日中国交正常化50周年に考える平和と労働組合の役割
ものづくり産業労働組合JAM会長 安河内 賢弘
1991年、ナンシー・ペロシ氏は天安門広場で、「中国の民主主義のために亡くなった者たちへ」と刺繡された横断幕を掲げた。およそ30年後の2022年8月3日、下院議長のナンシー・ペロシ氏は蔡英文総統と会談し、自身の訪台は米国が台湾を見捨てないことを明確に示すものだと伝えた。
82歳になったペロシ氏は過去約30年一貫して、中国の人権問題に対して強靱な姿勢をとっている。一人の政治家としては立派な姿勢であり賞賛に値する。しかし、東アジアの平和を考えたときには、いささか軽率だと言わざるを得ない。ブルームバーグによると、そもそもホワイトハウスと米軍は今回の訪台を快く感じてはおらず、再三の説得にもかかわらず強行したことに対して米国関係者は激怒しているという。
台湾の蔡英文総統は3日、ナンシー・ペロシ米下院議長に米台関係の強化に功績があったとして勲章を授与した。台湾は、訪台は歴史的な快挙だとし、米国が安全保障面の後ろ盾であると強調する。
冷ややかな台湾メディア、
冷静な韓国政府
しかし、台湾メディアの見方はいささか冷ややかだ。台湾紙の中国時報は、アメリカと台湾の高官がいずれも訪問中止を求めたにもかかわらず、中間選挙(11月)後に退任する可能性が高いペロシ氏が「個人のレガシーの追求を堅持した」と書く。訪台後の8月4日から7日までの間、人民解放軍のこれまでに経験したことのない軍事演習が行われているが台湾は努めて冷静に受け止めており、今回の軍事演習が台湾の武力統一に直接つながるとは考えていないようである。しかしながら、半導体をはじめとするグローバルサプライチェーンに与える影響は大きな懸念が残る。
後にペロシ氏は板門店を訪れているが韓国政府は冷静な対応を示した。韓国の尹大統領は今回の訪問が「韓米間の強力な北朝鮮への抑止力の証しになる」と評価したものの、会談は電話で行われており、韓国政府関係者は「同盟国の米国と歩調を合わせる部分は多いが、過度に中国を刺激する必要はない」と話す。中国は最大の貿易相手国で、北朝鮮の後ろ盾でもある。ペロシ氏の訪台に猛反発する中国との摩擦を避けるための判断が働いたとみられる。
異例の3期目を目指す習近平体制への影響はどうだろうか。習氏は7月に行われたバイデン大統領との電話会談の中で「火遊びを行うものは自らを焦がす」と恫喝とも取れる強い言葉を使ってペロシ氏の訪台を牽制した。1979年の米中の国交正常化以降、米国は一つの中国の原則を尊重し政府高官の訪台を見合わせてきた。しかし、バイデン政権になってからは共和党の有力議員が次々と台湾を訪れており、中国をいら立たせてきた。したがって、三権分立の観点からホワイトハウスに止める権利はないといっても中国側は納得できない状況にあった。今回のペロシ氏の訪台は両首脳の顔に泥を塗ったことになる。
朝日新聞は今の状況を2012年の尖閣諸島国有化問題と酷似していると指摘する。
「2012年、石原慎太郎・東京都知事が尖閣諸島の購入計画を打ち上げた。中国が抗議を続けるなか、都と地権者の交渉を止めるすべを持たなかった政府は『(尖閣の)平穏かつ安定的な維持管理のためには国が管理したほうがいい』と、尖閣国有化を決定。しかし、中国政府は日本政府の説明を受け付けず、一層激しく反発して各地で反日デモが広がるのを黙認した。
当時との共通点はほかにもある。一つは、共産党政権にとって最重要の政治日程である党大会直前というタイミングだ。中国の指導者は『弱腰批判』を避けるため、ふだん以上に強硬な姿勢を示そうとする。中国政府はいま、ネット空間に広がる強硬な世論を放置している。
中国のトップ自らの警告が聞き入れられなかった点も同じだ。当時の胡錦濤国家主席はロシアでの国際会議で野田佳彦首相をつかまえて直談判した。しかし、民主党政権はその2日後に国有化を発表。最高指導者の訴えがあっさり無視されたことで、中国は怒りを増幅させた」
中国の1~3月期の実質GDP成長率は前期比年率+5・3%と前期の同+6・1%から鈍化した。オミクロン株の感染拡大を受けた政府の活動制限の強化を主因に、中国経済は減速している。たとえば、3月の指標を見ると、自動車生産台数が前年同月比▲4・9%と4カ月ぶりの前年割れとなった。
中国経済の減速は習近平体制の基盤を徐々に蝕み始めていた。習氏が誇るゼロコロナ政策が中国経済に急ブレーキをかけている。また、鄧小平派の重鎮は毛沢東のようなカリスマの再来を望まず、習氏の3期目就任に難色を示していると言われている。こうした背景からも習氏にはこれまでにない強硬な対応を国内向けに示すしかなかったと思われる。
焼け野原の「勝利」を目指さない
残念ながら、日中関係にも重大な影響を与えており、緊張関係は続いていかざるを得ないと考えている。日本にとって、東アジアの平和と発展は欠くことのできない基盤である。防衛省や軍事研究者が台湾有事のシナリオを検討し、それに備えるのは通常の任務として必要なことだと考えるが、しかし、本来は台湾有事を起こさないために日本が取り得る戦略は何かを検討することこそが求められている。テレビや新聞を見ても残念ながらそうした議論は低調であり、人民解放軍がいかにして台湾を包囲しようとしているのか、日本の置かれている軍事的脅威がいかに増大してきているのかといった報道ばかりが目立っている。仮に日本の防衛費をGDP比2%に倍増しても、中露との戦争になれば日本は無傷でいることはできない。
焼け野原になった後の勝利など誰も望んではいない。抑止力という言葉が、決して反論してはならない正義であるかのように語られ、軍備増強の錦の御旗となっている。中国もまた米国に対する抑止力強化のために軍備増強に勤しんでいるのであるから、抑止力を信奉する諸君は中国の軍備拡大に対して、「よかった、これで抑止力が高まり戦争が遠くなった」と喜ぶべきではないのか?
軍拡が軍拡を呼ぶ抑止力神話はバカげた議論である。政府外交のみに頼らず、労使双方のチャンネルを最大限使って、対話を続けなければならない。
私たち連合や金属労協はこれまでも中国総工会との交流を続けてきた。また、JAM北関東では独自に台湾の労働組合との交流も継続している。今こそ、こうした交流を強化し、いつか必ず来るであろう雪解けの瞬間を着実につかんでいく必要がある。
野党外交も有効である。与党からは国益を損なうという批判も出るかもしれない。しかし、政府与党は、今回の台湾危機や人権問題に対して毅然として言及することが求められている。それを補う外交が野党には求められており、外交は与野党で対立すべきではない。
本年度は日中国交正常化50周年に当たる。状況は予断を許さないが、できることを一つずつ着実に前に進めていかなければならない。なぜならば、東アジアの平和があってこそ、すべての働く仲間の家族と生活を守ることができるからである。