農作業の中から見えてくる農業・農村の課題
農事組合法人八頭船岡農場組合長/全日本農民組合共同代表 鎌谷 一也
私は、旧町単位で270ヘクタールの水田を集積している農事組合法人の組合長を引き受けています。法人では食用米栽培のほかに、飼料米・飼料稲、小麦、大豆、キャベツ、白ねぎ等の作物のほか、原木シイタケ栽培や繁殖和牛経営も行っています。
日夜現場で農作業を行いながら、見えてくる農業・農村の課題はどうでしょうか。
生き物との共生、環境に優しい農業へ
まず第1点は、特に近年、異常気象による農作物の生育が非常に不安定であることです。
今後の農作物の生育環境はどうなっていくのか。まさに環境問題への懸念です。2024年度の米価の値上がりは、生産者にとって20年ぶりの1俵2万円を臨む水準で、ホッとしているものです。しかし一方で、品質面や収穫量など猛暑による高温障害や豪雨等による自然災害での被害拡大など、米生産の環境変化に大きな心配があります。従来にない害虫の発生も環境変化によるものと考えられます。23年に続く猛暑の影響は、わが農場の白ねぎや秋キャベツ、大豆栽培にも大きな影響を与えています。
農産物生産への被害、それを反映するような野菜等の全般的な値上がりを見ると、本当に肌感覚で「先は危ない」と感じます。食の安全保障、国民の食の確保は、今や環境問題を抜きには語れません。
国はみどり戦略を世界的な流れを受けてやっと打ち出しました。しかし、どこまで真剣な取り組みとなるでしょうか。もちろん、国や行政のみならず、現場での主体的な取り組みや食糧・農業関連企業の取り組みも問われています。有機農業については令和元年から取り組み、現在6年目となりますが、米・白ねぎ・野菜含めてJAS認定が5・2ヘクタール、圃場を含めれば約9ヘクタールの面積となります。
農地の源流でもある森林・里山保全と併せ、水田の環境保全や生物多様性の保全に取り組んでいます。環境省の認定する自然共生サイト内で有機農業に取り組み、米や白ねぎ、大豆も生産しています。コウノトリがよく飛来していますが、生き物との共生や環境に優しい農業への取り組みは、環境問題を考えると不可避ではないでしょうか。
農家の高齢化や
担い手不足の加速
第2点は、自然環境の変化のみならず、農村や農業者の体力・基盤が急速に崩壊・弱体化していることが挙げられます。
20年からの物件費にもならない低米価は、米主体の法人の倒産が増加するなど、決定的なダメージを与えてきました。中山間地域の水田を守り、引き継ぐためにも、今以上生産を放棄することがないよう、米価を上げ所得を保証することが急務となっていました。JAグループのみならず米業者含めて、米価の引き上げに動かざるを得ない状況です。
農家の高齢化や担い手不足は、一層加速します。食用米に限らず農産物価格の不安定化が進む今日、安定した収益体制や就農体制を早期に確立しなければ、生産力は低下し生産量自体は落ちてきます。もっとも、 日本の人口は減少しているので、食料生産が減ってもいいのだ、と言えるほど状況は甘くないでしょう。
生産者への所得保障を
充実させる
第3点は、米政策だけでなく、あらゆる農畜産物の価格政策、生産者への所得政策が全く不十分なことです。
野菜果樹農家が減少し、異常気象等での生産減少で価格が高騰しているケースもありますが、本当に安心して生産が継続できるでしょうか。畜産に至っては壊滅的です。餌の高騰の一方で、餌基金の補塡はなくなり、丸裸同然です。
私は農業法人のほかに、成牛600頭規模の酪農にも関与していますが、日本の酪農の状況は8割の酪農家が赤字と言われています。繁殖肥育経営も、子牛や肥育牛の価格下落で疲弊しています。和牛は放牧で、酪農は生き残るため1日3回搾乳や餌メニューの見直しなど、人間も牛も大変な苦労をしていますが、将来の光は見えない状況です。本当に日本の酪農畜産を守る気があるのか、熱意の全く感じられない政治状況です。
今回の米問題を踏まえ、恒常的に再生産ができる価格政策や所得政策、そして環境政策を確立することこそ焦眉の課題です。
都市・消費者との共生を図る
第4点は、農村の再生、都市・消費者との共生をどう図るかです。
農家が減り、農村の人口も急激に減少します。限界集落から、集落崩壊・集落消滅の危機が迫っています。人もいなくなれば、山に戻す、自然治癒する環境に戻す、でもいいでしょう。しかし、人間が住む環境として考えると、河川の氾濫等の自然災害、鳥獣害、病虫害の頻発する懸念も高まります。農村、地域の再生を含め、今後の農村の在り方は焦眉の急です。
石破総理大臣は私の地元出身ですが、地域創生に力を入れるでしょう。だが、どういう再生・創生を行うか。国全体の財源が縮小していくなかで、むやみに箱もの等にお金を使って創生ではありません。どういった地域をつくるか。
市町村などの行政の役割も重要ですが、住民の意思、地域の存続と継承の意思と自治が重要なカギと考えています。住民と行政一体の取り組みです。まず、地域での自給圏、相互扶助の体制です。災害に遭おうと、住民が食べ生き残れる地域の体制、食料経済の自給圏の確立、農地・林地・施設の有効活用、非農家含め農や食への関わりを強化する家庭菜園、市民農園などクラインガルテン(賃借制度)、地産地消、CSR(企業の社会的責任)など住民が参加できるシステムづくり、食料だけでなく電気の自給も含めた自給体制と備蓄体制づくりです。
そして、地域の自給・主体的な独立体制のみならず、重要になるのが、都市や若者等との関係人口づくりです。地元の強い存続の意思、主体的な取り組みのもとに、都市や地域外との連携、イザという時の助け合う体制など、第二のふるさとづくりは、人や農産物含めた物・金の交流につながります。
若い人が農業をやって
いける環境整備
第5点は、やはり若者対策や農業の担い手対策です。
農業に従事しなくとも、農や食に関わる仕事、森林や環境・観光に関わる仕事など、田舎に住みたい若者もいます。経済活動と人の営みはつながっていますから、農業・林業がしっかり地域で確立できれば、その地域の食べ物・地域資源を核として地域の再生にもつながります。
まず、特殊な才能がなくとも、一定の規模であれば若い人が農業して食べていけるという環境を作る、農産物価格や所得政策、環境保全を含めた直接支払制度などの充実と、支援連携体制です。若者が参入したいと願う社会的な産業の農業、住みたいと思える農村。そのための政策を重視したいです。
現役に負けぬ気持ちで昼夜頑張っていますが、もうすぐ72歳です。われわれは、「江戸時代の農家の視点、環境に立って考えれば、現在の農業は随分楽で贅沢であろう」と思って頑張ります。しかし、若者はそうは いきません。美しいふるさとを守るためにも、世代がつながっていくことを望むものです。