米国やG7が世界を思うように動かせる時代は去った
東アジア共同体研究所所長・元外務省情報局長 孫崎 享
1 米国国際関係者が見る2024年の国際情勢
(1)「外交問題評議会(CFR)」が考える危機
米国の各種研究機関で最も権威があるCFRは「24年に注目すべき紛争;予防上の優先事項に関する調査結果」を発表した。CFRの年次予防優先事項調査(PPS)は、その16年の歴史で初めて、「外交政策の専門家にとっての最大の懸念は、米国の国益に対する外国の脅威ではなく、国内の脅威の可能性である」とした。
ここで幾つかの分類を行ったが主要なものは次のとおりである。
A:カテゴリー1(可能性:高 影響:高)
・米国では特に24年の大統領選挙前後で政治的二極化が進み、国内のテロ行為や政治的暴力につながる
・ガザにおけるハマスとイスラエルの間の長期にわたる戦争は、より広範な地域紛争を引き起こし、レバノンとシリアではイスラエルとイスラム過激派組織の間でさらなる衝突が発生している
・中米とメキシコの犯罪暴力、汚職、経済的苦境を背景に米国南西部国境への移民が急増
B:カテゴリー2(可能性:中程度 影響:高)
・クリミア、黒海、ロシアを含む近隣諸国での軍事作戦の激化に起因するウクライナ戦争の激化、NATOの直接関与につながる可能性
・特に24年の台湾総統選挙前後における中国による台湾に対する経済的・軍事的圧力の強化は、米国および地域の他の国々を巻き込んだ深刻な海峡両岸危機を引き起こしている
・イランとイスラエルの間の直接の軍事衝突は、イランによる地域の過激派組織への支援と継続的な核兵器開発によって引き起こされた
・米国に対する非常に破壊的なサイバー攻撃、国家または非国家機関による選挙制度を含む重要なインフラ
・北朝鮮による核兵器と長距離弾道ミサイルのさらなる開発と実験によって引き起こされた北東アジアの深刻な安全保障危機
(2)「ユーラシア・グループ」が考える危機
ブレマー氏が率いる「ユーラシア・グループ」は2024年版の「10大リスク」を発表した。
リスクNo.1 米国の敵は米国(24年の選挙は、米国が150年間経験したことのないほどに米国の民主主義を試すことになる)
リスクNo.2 瀬戸際に立つ中東(この地域は一触即発の危険な地域であることに加え、関与する者が多いことによりエスカレーションのリスクが非常に高い)
リスクNo.3 ウクライナ分割(ウクライナは今年事実上分割されることになろう、ウクライナと西側諸国にとっては受け入れがたい結果が現実となるだろう)
リスクNo.4 AIのガバナンス欠如(人工知能のブレークスルーはガバナンスの取り組みよりもはるかに速く進む)
リスクNo.5 ならず者国家の枢軸(ロシア、イラン、北朝鮮の連携強化と相互支援は、世界の安定に対する脅威を増大させるだろう)
リスクNo.6 回復しない中国(経済的制約と政治力学が持続的な成長回復を妨げているため、中国経済に希望の芽が出てきても、回復への誤った期待が高まるだけである)
リスクNo.7 重要鉱物の争奪戦
リスクNo.8 インフレによる経済的逆風(21年に始まった世界的なインフレショックは、24年も経済的および政治的に強力な影響を及ぼし続ける)
リスクNo.9 エルニーニョ再来
リスクNo.10 分断化が進む米国でビジネス展開する企業のリスク(米国の文化戦争の集中砲火に巻き込まれた企業は、意思決定の自主性が制限され、ビジネスコストが上昇する)
2 日本に大きく影響を与える2024年の国際情勢
日本に大きく影響を与えるとみられる2024年の国際情勢には下記がある。
①米国大統領選挙
②台湾問題等米中関係の動向
③ウクライナ戦争
④ガザ戦争と、紛争の中東地域拡大の可能性
これらの情勢と、日本に与える影響を考察してみたい。
3 米国大統領選挙
1月15日、共和党の指名争いの初戦となるアイオワ州党員集会でトランプが圧勝した。トランプ51%、デサンティス(フロリダ州知事)21%、ヘイリー(元国連大使)19%だった。1月中旬での各候補への支持率は、米国の主要政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス(RCP)」平均でトランプ61%、デサンティス11%、ヘイリー12%と、トランプの優位は変わらない。
現段階では民主党はバイデンを候補にする。
ではバイデンとトランプが戦った場合はどうなるか。1月中旬で、RCP平均はトランプ45・8%、バイデン44・7%である。米国大統領選挙は代議員制度をとり、全取りの州がある。選挙動向を揺るがす州の状況を配慮するとトランプの優位は拡大する。米国では大統領選挙も賭けの対象で、1月中旬、賭けではトランプ37・6%、バイデン29・0%である。
トランプとバイデンでは対外政策が大きく異なる。幾つかを列挙してみたい。
・米国の海外基地については、トランプは不要論、バイデンは必要としている。
・朝鮮半島については、トランプは北朝鮮に融和策、バイデンは強硬策。
・ウクライナ戦争に関しては、トランプはウクライナ支援を不要とし、バイデンは必要としている。
まず理解しなければいけないのはトランプとバイデンは政敵ということである。バイデンと仲良くした人物がトランプと同様に仲良くすることは困難だ。かつウクライナ戦争、北朝鮮政策で両者の対応は180度異なる。日本政府はトランプ政権になったときの対応を今から考えておくべきである。
4 台湾問題等米中関係の動向
台湾を巡っては、1月13日に実施された総統選挙および議会・立法院の選挙が今後の動静を左右する要因として注目された。
与党・民進党の頼清徳氏は台湾の独立を志向し、国民党侯友宜氏と民衆党柯文哲氏が中国との協調を主張した。結果は頼清徳氏が40%、侯友宜氏が33%、柯文哲氏が26%を獲得し、頼清徳氏が勝利した。
立法院選挙では、113議席のうち、国民党が52議席、民進党が51議席、民衆党が8議席獲得した。民進党は改選前より11議席減らして過半数を維持できなかった。
頼氏は米国からの武器購入で中国に対抗する態勢をつくることを意図していた。そのためには立法院で法案や予算案の可決に必要な過半数を獲得しなければならない。民進党が議会で少数与党政権へ転落したことにより、軍事的に中国に対抗する態勢をとることは困難になった。立法院で中国との関係改善を望む勢力が優位に立つ中、独立への動きは難しい。
今度の選挙における中国の反応を見ると、国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は頼清徳氏の得票率が40%だったことや、議会にあたる立法院の選挙で民進党が過半数を維持できなかったことを背景に、「台湾地区の二つの選挙結果は民進党が決して民意を代表できないことを示している」とした。中国もまた、独立に向けての動きは沈静化するとみている。
台湾が独立の動きをしなければ、中国がこの時期軍事行動に出る可能性は低い。バイデン大統領は選挙結果を踏まえ、「われわれは台湾の独立を支持しない」と述べている。
台湾総統選挙で台湾有事は少し遠のいたことは、日本にとって幸いである。
ただ米中関係は台湾問題が根本問題ではない。問題は経済を基礎として中国が米国を追い抜く可能性が現実のものとなりつつあり、これに米国の政治家、一般大衆が危機感を持っていることに起因する。米国は日本を巻き込んでの対中包囲網形成を画策していく。
5 ウクライナ戦争
2024年、ウクライナ戦争は大きく変化するとみられる。
ウクライナ戦争は、ウクライナを戦場にロシア兵とウクライナ兵が戦う戦争である。だがウクライナの武器は米国を中心とするNATO諸国が提供する武器である。武器供与が縮小すれば、戦況は一気にウクライナの不利になる。そしてNATO諸国のウクライナ軍事支援の減少は現実のものとなった。米国においては予算の先議権は下院にある。下院が了承しなければ予算は決まらない。下院の多数を占める共和党がウクライナへの軍事支援に難色を示している。
もはや米国が2023年までの規模で、ウクライナに軍事支援を行うことはない。十分な武器支援がなければウクライナは戦場でロシアに勝つことはあり得ない。
かつて森喜朗元首相がウクライナ戦争について、①ロシアが負けることはない、②ロシアは日本の隣に位置する、③一方的にウクライナ支援でいいのか――という問題提起をした。その際日本中が彼を叩いた。だが森元首相の提言が現実のものとなった。
私は、日本は和平への努力をするべきと思う。その際の骨格は次のとおりである。
①NATOはウクライナに拡大しない(注:ドイツ統一の際、西側諸国がNATOは「東方に拡大しない」と約束している)。
②ウクライナ東南部の帰属は、国連などの監視下で住民投票を行い、帰属を決定する(国連憲章第1条―人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること―)。
6 ガザ戦争
ガザはわれわれ日本人には遠い存在である。ガザ戦争理解のため、経緯を説明しておきたい。
ガザ戦争の出発点は1948年のイスラエルの建国である。パレスチナ人は追い払われ、彼らの多くはガザ地方とヨルダン川西岸に住む。ガザでは過酷な生活環境の中に置かれたが、イスラエル軍が住民の不満を抑え込んできた。
流れを変える動きが出た。ネタニヤフ首相らはパレスチナ解放機構(PLO)に対抗する勢力、ハマスの勢力拡大を容認した。バーレーンが巨額の資金をハマスに提供し、イスラエルもこの資金流入を黙認した。ハマスは得た資金で大量のロケット弾を蓄積、12月7日のイスラエル攻撃につなげた。
中東情勢に大きい不安をもたらしているのは、ガザ以外でイスラエルに対する抵抗運動が拡大していることである。今、大量のミサイル、無人機でどこからでも攻撃ができる。かつソーシャルメディアで情勢が瞬時にアラブ社会に拡散され、イスラム連帯、反イスラエル運動が盛り上がる。現に紅海でイスラエル関連の船舶を攻撃しているイエメンは、米英の空爆を受けてはいるが、中東社会全体の市民から礼賛を得ている。
中東諸国はイスラエルと戦えると思い始めた。国際社会も変化している。購買力平価ベースで見れば、G7全体のGDPは、非G7上位7カ国合計より低くなった。非G7は総じてガザの人々を支持している。もはや米国やG7が世界を思うように動かせる時代は去った。
日本は米国に追随し、イスラエル支持をしていればいいと思っていると、中東諸国、さらには非G7の国々から大きい反発を受けることになる。