沖縄をハブとする東アジアの平和ネットワークをめざす国際シンポジウム ■屋良 朝博

平和のハブを形成する

ジャーナリスト・元衆議院議員 屋良 朝博

「有事」を煽る怪しさ

 台湾有事は日本有事と語った元首相がいた。有事の対語が平時=平和であれば、平和主義者をナイーブな理想論者だと批判する思想が勢いを増してきた。ロシアのウクライナ侵攻がその推進力となっている。
 仮に元首相らが言うように中国がロシアに倣い、台湾で武力を行使し、それが日本有事へと延焼するなら、その時に沖縄は真っ先に戦禍に巻き込まれるだろう。多くが思い描くリアルなシナリオではなかろうか。あまりにも悲惨でグロテスクな光景を想像できるからこそ、「それでも戦争できますか」という問いかけもまた大いに現実的である。


 2019年8月、私は国会議員になってすぐにフィリピンを訪問した。ドゥテルテ前大統領の政権で安全保障を担当したエスペロン大統領顧問と面談するのが大きな目的だった。南シナ海で中国との領海権を巡る対立をどのようにドゥテルテ政権がマネージしているかを知りたかったからだ。
 南シナ海の問題に興味を示す日本の1年生議員に対して、エスペロン氏は「あなたは戦争できると思いますか」と穏やかな表情で問いかけた。てっきり、外交や国防の安保論を顧問から聞けると思っていた私は不意を突かれた。ドギマギする私の顔を覗き込むエスペロン氏はその間を楽しんでいるかのようだった。私は「できません」と答えるしかない。
 その言葉を待っていたように、エスペロン氏はこう語った。「私は飲茶が好きだ。ハンバーガーもよく食べる。キムチも寿司もいいよね。たまにはウオッカもたしなむよ」と語った後、「それでいいじゃないか」と笑顔を向けた。
 安保論を期待していた私は力が抜けてしまった。かつてフィリピン大学へ留学していたころの昔話を楽しむことになった。
 ドゥテルテ大統領は保守政治家である。従来のフィリピンの保守政治とは違い、米国の干渉を毛嫌いしていた。時折激しい言葉を使い米政府を非難していた。中国からは直接投資を呼び込み、ロシアからは武器供与を受けながら、米国軍との共同訓練は継続していた。それがフィリピンの実利的な全方位外交であり、いずれかのスーパーパワーに肩入れしないミドルパワーの強みなのだろう。
 他方、日本にとっての「現実主義」は米国との関係が全てであり、米国を通してのみ世界を見るといわれている。防衛装備の爆買いは第2次安倍政権で急増し、2017年に3000億円を突破した。ミサイル防衛システムの「イージス・アショア」が象徴的だったが、ミサイルのブースターが民間地に落下するとの理由で導入を中止したのはお粗末な顚末だった。保守政治はこれを「現実的対応」と言い訳するだろうが、底の浅さが透けて見える。
 フィリピンのように「戦争は不可能だよ」と認める方がよっぽど現実主義だと思うし、その方がスッキリして生きやすいはずだ。

信頼醸成が頼みの綱

 インド・アジア太平洋で米中両軍は常に睨み合っている、とのイメージは正しい認識とはいえない。冷戦後、2000年代に入ると米中間でさまざまな軍事交流が実現している。沖縄の海兵隊を中心に米太平洋軍が毎年4月にフィリピンで実施している多国間共同軍事演習に中国軍が13年にオブザーバー参加した。翌14年、タイで例年2月に実施される共同訓練に中国軍が初めて本格参加し、その後定例化している。トランプ政権でも継続され、バイデン政権でも引き継がれている。
 テロリストが出没しそうな山間部の村々で、小学校の校舎を修繕したり、仮設の診療所で医療サービスを提供したりする。米軍をはじめ、多くの国軍部隊が出向くだけで抑止力になる。ソフトパワーを駆使して地域の住民を味方につけ、テロリストをあぶり出す戦略だ。
 17年のタイでの共同訓練では、米国のお膳立てで、インド軍と中国軍の工兵部隊が協力して小学校の多目的教室を建設した。国境紛争を抱えるインド、中国による共同作業が実現したのはアジア地域にとって明るいニュースだった。
 米中関係が悪化する中、今年2月の共同訓練にも中国軍は参加していた。今のところ、人道支援・災害救援の共同訓練に限られてはいるものの、アジアの安全保障にとっては重要な進展だ。中国側は米軍主導の合同演習に参加することについて、中国陸軍の元司令官は「米中がアジア太平洋の安全保障で協力する意思の表れだ」と評価した。
 冷戦後の国際社会で安全保障の課題は、「9・11」「3・11」と言われている。テロと大規模災害だ。ソフトパワー分野の国際協力が信頼をつなぎとめるネットワークとして今後も継続されることが重要だろう。

万国津梁の沖縄を平和ハブに

 アジアで行われる多国間共同訓練で中心的な役割を担っているのが沖縄の海兵隊だ。沖縄が人道支援、災害救援の国際協力ハブとなり得ることを示している。アジアの国際機関を沖縄に配置し、共同訓練の連絡調整機能を置くことを提案したい。
 ウクライナのNATO加盟の動きがロシアを警戒させ、戦争の引き金になったとすれば、信頼醸成と「安心提供」を怠らないことが平和の基礎になる。アジア安全保障のネットワークを強化し、共同訓練に定例参加している中国に対しても安心を提供できる。沖縄に米軍基地がなければ日本の安全が保てない、というステレオタイプの固定概念から日本人の意識を解放させる効果が望める。そして米軍基地の削減にもつなげていけるはずだ。
 戦争はできない、というリアリズムに基づき、中国を含むアジア諸国の信頼醸成を促進させる以外に平和は望めない。アジアの「平和の礎」として沖縄ほどふさわしい場所は他にないと考える。

(発言予定原稿による)