には野底川小水力発電所の運転が始まりました。飯田市では古くからなじみのあるこの小水力発電は、ダムをつくらず、自然の恵みを生かし川から直接水を取り込む仕組みです。夜間も発電する安定した再エネとなります。
 1962年につくられた砂防堰堤(土石流をせき止める)の利用に至るまでに、まずは川の調査を1年かけて行い、流量調査や生き物調査を経て、詳細設計や地域の方への説明会を重ねながら市民ファンドで200人以上の出資を募り、5年の準備期間を経て設置されました。地域の方と協定を結び、他市の視察や現場に足を運び、対話を重ねる、そういったプロセスで合意形成が生まれ、応援が応援を呼び、その後の信頼関係につながりました。売電収益の一部は森林公園の整備などに使われるほか、小学校と「まちづくり委員会」が協議をして「発電所を見学しながら自然を学ぶことをセットで行う授業」といった環境学習にも活用されています。
 学んで伝える環境学習にも力を入れています。太陽光発電パネルの第1号が設置された保育園で、園児を対象にパネルシアターを行ったことから始まり、地域の小学校などの出前講座など、今まで各所で9000回以上行っています。

「え!この水量で600軒分の電力を賄えるの!」(野底川小水力発電所排水口)

   極寒になる教室に内窓を設置する断熱改修が高校の生徒自身による企画で始まり、会社も企画段階から支援しました。今では長野県教育委員会が支援し、材料費の予算措置がされています。子どもたちを通して家庭や地域で環境への関心が高まればとの思いで、省エネの大切さを教えています。
 社会人対象の飯田自然エネルギー大学では再エネ人材育成をめざし、1年間全11回の講座を開いています。ここには全国から参加者が集まります。現在6期生を募集中です。
 また、新しい取り組みとして太陽光発電所の敷地内の生物多様性を高めるために、自生する植物や集まってくる生き物を調べ、その土地の特性に合った草刈りをし、自然共生型の発電事業を進めています。飯島町ではレッドデータブックに載っているミヤマシジミを守ろうと町と協定を4月には結ぶ予定です。2035年までの会社の新ビジョンでは「地域の山や川、そこに暮らす人と生き物を大切にする」を掲げています。

再エネ、太陽光発電は
環境に悪いのか

 農地として活用できるところの上に太陽光発電ができるソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)は「作物なんかできるの?」「農業機器がちゃんと動くの?」「農村風景が壊れるんじゃないの?」と後ろ向きの農家の人たちもいますが、真っ白いビニールハウスが立ち並ぶ風景も似たようなことかもしれません。
 人間が社会活動すれば必ず自然に負荷を与えるという前提のもとで、どういう負荷だったらいいのかという話をしないと、なかなか話が進まないですよね。原発や火力発電所がドーンとある景色と田んぼの上にある太陽光の景色と、どっちを選ぶのかという話にゆきつきます。そうは言っても、見た目のよさとか、環境にいいものをつくっていくのは大事ですが。
 FIT(太陽光余剰買取)が高かった頃は太陽光発電はつくるだけ儲かったので、悪質な事業者も出てきます。そういうことをなくすために、行政は条例や法律にのっとって評価して業者を選ぶことや、今後は発電で儲けるみたいなことじゃなく、そこの土地をちゃんと有効利用することへシフトしていくことで、持続的な未来へ広がっていきます。
 このままでは世界も日本も持続できないということ、食料やエネルギーは地域で循環するということがいちばん大事だということを、今一度考える必要があります。住民は単に電気を使うというだけではなくて、つくるところにも参画して、それを理解することが大事です。地域でエネルギーを循環させていけば、しだいにそのことが見えてくると思います。
 地方自治体は地球温暖化対策が強く求められています。それは地域に密着した計画でないとうまくいかないので、中間支援組織が必要です。脱炭素化を支えるコンサルティングなど、その地に合った計画を作る手伝いを担いたいと思っています。私たちの願いは2050カーボンニュートラルの実現です。
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 同じ思いがある人に培ってきた技術を惜しみなく提供し、「私たち一人ひとりがアクションを起こせるんだよ」とそっと背中を押してくれるような温かさを、会社全体から感じました。「私にできることは何だろうか?」まずは省エネを進めながら、地域の再エネに取り組む。環境に配慮し、生産から廃棄までしっかりと取り組んでいる事業者を応援すること、見学に行き、周りに伝えることも大切な行動です。
 「私の町でも行政の理解を得て、地域を調査して、小さな発電所ができないでしょうか?」と話してみました。菅沼さんは「まずは飯田自然エネルギー大学に参加してみてください。全国から同じような方が集まってきて面白いですよ」と、参加された方々のお話をしながら懐かしそうに目を細めておられました。
 「国は2030年に電力構成の36〜38%を、40年は43〜60%を再エネにする目標を掲げていますが、このままだと間に合わない。できる限りのことをやっていきたい」という菅沼さんの言葉に、強い覚悟を感じました。
 インタビューを終えて、小水力発電所を見学に行きました。発電所は思ったよりも小さく静かに山中に溶け込んでいました。林道の中に管を埋めてあるとは思いもしない上に、この小さな川の水力で約600軒分の家庭の電気使用量を賄っているとのことに、とても驚きました。食の自給と同じくエネルギーの自給は、地域を持続可能にするための一つの大事なツールであることを実感した飯田市訪問となりました。