福島第一原発処理水海洋放出問題 [その1]

福島県民は「水」処理・復興と廃炉に発言権あり!

福島県民・国民の参加で解決をめざす

「円卓会議」事務局長・林 薫平さんに聞く

福島県民と多くの国民の理解と合意のない中を政府・東京電力は8月24日、東電福島第一原発事故汚染水に由来する「ALPS処理水」海洋放出を強行した。
この事態が迫る中で福島県の有識者たちは7月11日、「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」(「福島円卓会議」)を立ち上げた。円卓会議は、「福島県民・国民の参加により対話型で復興と廃炉の両立、処理水問題の解決に向けた模索をする」と掲げ、政府・東電にも参加を求めている。円卓会議は放出前日の8月23日福島県庁で記者会見し「緊急アピール」を出した(別掲)。呼びかけ人は、今野順夫(ふくしま復興支援フォーラム主宰、元福島大学長、元コープふくしま理事長)、中井勝己(元福島大学長、元福島大学うつくしまふくしま未来支援センター長、元福島県環境審議会長)、菅野孝志(JAグループ福島前会長、元JA全中副会長、地産地消運動促進ふくしま協同組合協議会前会長)、菅野正寿(二本松市ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会元理事長、福島県有機農業ネットワーク元理事長)、守友裕一(宇都宮大学名誉教授、元福島県農業振興審議会長、元飯舘村営農再開検討会議議長、中山間地域フォーラム理事)、千葉悦子(元福島大学副学長、元福島県農業振興審議会長、福島県男女共生センター館長)、塩谷弘康(福島大学副学長、元福島県総合計画審議会長)、林薫平(福島大学食農学類准教授、福島県地域漁業復興協議会委員、元福島県林業人材育成機能検討会副会長、みやぎ生協・コープふくしま理事)の8氏。
編集部は林薫平事務局長にお話を伺った。
(見出しとも文責編集部)

■来年度以後の本格放出を県民議論で

 円卓会議は8月21日、5項目の緊急アピールを発出しました。このアピールを取りまとめたのは8月21日ですが、結果的に24日には海洋放出が開始されました。
 今年度については、3万1200トンの放出の詳細な計画が出ています。私たちは、今回はあくまでテストケースのような位置づけになると考えています。ですからこれからの7カ月間に、来年度以降政府が予定している本格的な放出に向けて、どういうことが必要なのか、何の議論が足りていないのかということを、テストケースの放出中という前提で議論していきたいと考えています。
 しかし、緊急アピールの2点目以降は、すべて有効だと考えています。地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない、また、いま優先して取り組むべきなのは地下水・汚染水の根本対策です。
 来年度以降の海洋放出には具体的な運用計画がまだありません。アピールに「必要な規制への対応の視点も欠けている」と記載しました。今回の放出計画だけに限っていえば、放出開始のわずか2日前に発表されました。臨時で県庁の審議会が招集されて、ぎりぎりで審査したというカタチになりはしました。しかし、来年度からは運用計画がないまま審査する期間も設けず土壇場で強行放出という今回のやり方は当然不可能です。ですので、今回はあくまで来年度以降のあり方を検討するためのテストケースにとどまると考えています。
 5点目の「今後、県民・国民・専門家が参加して議論する場が必要である」ということは、なによりも重視したいことです。来年度以降の本格放出に向けて議論すべきことは数多く残されています。つまり、それ抜きに来年度の本格放出に勢いだけで突き進むことはできないと私たちは考えています。

■地元の声届かず落胆

 今回の海洋放出にあたって、地元からどういう声が出ているかということですが、2015年に交わした約束は棚上げにされてしまいました。今年度は中身が明らかになっているタンクの水で量も限られているので、そのものの実害というよりは、やはり約束にこだわってきた地元側の声が届かなかったという気持ちが強く、そのことに落胆している状態です。
 原発政策はこのように地元側の声を聞き入れずにずっと進んでいくのかということです。これまでもそうでした。とにかく同じテーブルに着いてもらうよう求めてきたわけですけれども、それがかなわなかったという気持ちです。
 処理水の問題はまだしも、これから原発の溶け落ちた燃料とか解体する原子炉など、もっと取り扱いが難しいものが出てくる。それをほんとに東京電力の敷地だけで解決できるのか、そして最終的にあの敷地がどうなるのか。
 また、敷地外に設置している中間貯蔵施設には除染した土壌など1000万立法メートル以上があります。これは2045年にはすべて撤去するという約束になっていますが、本当に実現できるのだろうか? 
 廃炉や中間貯蔵施設について、今後もずっと政府と東京電力だけで決めていくのではないかという疑問、懸念、怒りが今回の水の件でかなり浮上してきたという実感です。
 政府は当面は水産業の支援に力を入れていく計画を表明して実行し始めていますので、少なくともすぐに手のひら返しで、あと知りませんとなることはないだろうと思いますが、問題はその後です。
 この原発事故後の問題を、なんとか地元と協議しながら進めていくという枠組みをこの機会につくる必要があるのではないか。それがいちばん差し迫った課題ではないかと考えています。

■解決策をいっしょに考える場を

 円卓会議ですが、ALPS処理水問題の解決を含めて、復興と廃炉の両立を福島県民と国民が政府や東電とがいっしょに考えていくような場をつくる必要があるのではないかという思いで、今年7月に立ち上げました。その問題意識としては2年前に当時の菅総理が、海洋放出を2年後をめどにせざるを得ないと発表しました。その後福島県内では、いろいろな反対の声もあり、慎重な対応を求める声、またもっと大型のタンクであれば急いで放出する必要もなくなるので丁寧な議論をする時間をつくろうという、提案型の意見も数多く出されてきました。
 そしてなにより地元の水産業、漁業が2020年、21年ごろは、これから本格操業に移行していくというプログラムに入ったところでした。だから、今の時期に放射性物質の追加放出という新しい要素が加わるということは到底耐えられないという地元の声が数多く出されました。
 また、浜通り、沿岸地域では避難指示が解除になってから時間がたっていなくて、これから住民の皆さんが戻って再開しようかという段階です。そのようなきわめてデリケートな時期に、今後何十年にもわたる膨大な水の放出というプログラムを早急に開始してしまっていいのだろうか。地元漁業だけでなく、森林組合とか農業関係、自治体関係の人が数多く意見を出してきましたが、どれも聞き入れられないまま、政府は今年1月、この夏ごろ放出するという方針を発表しました。
 今年に入ってからの動きに対して、一方的に放出の時期が決まってから説明会が行われるとか、地元側からどんなに声を出してもそれが一方通行で終わってしまう状態に対して、意見を言うだけではなくて解決策をいっしょに考える場が必要だという考えに至り、円卓会議開設となりました。
 円卓会議は福島県民の常識感覚を大事にしていこうという姿勢をとろうと努めてきました。あまりラジカルな反対運動のような形になってはだめで、実際にこの円卓会議を呼びかけてから、中道的な意見をもつ商工会の人とか議員さんとか、首長さんなんかも関心を持っていただきました。
 保守とかリベラルとかを問わず原発の廃炉の問題は「福島県民の意見をちゃんと反映させてくれよ」ということ、これはだれでも思うわけです。その常識感覚をしっかりと「福島県から出てきている意見はこうである」という形にしていく必要がある。それを折り合わせて最後のあり方を決めていく必要があるのではないか。保守的、中道的な人も賛同してくださいました。

■地元が意見を言って何が悪い

 「風評」とか「非科学的」という言葉が今年に入ってからエスカレートしてきた。特にネット上では「いつまでも被災者だといって自分で風評を招くような非科学的なことを言うな」という声が強まっています。福島県民は影響を直接受けてしまう場所に住み続けて、農業、漁業、商工業を、地域を回復させようと頑張っています。廃炉の進め方そのものにもっと強い発言権をもつべきです。
 特に中国との関係でいうと、私たちは中国のいかなる団体とも関係はありませんが、「言っていることが中国と同じじゃないか」という、すごく冷淡な攻撃的な声を受けるようになってきた。中国が反対しているだけ、ちゃんとした進め方をしている日本政府は正義だという図式に日本政府はしたいのでしょうか。強引に地元の人たちを中国と結びつけるような荒っぽい言論を、政府も野放しにしています。そのようなやり方が今年から強まってしまった。
 日本の国内の世論が、弱いところをさらに攻撃するようになっている。かえってアメリカの人たちのほうが心配している。中国がからむとほんとに複雑で、すごくデリケートな問題にからめとられてしまう。なかなか大変です。
 これは沖縄県民がおかれた状況とすごく似ています。沖縄もそうですけど、地域の人が主体的にものを考えるということに対して、日本全国の声がすごく冷淡になってきている。
 だから福島県内の中道的な、地元の中で役職がある人たちこそ「われわれは中国とは関係ありません。しかし、地元のことを決めるのに地元の人が意見を言って何が悪いんですか」ってことを堂々と言えるような世の中の環境にしていきたいですね。

■厳しくなる政府の対応

 このALPS処理水の解決策をめぐっては、沿岸地域の人はすごく引き裂かれる思いをずっともってきたと思います。とくに双葉町、大熊町の原発が立地している自治体の皆さんは、タンクがこれ以上増えても困る、廃炉が進まなくなるのがいちばん困るというのがあって、政府と東京電力がこのタンクに関してとっている方針は基本的には支持せざるをえない。とくに二人の町長さんたちは非常につらいんだけれども、廃炉が滞ってしまうのがいちばん大変なのだという意思を表明されてきました。
 もう一方で、双葉町、大熊町の皆さんはまだまだ避難区域がすごい面積残っています。その避難区域でまだ解除になってないところが今後どうなっていくのか、ちゃんと全部除染して解除してくれるのか、かなり厳しい交渉を政府としてきました。
 また、中間貯蔵施設にも多くの地権者の人たちが涙をのんで、土地を提供してきたのですが、この原発の敷地だけではなくて、除染の問題や中間貯蔵施設の問題で地元がすごくつらい状況が続いてきています。だから廃炉の政策については政府が考える通りに進めてくださいとしか言いようがないという問題もあったわけです。
 ところがそれで廃炉の政策はお任せしますとなったあと、除染とか中間貯蔵施設の問題に何か意見を言えるかというと、いまの復興庁、政府の政策は「地元の意見も聞きますけれども聞けるのは限度があります」と。
 地元は当然、全区域除染してから解除してもらうという、これまでほかの自治体でやっていたやり方を続けてもらうことを強く求めてきましたが、最終的に帰るという人の家だけにする。すごく厳しい政府の対応になってきています。
 中間貯蔵施設についても、2045年までに全部撤去するということを政府は一応約束はしているんですけれども、それに向けて処分先を探す必要があるのですがなんの進捗もない。
 つまり、いろいろな問題が同時並行に進みながら、どんどん問題が地元側の意見が通りにくい方向にずるずる来てしまっている。
 しかも、最終的には第一原子力発電所がどういうふうな形になるか、東京電力も政府もまだまだ一回も公約をしたことがない。地元としてはあそこは撤去して、また使えるように地元に戻してもらうということは希望としてはあるのです。

■「歯止め」を形にしよう

 ALPS処理水の問題がここまでクローズアップされたときに、しかも結果として、地元側の意見がまったく通らなかったということから、この先待ち受けている数々の重大な問題、この延長線でいってしまうということだけは避けなければいけないという気持ちが地元側に芽生えてきています。
 だからわれわれは反政府の動きをしようというのではなくて、福島県の人が常識的に考えることを、しっかりとした形にしていく必要があると。このままでは歯止めなくすべての負担が福島県の中に押し寄せてしまう。しかもまったく賛成したわけでないのに。そうなっていってしまうということの第一歩になるということだけは避けたい。
 いままで政府の政策をサポートしてきた自民党員の人や保守派の人たちも、〈このままずるずるいくのでは困るな、このALPS処理水の問題をめぐってはなにか歯止めになるようなことが必要なのではないか。このままいくと除染もしてもらえない、次は中間貯蔵施設が固定化するのではないか。さらに第一原発も最終的に撤去されるのだろうか。際限なく地元の人たちの意見は政策に届かなくなっていく、終わりのない道に突き進んでいくのではないか〉という危機感をもちはじめています。
 その歯止めのあり方というのは、これから保守的な人たちも含めて全県民運動として議論していく必要があります。そのような機運が高まってきているとも感じています。