トランプ政権誕生と国際情勢の劇的変化

経済も軍事も米国一極支配の時代は終わった

㈳東アジア共同体研究所所長 孫崎 享(元外務省国際情報局長)

 トランプ政権の特徴は、①敵味方を厳しく峻別し、敵には報復する、媚びる者は優遇する、②短期的米国の利益の獲得を追求するにある。この基本姿勢の下、トランプ大統領は国際関係において次々に提言をする。だが彼にその提言を貫徹するつもりはない。
 例えばトランプ大統領は記者会見(2月4日)で、「ガザに住む180万の人々を他のアラブ諸国に移住させ、アメリカがパレスチナの領土を『引き取り、開発する』と主張した」と報じられた。これに対し世界から非難の声が出た。
 では彼は「強制移住できる」と思っているのか。思ってはいない。
 ではトランプ大統領は何故こうした発言をしたか。副産物があるからである。
 トランプ大統領は、「イスラエルの敵パレスチナ人をガザから追放」というどの大統領も言わなかった形でイスラエルへの支持表明をした。米国ではユダヤ人は極めて大きい影響力を持つ。トランプ大統領の支持基盤は強化される。パレスチナ人も「この大統領はとんでもないことをするかもしれない。それならある程度のところで妥協しよう」という考えが出るかもしれない。「狂気(madness)」の効用である。
 「難民を押し付けられるかも」と懸念したヨルダン国王はワシントンに飛んで、「ガザ追放」案撤回を懇願した。見返りに何らかを提示したろう。
 私は、「トランプ大統領は極めて高い知的能力を有する人物」と思っている。彼のアドバルーン的発言と真の狙いとを峻別する能力が問われる。

1 第2次トランプ政権
  の特徴

(1)人事面
 1月20日、第2次トランプ政権が発足した。この政権は一期目と大きく異なる。
 第1次政権のトランプはワシントンのアウトサイダーとして登場した。既存勢力は極めて非協力的であり、抵抗した。その中核は国防省と軍需産業を中心とする軍産複合体である。典型は朝鮮半島で、金正恩との間に朝鮮戦争を実質的に終え平和条約を締結しようとするトランプをボルトン安全保障担当補佐官が造反して構想を失敗に終わらせた。もちろんボルトンの後ろに軍産複合体がいる。
 こうした状況下、第1次政権では娘のイバンカやその夫クシュナーがホワイトハウスを運営せざるをえなかった。
 第2次政権では、トランプは当選するや即政権移行チームを発足させた。大統領就任時、約百の大統領令に署名した。その数は第2次大戦以降最大である。これには多くの協力者を必要とする。
 議会に関しては、上院、下院とも予備選挙がある。ここでトランプは自分に反対する候補には妨害を行い、忠誠を誓う人物を押し込んだ。こうして議会の共和党議員を完全に掌握した。トランプの力を認識させたのは長官人事である。上院での承認が疑問視されたヘグセス(元FOXニュースのコメンテーター)国防長官やケネディ厚生長官(ワクチン陰謀論者として攻撃される)を承認に持ち込んだ。
 トランプは、敵味方を峻別し、敵には厳しく、迎合する者は優遇する。これを極めて露骨な形で実施するため、米国政治では今、トランプに対峙する人が見当たらない。第1次政権でトランプに非協力的ないし抵抗をした国防省、司法省、CIA、FBI等には解雇などの報復措置を講じている。
(2)イデオロギー面と対外政策
 戦後米国は民主主義、自由貿易を標榜し、同盟を作り、それで米国の利益を確保してきた。自由貿易で米国製品を海外市場に輸出したが、自由貿易を確保するため、海外に米軍基地を展開した。
 しかし、米国製品が価格、質の面で劣勢になってきた。自由貿易は米国の市場を外国製品に奪われマイナスとみられるようになった。この中で同盟概念の重要性が消滅し、米国の利益を直接得られる政策の追求が始まった。
 かつて、キッシンジャーが「米国の敵になるよりも唯一の、より危険なものは米国の友人になることだ」と述べたと言われるが、トランプの対外政策の変化で最大の被害を受けるのが同盟国となった。
 トランプ就任以降、次々に政策が打ち出された。これらを列挙してみたい。
 ①メキシコ、カナダに関税25%を課す、中国には追加関税を課す
 ②鉄鋼、アルミ輸入関税25%とする
 ③自動車、半導体、薬品に課税する
 ④グリーンランドを買収する
 ⑤ガザから180万人のパレスチナ人を強制移住させ、米国がこの地を開発する
 ⑥ウクライナの地下資源の開発権益を得る

2 米国民のトランプ政策
  への受容度合い

 概して米国国民はトランプ政策に好意的である。
 2月に実施されたCBSの世論調査は次の結果である。
 トランプは公約実施―70%、公約外を実施―30%
 トランプ支持―53%、不支持―47%
 不法滞在者大量国外追放計画―賛成59%、反対―41%
 イスラエル・ハマス紛争への対応―支持54%、反対―46%
 物価低減への努力―不十分66%、十分―31%、多すぎ―3%
 トランプが再選された大きい理由は一般国民が物価高に悩み、生活水準が下降しているとの思いであった。
 今後の経済見通しは決して明るくない。さらに「外国製品に関税がかけられれば、物価は高くなる、一般国民の生活環境が悪化する」ことが予想される。その時米国国民はどのような政治的選択をするか、不安定な状況が予想される。

3 ウクライナ交問題
  への影響

 いま緊急の国際的大問題はウクライナ戦争がどうなるかである。
 ウクライナ戦争の最大の問題は、当初からこの戦争問題の理解が極めて歪んだ形で論じられ、それが今日のウクライナ問題の解決のところにまで、影響していることにある。
(1)戦争は双方に言い分が
 例えば日本の国会である。ゼレンスキー大統領は2022年3月23日、日本の国会でオンライン形式の演説を行った。この時何故プーチン大統領の意見を合わせて聴こうとしなかったのか。
 英国エコノミスト編集者は、22年7月8日、選挙演説中に暗殺された安倍晋三が5月にエコノミストとインタビューを行っていたとして、「その際、安倍氏は『侵略前、彼らがウクライナを包囲していたとき、戦争を回避することは可能だったかもしれません。ゼレンスキーが、彼の国がNATOに加盟しないことを約束し、東部の2州に高度な自治権を与えることでできた』と発言した」と報じている。
 この問題が今日につながっている。トランプは2月19日、SNSで「ゼレンスキーは米国に3500億ドルを費やさせ、勝てるはずもなく、始める必要もなかった戦争に突入させた」と記している。
 トランプ米大統領は2月28日、ホワイトハウスでウクライナのゼレンスキー大統領と会談した。ウクライナを巡って口論になり、トランプは昼食会をやめ、ホワイトハウスからの退出を側近に命じた。
 世界の外交史上でもまれな、首脳会談の決裂が世界中に知れ渡る事態が生じた。
 この決裂の背景をみてみたい。
(2)実態は米軍兵器対ロシア軍
 ウクライナ戦争は、戦場でウクライナ兵が戦っているが、実態は米軍兵器対ロシア軍の戦いである。バイデン政権はこの戦争で、経済制裁でロシア経済を破壊し、プーチン政権を倒しエリツィン政権のごとく対米従属の政権を樹立することを目指した。
 だがこれは実現しなかった。ロシアは戦況が不利になれば核兵器を使用する方針を示し、米国はロシア国土を攻撃する兵器の供与を止めた。これで軍事的にロシアに致命傷を与える道は途絶えた。
 経済ではロシアの石油・天然ガスを購入しないように世界に圧力をかけたが、中国、インドは購入を続けた。ロシア経済は崩壊しないだけではなく24年の実質GDP成長率は4・1%である。
 こうなると、米国内では当然、「何でウクライナを支援するのか。アメリカの国益にかなうのか」の疑問が出る。これを受けて、トランプ大統領と共和党はウクライナへの軍事支援を止める方針を打ち出している。かつ米国が供与してきた武器も底を突き始め、ウクライナが現在の水準で戦えるのは本年6月ごろまでと言われる。
 これを背景にトランプ大統領はプーチン大統領との和平交渉の方針を出した。ウクライナに残された時間は限られている。この中、トランプはゼレンスキー大統領に、ウクライナの地下資源の供与を要求した。それは長期的にウクライナの主権を侵す行為である。
 ゼレンスキー大統領は地下資源を提供する目的で訪米はしたが、躊躇する気持ちもあったであろう。ゼレンスキー大統領は最初、バンス副大統領と、次いでトランプ米大統領と口論になった。
 首脳会談の決裂は米国の軍事支援の終了を意味する。ウクライナの厳しい将来を予言している。

4 日本外交は
  どうあるべきか

 1957年外務省が最初の外交青書『わが外交の近況』を出した。ここで外交活動の基調は、「国際連合中心」、「自由主義諸国との協調」、「アジアの一員としての立場の堅持」の三大原則であるとした。さらに「当面する重要課題として、アジア諸国との善隣友好、経済外交、対米関係調整の三問題が挙げられる」としている。
 しかしその後、日本外交の基調は「日米同盟を基軸とする」に変化する。
 その背景には米国の圧倒的経済力と軍事力にあった。
(1)崩れた「同盟」の前提
 しかし今、その前提は崩れた。米国CIAが「真のGDP」と呼ぶ「購買力平価ベースGDP」では、中国31・2兆ドル、米国24・7兆ドルである。
 将来を計る自然科学分野での研究開発で、トップ10%論文数における世界シェアは1998年―2000年では、①米国48・5%、②英国11・3%、③ドイツ9・7%、④日本7・3%であった。中国はトップテンに入っていない。
 ところが18年―20年は、①中国33・4%、②米国31・8%、③英国11・4%、④ドイツ9・0%で、日本は12位で4・0%である。
 日本では今、「経済安全保障」という言葉がある。軍事転用される危険性のある物品、研究を中国に与えないことを目的とする。
 それでどうなるか。1998年―2000年日本の自然科学分野研究開発での世界シェアは7・3%だが中国はトップテンに入っていない。だから互いに止めれば「困るのは中国」である。ところが、18年―20年ではどうなるか。双方が止めたら中国から来なくなるのは世界の33・4%、日本から行かなくなるのは4・0%。どちらが困るか、「当然日本」である。
 オーストラリア戦略政策研究所の「核心技術追跡指標」では、核心技術の64部門中で米国が7部門、中国が57部門で現在1位である。中国1位はレーダー、衛星位置追跡、ドローン、合成生物学、先端データ分析等の57部門、米国は量子コンピューティング、遺伝子技術、ワクチンなど7部門となっている。
 極めて簡単な論理である。
 しかし日本国中が「対中経済安全保障が大事だ」と思っている。単純な計算もできない状況だ。
(2)中国を抑え込めない
 安全保障面ではどうか。
 2019年9月4日付ニューヨーク・タイムズ紙は、「ペンタゴンが行った、台湾海峡における米中の戦争ゲーム(war game)で、米国は18戦中18敗したと聞いている」と記述している。
 米国は単独では中国の発展を抑え込めない。そのため有志国を募り「中国の封じ込め」を図ろうとしている。しかしそれでも中国は巨大になり「対中包囲網」を形成したとしても、抑え込むことが極めて困難な状況となっている。
 経済であれ、軍事であれ、米国一極支配時代は終わった。
(3)真に日本の国益に資する道を探る
 こうした中で日本は、米国主導の「対中包囲網」に与するか、近隣友好政策を追求するか、どちらが真に日本の国益に資するかを基礎として、真剣に論議すべき時代に来ている。
 中国との関係を築いていく上では、既に既存の土台がある。
台湾海峡危機?
 しばしば、「台湾有事は日本存続の危機」と言われる。
 だが台湾問題では明確に日中間の合意がある。1972年の日中共同声明には、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」とある。さらに78年の「日中平和友好条約」で、「前記の共同声明(72年)が両国間の平和友好関係の基礎となるものであること及び前記の共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認し」と条約でも確認した。
 はっきりと「台湾問題は中国の内政問題」と確認している。もしこれが望ましくないと判断するなら新たに外交交渉を行い改定すればいい。新たな合意がない限り、日本は既存の合意に基づいて行動すべきである。
 近年日本の国会議員が頻繁に台湾を訪問しているが、彼らは公的人間であり、上記の合意に違反しているとみられる。多分、こうした議員には自己の行動が、日中共同声明、「日中平和友好条約」との関係でどういう意味合いを持つかの明確な認識がないのではないか。
尖閣諸島は先人の枠組みを
続ける
 また、尖閣諸島については、「棚上げ」にすることで、田中首相と周恩来首相との間で実質的合意がある。つまりここでは、日中双方が尖閣諸島を自国領土と主張することを避けるという合意がある。加えてこの海域に中国船が入ってきた時にどう対応するかは「日中漁業協定」がある。
 日本は「海洋法に関する国際連合条約」を批准しており、外国漁船の領海内での操業は、沿岸国の平和、秩序、または安全を害する行為(第19条)とみなされ、拿捕を含む強制措置が認められている。
 だが日中漁業協定においては、「北緯27度以南は、新たな規制措置を導入しない。現実的には自国の漁船を取締り、相手国漁船の問題は外交ルートでの注意喚起を行う(尖閣諸島はこの水域に入る)」「領海内で操業している中国船は、違法行為なので退去させる。操業していない中国漁船については無害通行権があり、領海外に出るまで見守る」(2010年9月28日、河野太郎氏のブログによる)こととなる。
 先人は日中で軍事衝突をしない枠組みを作ってきているのである。
自ら外交・安全保障を考える
 米国が同盟国だからと言って特別の厚遇を与える時代は終わった。そして、経済・安全保障面で米国に依存すれば安全が確保され、経済が繁栄する時期は終わった。日本は、今、自ら自己の国益を基礎に外交・安全保障政策を考えなければならない時にいる。
 毎日新聞世論調査(3月15―16日)では、「トランプ米大統領が日本を関税引き上げの対象にした場合、日本はどのように対応すべきだと思いますか」の問いに、実に58%が「対抗措置をとるべきだ」と答える。国民が独立国としての対応を求め始めているのである。

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