12/2 高市首相発言撤回を求める緊急院内集会

世界の激動期の日中関係

高市答弁は実質上「72年合意」破棄を意味

東アジア共同体研究所所長、元外務省情報局長 孫崎 享

1、国際情勢の構造的変革

 世界は今、大激動期にある。
 第2次世界大戦以後の構図の変化を見てみよう。
①米国圏とソ連圏の対立(194
5年からソ連の崩壊まで)
②米国一極支配の確立
③米国一極支配の崩壊
 ②と③はそれぞれ徐々に進展している。
 ③は特に現在進行中だが、日本において多くの人は十分に認識していない。
 この変化を明確に述べたのはアリソン・米ハーバード大学教授である。
 彼は『フォーリン・アフェアーズ レポート2020№3』に掲載した論文「新しい勢力圏と大国間競争」で次のように述べている。
・勢力圏とは「自国の影響下にある地域で他国に服従することを求めるか、支配的影響を行使できる空間」である。
・冷戦後世界全体がアメリカの実質的な勢力圏になった。
・(冷戦の終結によって)世界における複数の勢力圏が一つの勢力圏へとまとまりを見せた。強国(米国)がその意思を弱体な国に押し付けることに変わりはなかった。
・実際、他の世界は、アメリカのルールで行動することを強要された。そうしなければ、体力を奪われる経済制裁から、公然たる体制変革までの、かなりの代価を支払わされる。勢力圏の時代が終わったのではなく、アメリカの覇権という圧倒的な現実によって、他の勢力圏が崩壊し、一つに統合されたに過ぎなかった。
・しかし、今やその覇権も崩れ始めている。中国とロシアは、それがアメリカの利益と衝突するとしても、自国の利益や価値を促進するためにパワーを行使するようになり、ワシントンも今や「大国間競争の時代」にあることを認識しつつある。
 米国の「一極支配」が終わったことは米国の安全保障・外交関係の主要人物に認識されている。2025年1月30日、米国国務省はルビオ国務長官のインタビューでの発言を次のように掲載している。
 〈冷戦終結時、私たちは世界で唯一の大国であり、いわば世界政府のような役割を担い、あらゆる問題を解決しようと努めました。
 世界が単純に一極的な力を持つというのは正常なことではありません。それは例外的な状況でした。冷戦終結の産物でしたが、最終的には多極化した世界、地球上のさまざまな場所に複数の大国が存在する状況に戻ることになるでしょう。私たちは今、中国、そしてある程度はロシアによってその状況に直面しています。〉

2、米国一極支配の崩壊は経済の基礎に裏付けられている

 では具体的に何が起こっているか。
 米国の情報機関CIA(中央情報局)は世界最強の情報機関である。
 CIAは「The World Factbook」というサイトを持っている。この中に「各国比較」という項目があり、さらに「経済」「Real GDP(purchasing power parity)─真のGDP─購買力平価─」の項目がある。この数字を利用して作成したのが、次の表である。

   CIAデータ(購買力ベース)に基づくG7と非G7のGDP比較(単位:兆ドル)

G7(7カ国)  非G7(上位7カ国)  BRICS
米国               24.7 中国               31.2 中国                31.2
日本                 5.8 インド            13.1 インド             13.1
独                    5.2 ロシア              5.8 ロシア               5.8
仏                    3.8 ブラジル           4.0 ブラジル            4.0
英                    3.7 インドネシア     3.9 インドネシア      3.9
伊                    3.1 トルコ              2.9 エジプト            2.0
加                    1.8 メキシコ           2.9 イラン               1.4
小計               48.5 小計               63.8 小計                61.4

 この表はさまざまなことを示している。
・中国のGDPは31・2兆ドル、他方米国は24・7兆ドル。
・順位は中国、米国、インド、ついで日本、ロシアである。
・G7(先進国サミット参加7カ国)の合計48・5兆ドルは、「非G7」の上位7カ国の合計63・8兆ドルよりも少ない。
・現在非G7諸国はさまざまな動きをしているが、そのうちの一つ「BRICS」(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、イラン、エジプト、アラブ首長国連邦、エチオピア、インドネシアの10カ国から成る国際会議)は次第に拡大し、結束を強めている。
 「BRICS」上位7カ国のGDP合計は、G7の7カ国合計よりも大きい。
 つまり、経済力で言えば、もはやGDPの最強は米国でなく中国であり、経済規模では「非G7」の上位7カ国の合計がG7合計を上回っている。
 安全保障も外交も経済力を背景としている。
 米国やG7が世界の指導的立場でありうる土台は消滅している。

3、米国一極支配の崩壊

その1 局地的軍事の流れ
──台湾海峡で米中が戦えば米国は負ける

 アリソンがフォーリン・アフェアーズ誌20年3月号に「新しい勢力圏と大国間競争」を発表したことは既に見たが、この論文のサブタイトルは「同盟関係の再編と中ロとの関係」であった。
 彼はこの論文で、「台湾海峡有事を想定した、18のウォー・ゲーム(war game)のすべてでアメリカは中国に敗れている」と記述した。
 また、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、クリストフは「いかに中国との戦争が始まるか」(19年9月4日)の論文の中で、「台湾海峡における米中のウォー・ゲームで、米国は18戦中18敗したと聞いている」と記載した。

4、米国一極支配の崩壊

その2
──米国はロシアの経済崩壊を目指すも実現せず

 バイデン米大統領(当時)は22年3月26日、ポーランドの首都ワルシャワでの演説を行い、次を発言した。
 「侵攻から数日後、西側諸国はロシア経済に打撃を与えるための制裁措置を共同で講じた。ロシア中央銀行は現在、世界の金融システムから遮断されている。民間部門も同様に行動を起こした。400社を超える民間多国籍企業がロシアでの事業から撤退した。この前例のない制裁の結果、ルーブルはほぼ瞬く間に瓦礫となった。今後数年間で経済は半減する見込みである」
 西側諸国はロシア原油の禁輸を目指したが、中国、インドがロシア原油を購入し、ロシアの石油輸出収入は逆に前年を上回った。
 結果としてロシアの経済成長は日本を上回る結果となった。

5、高市首相答弁の
位置づけ

 以上見たように世界が新たな秩序形成の中に入った。
 その中で日本は従来以上に中国、ロシアをはじめとする非G7諸国との関係強化を図る必要がある。そうした歴史的時期に直面した。
 そうしたときに高市首相の国会答弁が出た。
 高市首相は25年11月7日の衆院予算委員会で、台湾有事(特に中国による台湾への武力攻撃や海上封鎖を想定)をめぐり、「台湾に対し武力攻撃が発生する。海上封鎖を解くために米軍が来援し、それを防ぐために武力行使が行われる」というシミュレーションを口にした。「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と自衛隊の対応について踏み込んだ発言をした。
 つまり、「日本は台湾有事において台湾側に立って軍事行動をとる」意図を表明したと言っていい。この発言はこれまでの日中関係の枠組みを根本から変える深刻な意味合いを持っている。

6、挑発的な高市発言の意味するもの
 何が深刻か。

 ①1972年に結ばれた「日中共同声明」は、その後の日中双方が協力関係の発展を模索する基礎であるが、高市答弁はこの基礎を根本的に壊すものである。
 ②現在日本は、宮古島、石垣島、沖縄本島や奄美大島にミサイル配備を推進している。「離島防衛」という名目で2025年9月11日から25日まで、陸上自衛隊と米海兵隊による日米共同訓練「レゾリュート・ドラゴン」が8道県(北海道、山口、大分、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、沖縄)で行われた。過去最大規模の日米計1万9千人が参加した。中国との軍事的紛争を前提にしての演習である。これは高市発言と連動している。
 ③上記の②を背景に中国の軍部が強硬姿勢を発表している。人民解放軍広報部門は11月13日、「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば中国は必ず正面から痛撃を加える」と警告し、11月16日付の人民解放軍報に掲載された論評は「台湾海峡情勢への軍事介入は日本を後戻りできない道へと導くだけだ」と述べている。
 ④中国は日本への渡航自粛要請、留学生向け注意喚起、日本産水産物輸入停止、貿易・金融制裁の示唆、日本人歌手の公演の中止、邦画上映延期等の措置を取ったが、中国の対抗措置はこれだけに収まらないとみられる。
 高市答弁があった直後、中国社会科学院孫家珅助理研究員は「高市答弁は国際法規範と中日二国間の合意から著しく逸脱、法理上根本的な欠陥を有する」、「地域の平和と安定に悪影響を及ぼす」とコメントしたが、日本ではほとんどそのような理解がない。

7、1972年「日中共同声明」の歴史的意義

 高市首相の答弁の意味合いを理解するには、日中戦争の意味合いから始める必要がある。
 日本は31年9月、南満州鉄道警備にあたっていた日本軍(関東軍)の柳条湖での事件をきっかけに満州全土を占領、翌年満州国をでっち上げる。そして中国全土への侵略戦争を強行した。その人的被害は第三者推定(RummelやClodfelterなど)で、死者が1千から2千万人、総被害者3千万人から1億人規模の範囲が一般的である。
 また、物的被害(財産・インフラ損失)関しては、中華民国政府(46年戦後賠償請求)は約500億~620億US$、中華人民共和国(51年対日賠償要求)は約550億US$とみなしたと言われている。インフレ調整をすると、中国側が主張する最大値(600億US$)は現在の価値で約12兆US$(約1800兆円)以上と見られている。日本は国交正常化後中国に対し経済協力を行ってきたが、その額は推定被害とは比較にならない微々たるものである。
 こうした被害に対する賠償を国際社会はどのように見ていたか。
 51年サンフランシスコ平和条約では、「日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される」と規定された。
 つまり、日本は戦後賠償を支払うのが当然であるというのが国際感覚であった。

戦後賠償を放棄した周恩来の決断

 しかし72年の日中共同声明では「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とした。
 周恩来首相は「日本の軍国主義者の対外侵略の罪悪行為は,中国人民に大きな損失を受けさせたばかりでなく、日本人民にもかつてなかったほどの災難を蒙らせました」として、当時の日本国民と軍国主義とを切り離して位置づけたから賠償の要請がなかったのである。仮に日本国民、および日本政府が軍国主義を継承しているとなると、賠償放棄はなかったろう。

「台湾独立は支持しない」を約束した日本

 周恩来首相が日本に対する賠償要求を行わなかったいまひとつの理由は台湾問題である。
 日中共同声明には次の約束がある。
 「三、中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」
 実は今日、この条文の意味を理解している人は日本にはほとんどいないのではないか。残念ながら外務省も高市首相に説明していないのではないか。
 この規定の背景について、当時条約課長であり、後に外務次官となった栗山尚一氏は次のように解説している。
 「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」とのわが方の案に対し、中国側の回答は、「ノー」であった。それを予測しわれわれ事務当局がポケットに入れておいたのが、当初案の末尾につなげて「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との一文を加えたものであった。ポツダム宣言(日本の降伏条件を規定した宣言として、45年7月26日付で米・英・中華民国3国首脳により発出)は、その第八項(領土条項)において、「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定している。
 そして、同じ3国の首脳が43年11月に発出したカイロ宣言は、台湾、膨湖諸島は中華民国(当時)に返還することが対日戦争の目的の一つであると述べている。
 「一つの中国」という立場から、中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の正統政府と認めるのであれば、カイロ宣言にいう「中華民国」とは、中華人民共和国が継承した中国である。したがって、カイロ宣言の履行を謳っているポツダム宣言第八項に基づく立場とは、中国すなわち中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味するのである。

「一切の変更はない」発言は通用しない

 栗山氏はさらに、「台湾が中華人民共和国政府によって代表される中国に返還されるのをわが国が認めることであるから、『二つの中国』あるいは『一つの中国、一つの台湾』は認めない(わが国は台湾独立を支持しない旨を台湾当局に明確に伝えることを含む)」とわざわざ記述している。少なくとも日中共同声明の作成時、日本側はその感覚で中国側と交渉した。
 高市首相は問題発言の後、台湾問題に関し「『理解し尊重する』とした日本の立場について、『一切の変更はない』」と述べているが、「台湾独立は支持しない」という立場はとっていない。
 国会答弁で「武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と述べ、自衛隊の参加を示唆している以上、国会答弁の撤回がない限り、「一切の変更はない」という説明は通用しない。

発言は羽場久美子・広範な国民連合代表世話人(城西大学特別招聘教授)

8 高市答弁は実質上「72年合意」破棄を意味し、そのことは日中関係の「協調模索の時代」から「対決の時代」への移行を意味する

 1972年の「日中共同声明」という基礎がなくなるとどうなるか。
 45年の終戦(無条件降伏)の時代に戻るということになる。折しもいま中国国内は抗日戦争勝利80周年で高揚している。
 日本が米国戦略に組み込まれ、台湾での武力攻撃を行った場合の危険性についてはこれまでも中国から警告されていた。
 呉江浩駐日中国大使は中国大使館内で2024年5月20日、「日本の一部の方は台湾有事は日本有事とあおり立てて、中国政府の対台湾政策を歪曲し、中国による武力行使との脅威論をまき散らし、台湾のために戦う(と)まで言い出す政治屋もいます。日本という国が中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになるでしょう」と発言した。
 日本は今、沖縄と全国にミサイル配備を推進し、日米で大規模軍事演習を実施している。高市答弁はこうした軍事的動きと密接に関連している。
 日本の国民のどれだけが、日本が中国との危険な軍事的対決路線を進めていることを理解しているか。
 日中共同声明を守らないことになれば、その時、田中・周恩来間で暗黙の合意があった「尖閣諸島棚上げ」もないこととなる。
 1972年の沖縄返還時に米国は、領有権問題では「日本、中国、台湾のいずれの主張も支持していない」とした。国際的に尖閣諸島の領有権は確定していないのである。そのことは日本・中国、台湾もが、おのおの尖閣諸島の領有を主張し行動を取りうることを意味する。
 一気に日中間の緊張が高まってきた。高市首相発言を撤回させ、72年共同声明の原点に戻ることが緊要の課題である。

(本稿は12/2集会の基調提起に筆者が手を加えたもの)