学術会議法問題

学術会議を政権の統制下に置く

「日本学術会議法案」を廃案に!

軍学共同反対連絡会事務局長 小寺 隆幸

 政府は、日本学術会議を「国の特別の機関」と定めている現行の日本学術会議法(以下現行法)を廃止し、特殊法人とする「日本学術会議法案」(以下新法案)を今国会で通そうとしている。これは憲法23条「学問の自由」を支えるための独立機関として設置された学術会議を政権の統制下に置くものであり、何としてでも廃案に追い込まねばならない。

1 パージとしての「任命拒否」から組織潰しへ

 発端は2020年10月の菅首相による6人の任命拒否だった。学術の代表は学術内で選ぶのが当然であり、政府もそれまで「任命行為は形式的」と明言してきた。それを踏みにじり任命拒否した理由を菅首相が語れないのは、安保法制に反対した学者のパージだったからに他ならない。集団的自衛権を違憲とした内閣法制局に合憲派の長官を送り込み安保法制を強行するなど、人事を梃子に官僚を操り、憲法体制を切り崩してきた安倍・菅政権は、その手法を学術にも用い、6人を見せしめとして、今後このような学者は締め出せと圧力をかけたのである。
 しかし学術会議は屈せず、多くの市民が、これが許されれば「ファシズムが日常化する」(保阪正康)と直観して声を上げた。そこで自民党は学術会議の在り方論にずらし、当時の下村博文自民党政調会長は「防衛省の研究を認めないなら行政機関から外れるべきだ」と発言し、12月に自民党PTは早々と学術会議法人化を提起した。それがまさにこの新法案である。
 「任命拒否」という個々の人事への介入をさらに進め、現在の組織を潰して政府が統制しうる新たな組織を立ち上げることがこの法制化の本質である。

2 政府による統制を徹底化する新法案のさまざまな仕掛け

 政府は「政府批判もできるように学術会議の独立性を高める」法人化と語るが、詭弁である。現行法は「独立して職務を行う」と定めているが、新法案には「独立」という言葉さえない。「自主性・自律性に常に配慮しなければならない」と書かれているが、さまざまな縛りを設けたことを取り繕う言葉にすぎない。
 第1に、学術会議の活動全体が常時チェックされる。総理大臣任命の監事は業務全体を監査する。役員会は会長・副会長・監事で構成するとされ、監事がさまざまな決定に関与する。さらに総理大臣任命の評価委員会は、活動の評価だけでなく計画立案や予算作成にも意見する。委員は産業経営の経験と識見を有するものからも選ぶとされ、経団連役員らが委員になり、財界が学術に介入することになる。
 第2に、会員選出に政府と財界の関与が制度化される。選定助言委員会を新設し、選定方針作成に関与させる。委員は会員外から学術会議総会が選ぶが、やはり財界からも選ぶことが定められている。
 しかも来年度発足する際には、総理大臣が指定する人と現学術会議会長が協議して候補者選考委員を任命し、現会員の意向など聞かずに新たな会員を選ぶ。さらに設立委員も総理大臣が決める。こうして法人としての日本学術会議は、総理大臣の統制下で発足する。これは学術会議の77年の伝統とその文化、とりわけ権力に対する批判精神を断ち切るために他ならない。
 第3に、公開を原則とする学術に秘密保護法制を導入する。「秘密は、在職中も退職後も漏らしてはならない。漏らした者は1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」という条文が加えられた。現行法にはこのような規定は一切ない。ただ会員が非常勤の特別職国家公務員であることから国家公務員法の守秘義務規定が準用されてきたにすぎない。法人化で公務員ではなくなるのにあえて法律に書き込み、罰則付き守秘義務を課す。この規定は今後、学術を軍事研究に動員するために多用されかねない。
 第4に、現行法は学術会議の費用は国が負担すると定めているが、新法案では「必要と認める金額を補助することができる」とされ、必要と認めなければ費用は出さない。国が許容する活動しかできなくなる。政府は、国が資金を出す以上チェックするのは当然と言うが、この間政府が出しているのは10億円にすぎず、事務局人件費や国際分担金を除くと会員の交通費もままならない。一方海外では、米国200億円、英国86億円、ドイツ40億円が政府からアカデミーへ支出され、しかも政府が内部統治に介入する制度は存在しない。
 学術は政治から独立し対等であるべきであり、その資金が国民の税金から出される以上、学術会議は直接国民に説明する責任はある。そのための監査や評価のシステムを学術会議はすでに構築している。
 なお欧米のアカデミーは民間法人が多いが、国民国家ができる前から科学者の共同体が存在し、宗教や国家権力と闘いながら社会の中で認められてきたからである。一方日本では、明治以降国策により帝国大学や学術研究会議が作られ、戦争中には科学者の軍事動員を担った。戦後、そのことを痛苦に反省した科学者たちが話し合い、国の機関として学術会議を設立することを求めたのは、「社会経済的な利害からの独立を公財政によって保障」し、「他方で政治権力、政府からの独立保障のために、職務の独立性を明文で規定し、かつ、会員選考の自律性を確保した」のである。それは「新憲法のもと、戦後日本の国家が学問の自由と科学者コミュニティの独立を民主主義に必須のものとして擁護する志」だったと広渡学術会議元会長は指摘する(広渡清吾『社会投企と知的観察』日本評論社)。それを今解体することは、戦後憲法体制の柱をまた一つ失うことを意味する。

3 学術を軍事に動員するねらい

 今これを強行するのは、「安全保障分野において積極的に活用するため、広くアカデミアを含む最先端の研究者の参画促進に取り組む」(2022年国家安全保障戦略)ために、創設以来一貫して軍事研究反対を掲げてきた日本学術会議の息の根を止め、学術全体を軍事研究に動員しようとしているからである。新戦闘機をはじめさまざまな新兵器の開発研究に、政府はさまざまな分野の科学者を、潤沢な軍事研究費で誘い込もうとしている。
 今後、学術会議の17年声明が葬り去られ、科学者の倫理を規範として示し、権力との緊張関係保持を訴えてきた学術会議自体もなくなれば、個々の大学や研究者がどこまで抵抗できるだろうか。
 私たちは今、学問の自由と独立を守り、学術の軍事動員を阻止できるか否かの歴史的分岐点に立っている。新法案は権力的統制の極致であり、学術会議光石会長も「遺憾」の意を表明し、学術会議法学委員会や学協会からも反対の声が上がっている。また大学フォーラムをはじめ16団体が呼び掛けた署名も2万5000人を超えようとしている。【Change 学術会議 で検索 ぜひご署名を】
 4月14日開催予定の学術会議総会で新法案撤回の決議を上げ、市民の反対の声が渦巻き、それを受けて野党が国会で徹底した論戦を繰り広げれば廃案に追い込むことができる。あと1カ月、地域で、職場で、新法案の危険性を多くの人に伝え、声を上げていただければと思う。
 (関連して雑誌「地平」3月号の拙稿もお読みください)