日本はどうやって平和を考えるべきか

ガザ戦争の即時停戦を!

日本はジェノサイド条約批准を

東京外国語大学名誉教授 伊勢崎 賢治

10・7は連綿と続く
戦争下の奇襲作戦

 まずガザのことをお話しします。昨年10月7日、ガザ戦争が開戦しました。これを10・7と呼ぶことにします。ここに至る経緯を大ざっぱに言いますと、半世紀以上をかけたイスラエルによる軍事占領と土地収奪です。僕は泥棒と言っています。10・7のハマスの行為は、この積年の抑圧の時間軸の中で起きたものです。
 10・7におけるイスラエル犠牲者1139人のうち695人は一般市民でした。その意味で大変に痛ましい事件であります。しかし、373人はイスラエル兵士と治安部隊の要員であり、基地攻撃などの国際法上正当な軍事行為であったことを無視するべきではありません。

ハマスの行為はテロではない

 専門家として申し上げます。ハマスの行為はテロではありません。連綿と続く戦争の中で起きた一つの奇襲攻撃です。それまで一方的にやられてきたわけですから。2007年にイスラエルが陸海空を封鎖し、ガザがいわゆる「天井のない監獄」になって以来、大きな軍事侵攻が8回あります。10・7以前に少なくとも3千人以上のパレスチナ市民が死んでいます。10・7以降はもう4万人です。その多くは女性と子どもです。
 痛ましいイスラエル市民の犠牲は本来、軍事行動の中で発生する第2次被害(コラテラル・ダメージ)における比例原則で語るべきです。比例原則とは、自衛権の行使の要件が満たされ反撃が正当化されたときに、その反撃の烈度をいさめるものです。反撃に伴う市民への第2次被害は許容範囲でなければならない。それを超えた場合は戦争犯罪になります。国際慣習法としての国際人道法によって、戦う双方の自衛権の行使における「倍返し」をいさめる、これが戦争のルールです。
 国際法の比例原則に基づいて、双方が犯した第2次被害の違法性が、後に立ち上がるであろう戦犯法廷において平等に査定されるべきです。推定無罪はどんな残酷なことを犯した被疑者も、判決が下るまでは無罪です。この冷静な視座に基づく言説を広めることは、ガザにおけるイスラエルの行為を一刻も早く止めさせるために必要です。なぜなら「10・7はテロであり、ハマスはテロリストであり、だから殲滅するしかない」という言説、これこそが無辜のパレスチナ市民を殺し続けるイスラエルとそれを擁護し続けるアメリカの「正義」の原動力になっているわけですから。

持続的な停戦の鍵は?

 ネタニヤフが言うハマスの殲滅、極右勢力が喧伝するガザへの入植、これはどういうことかというとパレスチナの民族浄化です。これに対してアラブ諸国は当然のことながらグローバルサウスでも、イスラエルを包囲する世論が高まっています。これはいいことです。アメリカ国内でも学生たちが蜂起し、イスラエルへの軍事供与の是非が、アメリカの大統領選挙に向けて大きく政局化しています。
 そして今年初め国際司法裁判所(ICJ)が、ジェノサイドの認定までには至りませんでしたが、イスラエルとジェノサイドを関連付けました。これから数年かかるでしょうが、ガザ・ジェノサイドの最終的な認定に向けての大きな第一歩になりました。しかし、こう言っている間にも大量虐殺は進行しています。人道的停戦、暫定的な停戦という言葉がやっとアメリカの口から出るようになり、水面下で交渉が進んでいます。
 交渉の鍵となっているのは人質と捕虜の交換ですが、人質と捕虜がゼロになったときには、また戦闘が再開します。暫定的な停戦でも人命が助かることですから、一刻も早く実現するべきですが、持続的な停戦に向けての交渉の鍵を見つけなければなりません。
 鍵は戦闘終結後のガザをどうするかというビジョンです。僕はまずイスラエル軍の全面撤退を前提とするべきだと考えます。同時に交渉ですからハマスにも譲歩を求めなければなりません。つまりハマスが自らを整然と武装解除し、広く国際社会が認めるポリティー、つまり政体になることです。加えて、武装解除後の武器弾薬のガザへの流入の防止を国際社会が保障する措置も必要です。停戦監視主体をどういう構成にするかが、これも説得の鍵になります。ネタニヤフが発する好戦的な言説からは、いま言った鍵でさえ非現実的に見えます。しかし最終的な交渉の帰着点は、これになるはずです。そしてそれを説得できるのは、世界でただ一つアメリカだけです。

ハマスと自治政府の和解

 根こそぎ破壊されてしまったガザは一日も早く再建されなければなりません。再建には国際支援の受け皿となる行政が必要です。停戦監視とともに、ガザの行政機構をどう構築するかは喫緊の課題です。国際社会の支援を得るためには、既に国連でオブザーバーの地位を得ているパレスチナ自治政府を前に立てなければならないでしょう。これはアメリカもその方向で考えています。
 しかしその場合、ハマスとパレスチナ自治政府の関係が問題になります。全然仲良くないんですね。ハマスは2006年のパレスチナ国政選挙で、西岸地区、ガザ地区の両地区で民主的に第一党に選ばれた、れっきとした政党です。パレスチナ自治政府の腐敗や、汚職の批判から生まれたのがハマスです。
 昨年の10・7直前にもある事件が起こりました。歴史的に複数の巨大なパレスチナ難民キャンプを抱える隣国レバノンで昨年の8月から9月にかけて、パレスチナ難民の派閥同士の武力衝突がありました。主流のファタハ勢力といわゆる過激派の対立が発展したもので、ハマスは直接の当事者ではないということでした。しかしこれが起きる直前にパレスチナ自治政府の諜報局のトップがレバノンを訪問し、ハマスの影響力を難民キャンプから排除するようヒズボラ側に打診した政治工作があり、これがパレスチナ難民同士の内戦の引き金になったという分析があります。
 何がハマスを10・7の奇襲攻撃に踏み切らせたのか。これから史実の解明が進むでしょうが、ハマスとパレスチナ自治政府の関係性も、10・7を誘発させた原因の一つとして位置づける必要があります。西岸地区のパレスチナ人社会でも、ハマスへの支持の増加が報道されています。そしてガザにはハマスを背教者、反イスラムとみる過激な武装グループが複数存在します。これを抑制するためにも、パレスチナ自治政府とハマスの和解が大事です。ハマスは殲滅できません。逆にハマスを政体として受け入れ、ガザの再建に参加させなければならないと考えます。
 世界中のムスリムの心を一つにするのはパレスチナ問題だったわけです。そのガザがこれだけ可視化された。次の世代、どういう記憶が継承されていきますか。いま物心ついた10歳のガザの少年、10年後に20歳になったらどういう20歳になりますか。これを繰り返してきたんですよ。これからわれわれはさらに暗い未来予測をしなきゃいけない。

息絶えた平和構築外交

 だからこそ特に親米国家、日本の役割があると思います。かつてアラファトPLO議長が、欧米諸国からテロリスト扱いされていた時期、日本は彼を招聘しました。その後アラファト議長はオスロ合意でノーベル平和賞を受賞する一人になっています。
 もう一つ、これは緒方貞子さんの功績でありますけれども、ハマスと同じくテロリスト扱いされていたフィリピンのモロ・イスラム解放戦線。実はこの和平工作を日本が牽引したんです。日本にはそのような平和構築外交の実績があります。今となっては、それは息絶えておりますが、その素質はまだ残っております。外務省の専門家も含めてです。こういう平和構築の外交がなくなっていったのは、第一次安倍政権です。民主党政権の時はもっとひどかった。これは反省してください。
 2年前ウクライナ戦争が始まったとき、僕は即時停戦を言った。停戦と言っただけでプーチンの手先だと言われたんですよ。そのときに即時停戦が日本の国益になると協力してくれたのが自民党の石破茂氏と中谷元氏です。彼らはガザの戦争においても、いち早く動いてくれました。
 UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)にハマスのテロリストが交じっているとイスラエルが申し立てて、拠出を止めたんです。食料攻めですよ、あのガザに。こんな恥ずかしいことはない。その後、日本は拠出を再開しました。そのときに外務省を説得してくれたのは彼らです。9条護憲を教条的に標榜してきた野党は全然駄目です。僕は、申し訳ないですけど彼らを信じない。

日本はジェノサイド語る資格ない

 ジェノサイド条約、ご存じですか。これは集団殺害等の防止および処罰に関する条約です。つまり人種、民族、宗教などが異なる集団を破壊する目的の殺害迫害、これを国際法上の犯罪ジェノサイドと定義し、その防止と処罰を求める条約です。これが国連総会で決議されたのは1948年で、現在では153カ国、アメリカ、イタリア、ロシア、中国、朝鮮を含む世界のほとんどの国がこれを批准しています。今年になって南アフリカが国際司法裁判所にガザ・ジェノサイドでイスラエルを提訴しました。両国ともこの条約を批准している。つまりジェノサイドとは何かという定義を受け入れた同士でウォッチし合っているわけです。
 しかし、日本は批准していません。だから、私たちにはジェノサイドを語る資格がありません。例えば一つの民族を殺して1千人が死んだとき、これは1千件の殺人事件じゃないですよ。あるアイデンティティーを持った集団を殺せという政治行動です。ということは誰かいるわけです、首謀者が。これを上官責任といいます。
 日本の刑法はいまだに発展してなくて、この「上官責任」という観点をとらないんです。国際法では、戦争犯罪を裁く際には、実行犯よりもむしろ、それを指揮・命令した人々の責任が厳しく問われます。その犯罪を発生させた責任が指揮命令系統のうちのどこにあるのかを認定し、起訴・量刑の起点とするわけです。逆に実行犯が許される場合がある。日本にはこの考え方がないんです。例えばヘイトクライムが起きたときに、上官を裁けない。
 なぜこれを日本の法学者、日弁連も含めて問題視しないんですか? 護憲派の皆さん、もしかして9条を守っていれば、ジェノサイドは起きないとでも思ってらっしゃいませんか? 9条なんかどうでもいいですよ。ジェノサイド条例を批准しましょう。上官責任を問う国内法を整備しましょう。これがガザ戦争から日本人が学ぶべき点です。

米朝開戦すれば日本が
標的に

 ガザ戦争と同時にウクライナ戦争。この二つの大きな戦争が同時進行しているわけです。世界の構図がガラッと変わりました。その中で中心的な役割はアメリカです。このアメリカと日本がどう向き合うのかという話をします。
 抑止戦略論上の軍事用語でトリップワイヤーという考え方があります。これは仕掛け線ということです。敵対する大きな国家や軍事同盟の狭間に位置している緩衝国家に、超大国や軍事同盟が安上がりな兵力を置く。つまり安上がりな軍事供与で、敵国を挑発する装置を敵国の目の前の緩衝国家に置き、有事となったらその緩衝国家を犠牲にして、敵国の進軍を遅らせるという考え方です。東アジアでは緩衝国家はどこでしょうか。韓国と日本、国ではないですが台湾です。
 日本は戦後70年以上、ずっとトリップワイヤーです。皆さんがJアラートで机の下に潜り込んだときに、嘉手納基地にオーストリア軍用機が日本に何の通告もなく降り立ちました(2017年)。その後横田基地にイギリス軍用機が降り立ちました。なぜ日本に無断で降り立てるんですか。それは朝鮮国連軍だからです。国連憲章では常備軍を認めてないのに、国連軍が朝鮮半島にずっといる。実は国連が匙を投げて解消できない朝鮮国連軍という世にも珍しい奇妙な代物と、地位協定を結んでいるおめでたい国の一つが日本です。
 朝鮮国連軍の後方基地として指定されているのは嘉手納、横田を含めて7つです。そして朝鮮国連軍の後方司令部があるのが横田基地です。もし米朝開戦となれば、日本は自動的に国際法上の交戦国になります。日本を飛び立った米軍機・「国連軍」機が朝鮮を攻めた瞬間から、朝鮮には国連が認める個別的自衛権がありますから、われわれは合法的な標的になるんですね。
 開戦というのは国家の意思です。焚きつけられたとか、代理戦争でも意思決定は国家です。日本に主権はないです。戦争をやるにも平和にもわれわれの意思はない。だから日本は緩衝国家でもなく、単なる緩衝材ではないか。知れば知るほどそう思います。

法の空白を埋めるべき

 120以上あるアメリカの結んだ地位協定で米軍の完全自由を許すのは日本だけです。他の国では米軍はいるけれども、全てその国の基準に従う。だから幼稚園の上は飛べません。「自由なき駐留」が国際標準です。
 そして米軍が駐留国内で享受している権利は米国内でも与えられています。これが互恵性、法的な対等性です。しかし、日本にはこれがありません。自衛隊は何の資格もなく、特権もなくアメリカに駐留します。法的な対等性というのが重要なんです。
 ちなみに日本は駐留国としての地位協定も持っています。日・ジブチ地位協定です。民主党政権以来、日本の自衛隊は恒久的な軍事基地を北アフリカの小国のジブチに持っています。対岸がイエメン、非常にきな臭い地域です。
 その日ジブチ地位協定で日本が享受している特権は、きわめて甘いものです。それはなぜか? 日本の刑法には国外犯規定というのがあります。自衛隊員にかかわらず日本人が海外で犯す業務上過失致死に対してはその国には管轄権がなく、裁けるのはレイプとか殺人などの故意犯だけです。ジブチ政府から裁判権を奪っています。こんな国は日本しかありません。
 これを法の空白と言います。野党は何を恐れているんですか。自衛隊法改正が憲法問題になっちゃうからですか。自衛隊が軍でないわけはないでしょう。でも安心してください。憲法と刑法とか自衛隊法に乖離があって構わないと思うんですよ。憲法は理想で、権力がやってはいけないことを示している。目の前の問題を解決するんだったら、刑法と自衛隊法を変えるだけでいいんです。共産党も含めて、憲法問題と離れてそういう問題をなぜ論議しないんでしょうか。
 近々『14歳からの非戦入門』という本を出版します。ウクライナとガザ、二つの大きな戦争が進行する中、日本はどうやって平和を考えるべきなのかを書きました。若い方にも読んでいただきたいですね。

 (本稿は、広範な国民連合・東京の第19回総会での記念講演の一部を編集部の責任でまとめた)