「戦える国」完成形へ

安全保障と私権制限

取材・報道の自由も標的

専修大学教授(言論法) 山田 健太

 国会では連日、政治とカネをめぐっての議論が続いているが、一方で着々と今国会提出の法案準備が進んでいる。ここでは、思想表現の自由にかかわる法制度を中心に、新法に繫がるこの20年間で形成されてきた〈国のかたち〉を追ってみたい。

私権制限

 始まりは、安倍晋三政権下の緊急事態法制と秘密保護法制の整備からだ。この二つは、有事=戦争下には必要不可欠な法制度と考えられている。前者が2003年制定の武力攻撃事態法(武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)と04年の国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)だ。
 これらのポイントは、緊急事態においては行政に権限を集中させ、同時に私権(市民の基本的人権)を制限できることを定めていることにある。移動・集会の自由や私有財産が制限されることが書かれているものの、当時は切迫した現実感はなかったが、店の営業はできなくなり、県を超えた移動が制約を受けるなど、あっというまに「自粛」の渦に巻き込まれることを、コロナ禍で知ることになる。この根拠となったコロナ特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)も、緊急事態法の一つだ。
 さらに、取材・報道制限があるのも特徴だ。指定公共機関の制度で、報道機関は緊急事態宣言下において国や自治体に協力することなどが求められるわけだ。法的義務がなくても国の指示に従うさまは、コロナ以外にもう一つ私たちが経験した緊急事態宣言である、福島第1原発事故の直後、30キロ圏内からの避難勧告を受け、全報道機関が政府の指示通りに市民がまだ実際に住んでいる地区から退避した事実を忘れることはできない。この根拠となった緊急事態法は、1999年の原子力特措法(原子力災害対策特別措置法)である。

情報隠し

 前述の有事法制は16年にバージョンアップされ、政府が「切れ目のない安全保障法制」と称した平和安全法制となり、前後して集団的自衛権の行使を容認、武器輸出禁止3原則を緩和した防衛装備移転3原則が決まった。これらとほぼ同時の13年に制定されたのが、冒頭に述べた秘密保護法制としての特定秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)だ。
 01年に施行された日本の情報公開制度は、とりわけ10年代に入ってから、運用上の骨抜きが進んでいるが、これに加え「保護」という名の情報隠しが法制化されたことになる。防衛、外交、スパイ、テロなど4分野の安全保障情報を、政府の判断で「特定秘密」に指定することで、市民は未来永劫知る術を失うことになった。しかも緊急と秘密の二つの法制度には、表現の自由に関する「配慮」条項が存在する。それまでにも報道の自由をおもんぱかる法律はあった。たとえば個人情報保護法や探偵業法だが、これらは取材の自由を守るため法の適用から報道機関を除外する制度を組み入れていたわけだ。
 しかし2000年以降の法制度は、ずばり取材・報道を制限する条文を設け、その運用に際しては政府の判断で手加減しますという断り書きを入れるものだ。配慮のベクトルが全く別で、自由を守るためとのうわべは同じでも、法条文自体が制限を目的とするものであることは動かない。

密室の政府決定

 こうした取材・報道制限はその後、堰を切ったように続くことになる。16年のドローン規制法(重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律)や21年の土地利用規制法(重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律)がその代表例だ。どちらも国家安全保障のための法整備である。
 等がついている法律は、制定後に政府解釈で自由に運用が拡張されるので注意が必要といわれるが、後者は法律名の中だけで3つも等があり、予想通りその後は、対象範囲が毎年のように拡大され続け、しかもその運用基準も曖昧なままだ。しかも先述の武器輸出方針の緩和同様に、運用の変更はことごとく密室の政府決定であって、国会で議論されることはほぼない。この政府による対象の自由な拡張や変更は、イコール恣意的な私権の制限そのものだ。

沖縄と地続き

 そのうえで今国会に上程予定の二つの法案に注目したい。一つは、22年に制定された経済安保法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)の運用のための新法である、経済安保情報保護法(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律)案だ。政府は、漏洩すると安全保障に支障があると思えば重要経済安保情報に指定し、犯罪・懲戒歴や経歴などを調査したうえ、民間企業の従業員等が当該情報を扱うことができるようにするもので、罰則には拘禁刑も設けられる。
 岸田文雄首相は1月末の経済安保推進会議で、「特定秘密保護法とシームレスに運用していく」と述べ、セキュリティークリアランス(適性評価)導入と経済安保の情報保全に対応するよう、特定秘密保護法の運用基準の見直しを指示した。これは、いまでも曖昧な特定秘密保護法の対象分野を、事実上大きく、場合によっては無限定に拡大するものだ。しかも保護法ではその対象は原則公務員であったが、新法では広く民間人が対象となり、政府が必要と思えばすべての市民の身辺調査が法制度上可能になりかねない。
 ここでもお決まりの配慮条文が入る予定で、法自らが表現規制立法であることを証明している。なお、経済安保法制定時に対象分野として14が想定されており、その一つは放送だ。機密情報保秘のためのセキュリティークリアランス制度といえば聞こえはいいが、これはジャーナリストの身体検査を国が行うことを意味する。
 そしてこれと密接な関係にあるのが、もう一つの注目法案である日本学術会議法の改正案だ。菅義偉政権での任命拒否で大きな注目を集めたが、軍事研究を進めたい政府の、事実上の会議解体のための制度変更であるとみられている。経済安保法では、先端技術をめぐる研究の自由がどこまで担保されるかが焦点になったが、学術会議が1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨を定め、さらに2017年の声明でも軍事研究を事実上認めないことを確認しているからだ。
 沖縄で進む辺野古新基地をめぐる代執行手続きも自衛隊の南西配備も、これらの法制度とすべて地続きで、「戦える国づくり」のための完成形が近づいている。その犠牲になるのが誰かは、ウクライナやガザを見ても明らかだが、取材・報道の自由もまた標的の一つとなっている。

 (本稿は、「琉球新報」連載「山田健太のメディア時評」2月9日掲載を筆者の了解の下に転載)

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