福島第一原発処理水海洋放出問題 [その2]

福島円卓会議 緊急アピール

 当会議は、福島県民・国民の参加によりALPS処理水の処分のあり方や復興と廃炉の両立について議論していくために立ち上げ、7月11日、8月1日の2回の討議を重ねているが、現在の情勢の中で緊急で以下のアピールを発出する。

福島円卓会議一同

1.今夏の海洋放出は凍結すべきである

政府・東電による、ALPS処理水を今夏ごろまでに海洋放出するという一方的に決められたスケジュールは、2015年の「関係者の理解なしにいかなる放出もせず処理した水はタンクに貯留する」という文書で交わした約束を遵守するために凍結し、関係する人々の参加による議論に付すべきである。

原発の廃炉を地元の復興と両立させるために、これまで最も被害を受けてきた浜通り自治体の住民、漁業・水産関係者の意見を重視しながら、県民・国民の参加による議論を進めていく必要がある。

政府・東電がお墨付きを得たかのように依拠するIAEA(国際原子力機関)の安全性レビュー報告書は、限られた範囲の評価を出るものでなく、これだけを根拠として、影響を受ける人々が参加すべき議論のプロセスを省略して放出を強行することは認められない。【補注1】

 福島県漁連は、2015年8月、原発の汚染水の海洋漏洩を止めるための遮水壁の閉合に必要であるという理由で、サブドレンの汲み上げ浄化水の海洋放水の承諾を政府と東電から求められた際に、容認の条件の一つとして「建屋内の水は多核種除去設備等で処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない事」と申し入れ、これに対して、政府と東京電力は約束し、東電は、当時のトリチウム水タスクフォースでの選択肢の検討や分離技術の試験などが実施されていることを挙げ、「検証等の結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多角種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留いたします」と回答をしている。東京電力は、15年時点では遮水壁の閉合・サブドレン放水が優先だったため、やむをえずこの約束を結んだと説明している(23年7月7日、宮城県生協連・福島県生協連・他と東京電力の意見交換の場にて)。  IAEAの安全性レビューに関する包括報告書(23年7月4日公表)では、レビューの対象が、21年4月に日本政府が決定した海洋放出方針を前提として、その人および環境に対する放射線影響に限って、国際安全基準に合致していると判断できるかどうかを検証したものと限定しており、社会的・政治的な懸念や正当化プロセスについては検討の対象から除外している。もちろん国際的・倫理的な問題もなお残る。

2.地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない

原発事故と汚染水問題により多大な被害を受けてきた地元漁業者が、15年の約束の遵守を一貫して要求し、海洋環境を守り生業を続けていきたい一心で放出に反対する数々の声を発してきたことは尊重されなければならない。これを無視してスケジュール先行の海洋放出の説明会が政府によって繰り返されている現在の状況は、対話と相互理解に向けた姿勢を欠いており、漁業関係者を孤立させ、漁業復興に向かう現在の数々の重要な事業を強く阻害しており、強く懸念されるものである。

政府と東電からは、海洋放出実行に伴い風評対策を徹底する、被害には賠償をするという新たな約束が出てきているが、地元漁業者が要求していることと大きな隔たりがある。

漁業の復興の阻害をこれ以上許容できるものでなく、どうすれば漁業の復興を続けられるのかを政府・東電も真剣に考え、対話すべきである。【補注2】

 福島県地域漁業復興協議会の場で、21年から23年に掛けてALPSs処理水を放出する場合の風評対策や賠償対策などが政府・東電から度重ねて提示されたが、漁業者側や学識委員は、15年の約束反故の問題は別としても、漁業の復興そのものが試験操業から本格操業に向かう極めて重要な時期であることを口々に主張してほぼ平行線を辿った。すなわち、福島の沿岸漁業はようやく県内全漁港・全市場の再開を果たし、試験操業を終え、これからようやく悲願の増産の課題に取り組めるところまできた。そのために、各地区・各部会ごとに「がんばる漁業復興支援事業」によってそれぞれ5ヵ年の増産計画に順次取り組み始めたところであること、そして喫緊の課題は原発の港湾内の高止まりしている汚染を低減し原因解明と対策を講じることと、そこに魚類が生息して外洋に出ることを封じること、以上の安全対策を進めながら宮城・茨城の隣接海域との相互乗り入れ再開の交渉を行うこと、以上により増産が成れば仲卸業者の事業も回復するため、一致して協力して首都圏および西日本への一層の販売促進をしていくこと、それらを果たした末に賠償の枠組みから外れる本格操業が実現するという目標を立てており、これらの対策方針がどの程度有効であり続けるのかという点を除外して新たな風評対策や賠償対策が提案されても噛み合わない。

3.いま優先して取り組むべきなのは地下水・汚染水の根本対策である

政府と東電からは、廃炉の進行のために処理水の海洋放出が先送りできないという説明が繰り返されているが、その当否が明らかでなく、むしろ福島県民から見て「待ったなし」なのは原発の地下水流入・汚染水削減の抜本的対策である。

昨年の処理水の希釈・海洋放出設備の事前了解の際に、福島県から、地下水流入に起因する建屋内の汚染水発生を根本的に低減できる対策を実行していくように要求し、それ以後も繰り返しこれを求めてきているがその計画は出されていない。

汚染水対策が今後前進しなければ、処理水が増え続けるのを止められないばかりか、原発港湾内の放射性物質濃度の高止まりや上昇にもつながる可能性がある。これらは地元の復興に直結する問題であり、海洋放出の必要性の有無以前に、緊急で取り組まなければならない課題である。【補注3】

廃炉を着実に進めるためにALPS処理水の海洋放出が先送りできないという説明は具体性を欠いており、海洋放出によって何のための何の制約が緩和され廃炉がどう促進されるのか詳らかでない。 地下水・汚染水対策の必要性については、前出の福島県地域漁業復興協議会の場で汚染水発生の速度、地下水流入の速度の低減の達成状況について漁業者や学識委員から繰り返し問うてきたことに加えて、福島県知事からは、22年8月に海洋放出設備の事前了解願いへの回答を行う際に、双葉・大熊両町長同席の下、汚染水発生の低減を、ロードマップ記載の遅い計画よりさらに踏み込んだ計画を立てるべきであるとして、「廃炉・汚染水対策に関する取組について (1) 新たに発生する汚染水の更なる低減ALPS処理水の放出量を抑制するため、汚染水発生量の更なる低減が重要であることから、中長期ロードマップに基づく目標達成はもとより、更なる低減に向けて、フェーシングや凍土遮水壁などの重層的対策と建屋内滞留水処理を着実に進めるとともに、様々な知見や手法を活用し、原子炉建屋等への地下水や雨水等の抜本的な流入抑制対策に取り組むこと」と明確に要求しているが実現せず、具体的な対策がまだ出ておらず現在に至っている。 地下水・汚染水対策の緊急性に加えて、原発の港湾の汚染低減対策や、汚染水の漏えいを止める遮水壁の機能を維持する対策が地元からすれば喫緊である。これらを先送りにして進められているALPS処理水海洋放出のための希釈設備および海底トンネル計画は、地元側が望んだものでなく、希釈水の取水口のある港湾内や外洋の放出口という新たな懸念材料さえ生み出している。

4.海洋放出は具体的な運用計画がまだなく、必要な規制への対応の姿勢も欠けている

東電の海洋放出案に関して、設備面では規制委員会および福島県の廃炉安全監視協議会での確認を経ているが、具体的な運用計画がない。それには、対象となるタンク・希釈水・放出量の詳細内容が含まれなければならない。運用計画は、実施の前年度までに提出して審議に付さなければならないものであり、東電も提出意思を度々示しているが未提出である。

このことから、今年度の放出開始は不可能であり、改めて地元と協議すべきである。

また当原発は事故後に特定原子力施設として特別な規制の下に置かれており、それは敷地境界上の固体・気体・液体由来の放射線の総量の規制(年間1ミリシーベルト)という廃炉全期間にわたって遵守しなければならない厳しい制約も含まれる。政府と東電による海洋放出案の説明はこの規制内容を顧慮せず、IAEAのレビューもこの認識を欠いている点で極めて不十分であり、必要な規制や手続きに則って計画の立案・審査をすべきであることを明確にしていく必要がある。【補注4】

福島県の廃炉安全監視協議会では、海洋放出の運用計画について、東電は「毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意する」(22年10月、同年度第3回協議会)とし、対象となるタンク群の特定と、各濃度や希釈率の明確化が必要となることを認め、そして放出量と放出する放射性物質の総量などを具体化して審議に付す必要があるとする質疑に応じている。ただし、汲み上げる建屋内の汚染水の濃度の不安定化も相まって具体的な計画の策定が困難になっている。23年7月開催の同協議会でも同様の質疑応答があったが東電はまだ運用計画を出せないことを発言している。 原発の敷地境界上の放射線の総量の年間1ミリシーベルト規制は、12年に導入され、16年に入ってやっと達成された。この総量規制の中で、固体・気体の寄与分を除いて、排出する液体に割り当てられる分が0・22ミリシーベルトとされ、その中でトリチウムの分が0・025とされ、それを濃度に置き換えると1リットル当たり1500ベクレルが上限となる。この規制は政府・東電からは全く言及されず、質問があった時に答えるのみであり、この規制を守る考えがあるのか、またこの規制の遵守が、廃炉までの全期間見通せるという計画なのかが判然としない。なお、前出のIAEAレビューでは、東電の放出方針が以上の国内の規制や手続きの進め方に適合しているかについて全く言及がない。

5.今後、県民・国民・専門家が参加して議論する場が必要である

これまでは、廃炉の進め方をめぐって、県民・国民は、すでに決められた方針に関して「説明される側」と位置付けられてきて、自治体や協同組合や各団体の意見もそれぞれ個別に聴取されるだけで政策に届いて行かず、被災者どうしの分断ももたらされた。

今後はそうでなく、県民・国民や、自治体・協同組合・各団体・専門家が、政府・東電と対等な発言権を持ち、ALPS処理水の処分のあり方や復興と廃炉の両立について意見を交わして、政策決定に参加していく対話の場が必要である。それは、政府と東電の信頼回復のために不可欠であり、また、海と陸、浜通りと中通りと会津、福島県内外の分断を生まないためにも必要である

当会議はそのような場の設置と多くの方々の参加を呼びかけていく所存である。【補注5】

18年の公聴会での数々の意見表明がどう反映されたか明確にならないまま20年2月に政府の小委員会の報告書が出され、その後の4月以降、政府によって「関係者の御意見を伺う場」が開催された。

その第1回に、福島県森林組合連合会の秋元会長、福島県漁連の野崎会長らが呼ばれ意見を陳述した。秋元会長は双葉郡の森林組合の組合長でもあり、被災地の森林の仕事の大半がまだ回復に至っていない現状や、浜通り地域の帰還が進まない現状から、大気へも海洋へも新たな放射性物質を放出することに反対であると述べた。それに対して復興副大臣から、大気中と海洋中とどちらがより反対かとただす質問が出た。秋元会長は、大気中であれ海洋中であれ新たな放射性物質の放出に反対すると述べた。ついで、野崎会長は、地元に土着しながら海洋に育まれた魚介類を漁獲するという生業をする者として意図的な海洋放出に反対すると述べた。これに対しては質問も出なかった。 政府や東電が主催する説明会や意見聴取会では、同じ被災者であるにもかかわらず、海洋放出に反対せざるをえないか、やむをえず賛成せざるをえないかという点で、浜通り地域の人たちが分断される。この現状は、開かれた参加型の会議を県民・国民自身が創設して運営していくことによって変えていく必要がある。 また、科学を狭い範囲で捉えることから発している、海洋放出の結論に対する賛成以外の意見は非科学であり風評を助長・加害するという論も、県民・国民が主体となる会議では乗り越え、科学のあり方そのものを見直していく必要がある。

以上