尖閣諸島問題 市議会からの報告

2026年 石垣市から始まる「平和への外交」と自治体の責務

石垣市議会議員 花谷 史郎

 新年の幕開け、世界中に戦慄が走った。米国によるベネズエラ侵攻である。トランプ政権の「新モンロー主義」は、自国第一主義を極限まで先鋭化させ、他国に対して露骨な介入圧力という極めて危険なフェーズへと突入しています。
 国際社会の荒波の中、今、日本という国家が厳しく問われているのは、「アメリカとどう向き合い、アジアにおける自らの立ち位置をいかに主体的に確立するか」という外交姿勢そのものです。とりわけ、戦後最悪の冷え込みを見せている中国との関係改善は、日本の安全保障のみならず、経済基盤を維持する上でも一刻の猶予も許されない最優先課題となっています。
 こうした時にわが石垣市議会においては、対中国、特に尖閣諸島を巡る緊張をいたずらに煽りかねない動きが活発化しています。地方自治体が抱える「現場感」が、時として国家の外交戦略を危うくし、地域住民をさらなる危険にさらしかねない現状を、私たちは今こそ冷静に見つめ直さなければなりません。

相次ぐ市議会での
「イデオロギー議案」

 昨12月議会に議員提案で上程された4つの議案は、いずれも極めて強い政治的・イデオロギー的要素を帯びたものでした。
先住民族発言に対する抗議の意見書・決議【議案1・2】
 昨年10月の国連総会において、中国の代表が沖縄県民を「先住民族」と呼び、日本政府に対して差別撤廃を求める発言がありました。これに対し、これらの議案は沖縄県知事に明確な否定を求め、議会としても抗議を行うという内容です。
 確かに日本政府は公式に「アイヌのみが先住民族である」との立場を取っています。しかし、国連人種差別撤廃委員会などは長年、沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を保護するよう勧告を出し続けてきた経緯があります。こうした国際的な議論の蓄積を無視し、中国側の発言にのみ過剰に反応してみせる姿勢は、単なる「対中強硬姿勢」のアピール、あるいは県政に対する政治的な当てつけとしてのパフォーマンスと言わざるを得ません。
 さらに重大な懸念は、議案文中で「多くの県民は自らを日本国民と認識している」と断定している点にあります。これは、独自の歴史と文化に根ざしたアイデンティティーを持つ多様な県民の声を切り捨て、排除することにつながりかねません。自らの尊厳を内側から損なうような内容の意見書を、市民の代表である議会が公式に採択することは、真の意味での郷土愛とは程遠いものではないでしょうか。
尖閣諸島上陸許可を求める意見書【議案3】
 行政区域の地籍管理を目的に、政府に対して尖閣諸島への上陸許可を求める本議案は、一見すると「地方自治体の事務」の範疇にあるように見えます。しかし、その実態は火に油を注ぐ行為に等しいものです。
 日本政府はこれまで、尖閣諸島への上陸を原則として認めてきませんでした。これは、不必要な摩擦を避け、現状を平穏に管理するための政治判断に基づいているものと思われます。もし石垣市が上陸を強行すれば、中国側に「日本が現状を一方的に変更した」という絶好の口実を与えることになります。中国海警局の活動を、日中両国合意の範囲からの逸脱を正当化させてしまいます。結果として、現場海域の緊張は劇的に高まり、偶発的な衝突のリスクは一気に跳ね上がることでしょう。
 提案者は「行政の責務」を強調しますが、国側の立場は「既に有効に支配しており、余計なパフォーマンスは不要」というものです。一自治体のスタンドプレーが、国全体の安全保障を根底から揺るがす恐れがあることを、重く受け止めるべきです。
「尖閣諸島の利活用条例」【議案4】
 最も懸念されるのが、尖閣周辺での調査研究や利活用計画を定めるこの条例案です。
 まず、領海内における海上保安活動は国の管轄にあるといえます。市が独自の「危機管理体制」を謳ったところで、実際に現場で動くのは海上保安庁や自衛隊であり、自治体にその実効性を持たせる権限も能力もありません。
 中国海警局の船舶が常駐し、軍事的緊張が漂う海域において、市が独自に調査を行うことは現実的に不可能です。
 そればかりか、国の方針と異なる「利活用計画」を地方が独自に打ち出すことは、日本として二重のメッセージとなる恐れがあります。

リスクは地元漁業者に

 議案1〜3は12月議会で可決されてしまいました。議案4の条例制定は1月23日の臨時議会で採決となる可能性が高い。この条例が中国側の不信を招き、対応をさらに厳しくさせる明確なトリガーとならないか。
 これまで、激しい対立の中でも辛うじて保たれてきた現場の均衡が崩れれば、最も被害に遭うのは他ならぬ地元の漁業者の方々です。中国側の監視や妨害が厳しさを増せば、これまで可能であった漁場へのアクセスが完全に閉ざされてしまう恐れがあります。
 「尖閣を守る」という勇ましいスローガンが、皮肉にも地元の生活の糧を奪う結果を招くのではないかと、強く危惧せざるを得ません。

尖閣を「火種」から
「平和の種」へ

 最大の問題は、極めて内向きな「政治的得点稼ぎ」になっている点です。私たちは今、歴史の大きな分岐点に立っています。イデオロギーによって対立を煽り、敵を想定することで結束を図るという旧来の政治手法であってはなりません。
 アメリカが衰退しその覇権主義が変質しています。アジアのパワーバランスが激変する中で、日本が取るべき道は、決して「対立の先兵」となることではありません。
 アジアの平和と日本の繁栄を守るためには、世界を俯瞰する冷静な目と、粘り強い対話の積み重ねが必要です。石垣市議会に今求められているのは、一部の政治的意図に沿った「闘争の宣言」ではありません。
 一自治体の勇ましいポーズが、結果として国全体の安全保障を危うくし、アジアの平和を遠ざけることになっては本末転倒です。尖閣諸島を抱える石垣市だからこそ、安易な挑発に走るのではなく、むしろ緊張緩和のための知恵を絞るべきではないでしょうか。
 市民の命と暮らしを真に守るための、具体的な「平和の構築」です。
 国レベルの外交が硬直化し、大国同士が直接的に角を突き合わせる今だからこそ、地方自治体が持つ「市民レベルの交流」や「地域のリアリズム」に基づいた外交努力が重要になります。
 26年、石垣市から世界に発信されるべきは、さらなる対立を招く火種ではなく、共生と対話への理知的なメッセージであるべきだと確信しています。
 尖閣諸島についても、日本、中国、そして沖縄(石垣)の間で話し合い、「棚上げ」にとどまらず、新しい何らかの落としどころを見つけることで、「火種から平和の種」へと昇華することも可能なはずです。
 国境の地域に住む私たちに求められることは、無益な煽り行為ではなく、厳しいなかにも希望を見いだし、平和の架け橋となることではないでしょうか。

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